刀の柄を買った

くらんく

初任給でなに買うの?

 新社会人になって初めてのひとり暮らしを経験し、やっと排水口に詰まった髪の毛を取る時の気持ちの悪い感触に慣れてきたころ、初任給を手にした。


 うちの会社には独特の文化がある。


 初任給は必ず手渡しで現金を支給するというものだ。これは初めて自分で手に入れた給料の重みや感動をその手と目でしっかりと感じ取れるようにという理由で社長が導入した。とはいえ、これまで学生時代にアルバイトを経験していれば、働くことの大変さや給料をもらうありがたみなどを感じることができるだろうと捻くれた考えを持っているのが私だ。そんな私がこの文化よりも嫌いなもの、それは――


「初任給は何に使うんだい?」


 ――という初任給にセットでついてくる質問だ。私は現金を単品で注文しているのに必ず湧いて出るコイツ。有給休暇を取得する理由を聞くのは不適切と言われる昨今でも野放しになっているプライベートなこの質問がどうしようもなく嫌いだ。だから答えた。


「(お前を切るための)日本刀ですかね~」


 そうなんだ、と引きつった笑顔でその場を去る上司の背中を見送ったその夜、その足で日本刀を買いに行った。特別興味もなかったがどうせなら上司を切り伏せるための武力を有しておきたくなったのだ。


 デパートを見て回ったが日本刀が売ってあるはずもなく、諦め半分で薄汚れた骨董品屋に足を運ぶと意外とすんなり見つかった。模造刀ではない真剣。値札はなかったがそれを持ってレジに向かう。レジには死にかけのアルパカのような主人が微動だにせずに座っていた。もう少しで苔が生えそうな主人に値段を聞く。


「40万」


 想像していたよりも高い声に驚いた。よく見ると主人の性別は女だった。死にかけのメスアルパカだ。


「もう少し安くなりませんか?」


 聞くと女主人はもの凄い力で私の手から刀を奪い取り、机の下から取り出した謎の工具で刀を分解してみせた。抜き身になった刃と鞘、いくつかの細かい部品と柄のうち、柄だけを私の手に乗せた。


「20万」


 これなら買える。私は初任給の入った茶色い封筒から一万円札を全て取り出して女主人に渡した。すると「サービスだ」と言って刀の鍔をくれた。私は満足して家路についた。その手には日本刀の柄が握られている。これなら銃刀法違反にもならないし安心だ。それに刀の半分の金額を払ったという事は刀を半分手に入れたという事。つまり上司の命を半分奪ったも同然だ。来月には全て奪える。


 翌日。


「結局、初任給でなに買ったんだい?」


 上司よ、私の愛刀に刀身が無くて良かったな。


「日本刀ですね」

「ほんとうに~?なんちゃって!」


 その命、来月までだ。

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