Karte.2 Flashback

問診を終えて、パソコン入力をしながら考え始める実花。


「うぅん…。」


「意識はあるとなると、解離性同一性障害の可能性は低い、幻覚や幻聴も無いとなると、統合失調症の線も薄いな、真っ先に考えられる疾患と言ったら、離人症性障害と言ったところか…」


「あのねぇ…また貴方は…。この診察室を寝床にしないでって何度言ったらわかるの?そして人の心を勝手に読むのもやめてくれる?」


実花の後ろから、そっとぼやくように症状を予想したのは、外科医の兄である天近我生あまちかがいだった。

ソファに横になり、ラグを掛けて寝ていたようだ。


我生もまた、実花と同様に切れ長な目をしていて、容姿だけで言えばクールな見た目をしているため、イケメンと呼ばれる部類ではあるのだが、雑学や現実離れした発言が多く、世間から煙たがられることが多い人間である。


「オレにとって、ここが一番落ち着く場所なんだ。他の医師や看護師のピリピリした環境が死ぬほど苦手でね。」


変人扱いされることの多い彼には、他人の慌てふためく行動が理解できないようだ。


「へぇ…外科医は暇なのかしら?うらやましいわね。」


フル稼働させて問診を終えたばかりで、頭を悩ませていた実花は皮肉を言った。


「おいおい…オレが暇そうに見えるのか?」


続けて率直に返す我生。


「えぇ暇そうよ。普通の人間が見ればね!でもその時間に医学書や文献を読み漁ったり、雑学や教養のために新聞や本を何冊も読んでるのも知ってる!

当直で忙しい日は寝れてないのも知ってる!

それでここで仮眠を取ってると思ったら、患者の診察を盗み聞きとは…貴方一体いつ寝てるのよ?」


まるで人間を超越しているかのような我生の常日頃の超人的な行動を、不思議そうに実花は問い質す。


「睡眠は遺伝子や生活スタイルなどによって、ある程度個体差はあれど周期というものは決まっている。大きく分けてレム睡眠とノンレム睡眠だ。それを寝れる時間から逆算してコントロールしているんだよ。訓練すれば出来ないことではない。」


我生は常人では理解できないことを平気で言うし平気でやってしまう男だ。


「それが簡単に出来たら、この世から不眠症患者なんていなくなるわ。」


精神科医の視点から実花は冷静に溜め息まじりで答えた。


「半分は思い込みだ。寝れている寝れていないという事実より、寝たから大丈夫という事象をどれだけ作り上げる事が出来るか…感情が全てを支配する。」


「やっぱり、貴方は超人ね。」


理解したようで、理解出来ないというような顔しながら実花はそう言った。


「そんなことより、我生もやっぱりそう思う?さっきの患者…初診で診断を下さないのが私の信条なんだけど、離人症性障害が一番しっくり来るのよね。」


実花は患者に対して病名や診断結果を軽はずみで告げたりはしない。


精神疾患の場合、誤った投薬をしたり、間違った行動を取られたりするのは危険だということを存分に理解しているからだ。


「次の診察でもう少し深掘りしてみる必要はありそうだが、離人症でほぼ間違いないな。」


「そうね。それに、うつなどの併発症ではない単独の疾患の可能性が極めて高いわ。彼と症状が似ているのよね。」


真実まことのことか…昏睡状態から遷延性意識障害せんえんせいいしきしょうがいになって、かれこれ2年経つな。今でも自発的に呼吸は出来ている。」


「そう…我生、貴方の医療を信じているわ。こっちの診察が終わったらまた今日も面会に行くから。」


「わかった。オレも整理しなければならない資料があるから、そろそろ仕事に戻るよ。」


どこかで誰かが笑い合っているその時にも、別のどこかで誰かが心削がれて悲鳴を上げている。


『日常』とは何なのだろうか。

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