第37話 平原のテラリウム


 食事を終えて、食器を片付づける。

 その間は紫紺は影の中。どうやら影の中は安心するらしい。


 お風呂に入れば紫紺は影から飛び出てきて、俺が身体を洗っている間は小さな桶でちゃぷちゃぷしていた。

 可愛すぎか?

 どうやら紫紺はお風呂=嫌なものを落としてくれる場所。として気に入っているみたいだ。

 どうせ入った後は湯船のお湯を落とすのだしと、紫紺を抱いて風呂に入る。

「きゃふ……」

 へっへと舌を出して気持ちよさそうだ。

 風呂上りにしっかりと紫紺を拭いて清水を飲ませたら、俺は湯を沸騰させて白湯を作る。

 本当は茶葉みたいなのが欲しかったけれど、嗜好品。この前の商人の市では手に入らなかった。

 これは後からお茶に使えそうな草や葉を教えてもらうしかないだろう。


 温まった白湯を市で買った保温の付いたカップに注ぐ。蓋つきなので、ちびちびと飲めば良さそうだ。


「さ、紫紺行くぞ」

「きゃふ」

 腹を出して、ころんって仰向けになっている。

 これってもしかして……。


「抱かれ待ち、だと……」

 可愛い……自然界の摂理を忘れた様な可愛さに、思わず犬吸いをしたくなってしまったが、ぐっと堪える。

 やさしく抱き上げて二階に上がった。


 書斎の灯りを付けて、椅子に座る。紫紺を膝に載せて毛布を掛けたら、くるりと丸まって大人しくしていた。

 よしよし、いい子いい子と撫でて冒険の書を開いて今日行う作業をどうしようかと考える。


「確か一番最初にテラリウムの候補があったのが、森と小川と山の三つのテラリウム。山のテラリウムはまだ作っていないけれど、せっかくだからこの森にある山を一度見た方がテラリウムを作る時の指針になるな。他に欲しいのは薬草や野菜だけど、そもそも新しいテラリウムって候補増えてるかな」

 冒険の書に書かれているテラリウムの製作候補を見たら【山のテラリウム】【平原のテラリウム】【薬草畑のテラリウム】【野菜園のテラリウム】【牧場のテラリウム】【森のテラリウム:中級】と増えていた。


「あ、そうか、この前【固有魔法:テラリウム】のレベルが4に上がったから、作れる候補も増えたのか」

 やばい、このテラリウム。どんなものが必要か滅茶苦茶よくわかっていらっしゃる……。

 【森のテラリウム:中級】は一度作った森のテラリウムの上位って印象で良いのかな? 必須アイテムが【箱庭の球体:箱庭の球体LV2以上】って書いてある。


 正直作りたいテラリウムはたくさんあるけれど、素材が全然採取できていない。

 採取出来ていない素材も新しくテラリウムに生えているけれど、出来ればテラリウムの製作段階で品種を増やしたい気持ちがすごくある。

「となると、森を出て町までの平原は素材も十分だし、イメージが付きやすいから【平原のテラリウム】から作るか」

 

 さっそく【箱庭の球体】を取り出した。


 まずしっかりと平原で獲れた土を3種類を球体に敷き詰めていく。

 よく肥えた黒土とかもあって草やきのことかも生えそう。

 森に行くイメージを付ける為、小さな道を作ってさらりとした砂を引き詰めていく。その道を挟むように、野草をピンセットで植えていく。

 そうだ、倒れた木の虚みたいなのもあって、そこに茸もはえていたっけ。

 素材の中から小さな樹木を取り出し、少しカットして丸太のようにして中をくり抜いていく。こういう虚に小動物とかが巣を作る事もあるもんなぁ。

 茸もこう、ぱらぱらとふりかけるようにして、ついでに苔……うん、素材としてあるのは川で取れた苔だけど、ちょっと表皮に付けておくかな。

 小さなテラリウムの中に広がるのは平原の中の小道、小さな看板も木片を使って頑張って作ってみた。

 倒木の虚はテラリウムの見る場所を変えると中まで実は見えたりする。

 今までと違って、なんとなく、この平原のテラリウムに色んな種が芽吹き、草が生い茂り、生き物が生息するような、そんな願いを込めて丁寧に作る。


 創造主の俺が希望を持って作れば、そんな世界がテラリウムの中に再構築できるかもしれない、なんてね。

 

「きのことか、うさぎかキツネが見えたらいいな」

 テラリウムの中の変化は中に入らなくても見える事があるので、それが少し楽しみだったりする。

 【森のテラリウム】の中に赤いボルボルの実が点々と落ちているのが見えたみたいに、【小川のテラリウム】の中に小魚が見えていたり、【平原のテラリウム】にも小動物がいたらいいな、なんてね。


 中々満足のいく仕上がりになったんじゃないかな。


 最後にコルク栓で閉める前に噴霧器で魔力水をシュッシュと吹きかける。

「わふん」

 もぞもぞと膝の上で大人しくしていた紫紺がぴょこりと顔を覗かせて、クアッと口を開ける。

 結構歯は鋭い。

「もしかして、シュッシュしてほしいのか」

「きゅあ!」

 口の中に噴霧器でシュッシュと二度程吹き掛ければ、美味しそうに舐めていた。

 紫紺は満足そうに再び毛布の中に包まった。

 

 時間を見れば、もう少し作業が出来そうだったので、新しい素材……【神聖結晶】を使って【箱庭の球体】を作る事にした。

「ケーシャ石の上位互換、きっと質の良い【箱庭の球体】がつくれるんじゃないかな」


 ところがどっこい、そうは上手くいかないのである。


 ぎゅぽん、ぎゅぽん、ぎゅぽん……。


「ぐえ、なんか前の時よりも疲れる。」

 それにコツを掴んだと思った球体製作が全然上手くいかない。

 ぐええ、仕方がない。

 俺には【質量固定保存:食事効果>体力精神力継続回復】付きのおつまみがある!

 って事でそれをモグモグと食べながら(一瞬で紫紺が起きて鼻でふんふんと匂いを嗅いだ。俺の口元の匂いを嗅いで、作業にならないぐらいに尻尾フリフリして机の上の素材が落ちそうになったので、おつまみを献上した。一瞬で大人しくなった)作業を続ける。


 30個ぐらい失敗したが、やっと【箱庭の球体LV2:良いの箱庭】が一つできた。

 ぐええ、またたくさん失敗作の【質の良い箱庭の歪な球体】が量産された。廃材入れの袋に入れて砕く。


 歯を磨いて、紫紺を抱いてベッドに入る。

 顔に、ほわほわと毛が当たる。うぅ、くすぐったい。鼻がすぴすぴ音がしてる。

 生き物が、共に眠る気配。 


 新しい家族の存在が、とても嬉しくなる。


 おやすみなさい、紫紺。良い夢を。

 

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