Karte.3 CONNECT

景は診察を終えて自宅に戻って来た。


現在は母親と二人で、3LDKほどの賃貸マンションで暮らしている。


「ただいま。」

「おかえり。」


景の母親は、一緒に歩いていると恋人と間違えられるほど見た目も若くおっとりしている。


そんな容姿である母親も、まるで天使のような慈愛に満ち溢れた優しい笑顔で迎えてくれる。


虐待を受けていたときも、毎日のように笑顔で抱きしめてくれていたし、いじめで泣いて帰ってきたときも、否定などせず全部受け止めてくれていた。


何より幼少期の頃から「貴方は私の天使よ」と毎日のように言い続けてくれている。


それが景にとって、唯一の救いなのだ。


「病院どうだった?」


晩ごはんの支度をしながら、毎日のように、話も聞いてくれる。


「零花の親戚だったから、すごい話しやすかったし、これからも通ってみようかな。」


「そう。よかったわね!」


景は何も言わなくてもわかった。


母親はすごく喜んでくれているし、不安をかき消してくれるほどに、優しい声をかけてくれている気持ちすら感じていた。


話したくないなら無理には聞かないけれど、話してくれれば親身になって聞くわよ。

そう言っているように感じていたのだ。


それは長年そうしているからお互いわかっているのだった。


「ご飯もう少しだから、先にお風呂入ってくる?」


「うん。ありがとう」


景が素直な性格に育ったのは、母親が天使のように可愛がってくれていること、何があっても母親だけは肯定してくれること、父親の話はしないことなど、気を使ってくれることに安心感を覚えているからだろう。


景は湯船にゆったりと浸かりながらよく考え事をする。


今日の診察での出来事を振り返っていた。


「今日、天近さんにちゃんと説明出来たかなぁ。症状が出てなかったり、いざ話すとなると浮かんでこないよなぁ。」


ついつい独り言をぼやいた。


「ご飯食べて、寝る前に少し症状をメモに残してみようかな。」


お風呂で考え事をしすぎてしまうと、離人感が強くなってしまうことを知っているので、それ以上は考えないことにした。


怖いから…。


お風呂では音楽を聞くことにしている。


特に景は特定のアーティストが好きで、それ以外はほとんど聞かない。


自分だけのときは、そのアーティスト最優先だ。

他の音楽に興味がないわけでもなく、流れていても不快な思いをすることは無いが、歌詞が全く刺さらないし入ってこないのだ。


景にとって好きなアーティストとそれ以外の音楽という2択でしかない。


離人の感覚を解消してくれるかのようなそのアーティストの歌詞は、まるで時には自分を包み、また時には自分の心に刺さり、時には自分を奮い立たせたり、バグった俯瞰や主観の調和さえしてくれたりする。


だけど、同年代のファンも少ないし、それをわかってくれる人はいないので、細かい理由は誰にも話したことはない。


今日もその音楽を聞きながら、自分の感情を調整していた。


そしてお風呂から出て、ご飯を食べて自分の部屋に戻って、症状をまとめてみることにした。


「ピコンッ!!」


スマホに通知が届いた。


零花からだった。


「実花姉ちゃんの病院どうだった?」

「すごく話しやすかった」

「けど、次回までにもう少しくわしく症状話せるようにしとかないとなって…」

「そうか。言ったとおり優しくて良い人でしょ。」

「うん。明日、学校でもう少しくわしく話すよ。」

「りょうしょ〜」


「寝る前に症状をまとめておこう。」


何度考えていても忘れてしまうこの症状。

記憶は失っていないのに、意識はまるで揺れた振り子を掴んだときにしか作用してはくれない。

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