第36話 はじめての従魔


「いや、種族……まおーってその種族名……まさか」

『ご明察ですね、こちらの個体は勇者によって滅ぼされた前代の骸を』

 ぱたんと冒険の書を閉じる。


「俺は、何も見てない!!」

 知ると引き返すことができなくなりそうなので、そっとその部分について目を閉じる事にした。

「冒険の書、この黒いわんちゃん、何食べるのかとか聞いていい? 魔力ってどうやってあげるの」

 薄目でちらりと再び冒険の書を開くと、意図を察してくれたのか、仔犬の種族については二重線を引いてくれていた。

 ありがたい……。


『基本的に魔力を含む食事を好みますが、従魔は普通の動物とは異なりますので基本的に人族と同じ食べ物でも食べる事が出来ます。毒を持つ野草などでも、その個体なら種族的に毒耐性を持っているので食べられるでしょう』

「良かったー。食事の事が心配だったんだよな。一緒のもの食べれるのはありがたい。というか、その“個体”って言い方……そうか、名前まだ付けてないもんな。うーん、どんな名前がいいかなぁ」

「きゅふ」

 ダークアメジストの瞳がうるうるとしている。

 まじかわいい……天使かな。天使だな。

「うーん、名前、濃い紫色、うーん。……そうだ、紫紺シコンはどうだろう。色の名前とか安直かな? 紫紺、どうだ? 他の方がいいか?」

「きゅふきゅふ!」

 嬉しそうに尻尾を振っている。どうやら紫紺という名前を気に入ったようだ。

『元災厄の獣、現管理者タカヒロの従魔、名前は紫紺。名付けによりあなたの眷属として登録されました。現状では闇を操る事などしかできませんが、魔力が戻る度に使える能力が増えていくでしょう。……前代未聞です。まさかこの個体を従魔にするとは……』

「闇を操るってすごくかっこいいな。それよりも紫紺ガリガリだな……よし、一番最初は食事かな。一緒にご飯を食べよう」

 痩せてガリガリになっている姿は本当に可愛そうだったので、食事を用意しようとする。

「わふっ」

 紫紺は名前を貰って嬉しかったのか、尻尾をフリフリしている。なんだこの可愛いわんちゃん。

 抱きかかえてキッチンに向かう。

 

 食事を作る時には危ないだろうと、紫紺を降ろした所、それがまずかった。


「きゅふっきゅふきゅふ!!」

 不安そうに俺の足の周りを動き回り、キュンキュンと泣いている。

「え! どうしたの、俺ここにいるよ?」

「きゅふきゅふっ」

 尻尾は股の間に入れ、不安そうに耳をぺたりとさせて震える。

 なんで!?

 抱き上げると、きゅんきゅんと俺の服に濡れた鼻をくっつける。


「冒険の書! なんでこうなっているんだ?」

『おそらく、抱っこされる安心感に目覚め、抱っこされない事に強いストレスを受けているのでしょう』

「まおー種なのに!?」

 なんてこった。仕事が手に付かない。

 へっへっと抱かれて嬉しそうにしている仔犬は滅茶苦茶かわいいけれど!

「抱っこ紐……作る?」

『影潜りをさせたらいかがでしょうか』

「影潜りってなんだ?」

「きゅふ」

 たたっと紫紺が腕から床に降りると、俺の影にとろりと溶け込んだ。

 俺の影の中に潜ったのか?

「闇を操るってそういう事か」

「きゅふ!」

 顔だけぴょこりと飛び出したり、影に隠れたりする。

 どうやらさっきみたいに狂乱状態になっていないし、俺の影の中ってのが、安心するのか?


 やっと両手を使えるようになったので、調理を再開する。

 今日は美味しい肉の塊もあるし、スープもある。

 それに食後にはボルボルパイも食べちゃおう。

「ちょっと待っててなー」

 今日は色々とあったけれど、紫紺を従魔にすることができた。ご馳走にしよう。

 肉を分厚く切って、ステーキみたいにしてみたいけれど、まずは紫紺が食べやすいようにサイコロ状に切る事にした。

 紫紺用の肉の味付けは……魔獣だから付けても大丈夫なんだっけ?

 塩コショウで味付けする。俺のはギルマス特性のソースにしちゃおう。後で紫紺が食べられたら分けてあげようかな。

 ビックファットピックの肉は脂身が多くて、それを最初に溶かしてから焼けば焦げ付きも少なく焼くことができた。


 スープ用のお湯を沸かしている間に、戸棚の中から冒険者食事用セットを取り出し、干し肉とスープの素と固いパンも取り出す。


 俺は学んだ。このマジックバックの中が時間が止まっているなら、今日買ったギルマス特性お徳用パンはギリギリまでこの中に入れておけばいいと。


 干し肉を千切ってスープの中に入れようとしたところ、きゅーきゅーなんて可愛い声が影からした。

 しゃがみ込んで干し肉をぶら下げると、にゅっと影の中から小さな鼻が現れて、ふんふんと匂いを嗅いでいる。

 そっと口元に持って行けば、パクリと食べた。

 結構固い肉だったのに、嚙めるのな。塩が効きすぎているけど、大丈夫かな。

「きゅふきゅふ!」

 また鼻先がにゅっと出て来た。どうやら気に入ったみたいだ。

 出来上がるまで食べていてもらおうと、もう一欠けらあげる事にした。

 喜んで食べている。可愛すぎる……。

 残りの干し肉を湯に入れて、固形スープを溶かす。

 明日テラリウムから薬草類が取れたら入れてみるのもいいかも、なんて思ってしまう。


「食器どうしよう。また買いに行くしかないかな」

 俺一人用の食器はあるけれど、紫紺用の食器がない。

 何か代替できるものないかなと、以前買った魔法が掛った食器セットを開ける。

「仔犬用の食器と水飲みが増えてる……だと……」

 俺一人だったから、一人分の食器セットだったのか。

 今は一人と一匹だったから、その分追加された訳か。最高過ぎるだろ。


 食器に食べやすい大きさの肉を盛る。

 食器と水飲みと床に置いて、紫紺を呼べば、にゅっと影から出て来た。

「いただきます」

「わふっ」

 小さな顔を食器に突っ込んで紫紺が美味しそうに食べている。

 食事を一緒に取る事がこんなに嬉しいことだなんて。

「紫紺、俺のところに来てくれてありがとな」

 なんてぼそりといったら、紫紺は顔をあげて、瞳を輝かせてきゅふっと嬉しそうに吠えた。


 追伸、食後にボルボルパイを出したら、ボルボルの部分が特に好きだったのか、俺の足にしがみ付いて催促し始めたので、俺は自分の分を死守するのが大変だった。

 もちろん、負けてボルボルの部分を分けた。パイ部分だけでも美味しかったけどさ……。

  

 

 

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