40 追撃と驚嘆

 柵を越えて駆け寄る猿を、剣を構えて迎え討つ。相手の木の棒が振られるところを余裕で受け流し、ライナルトは一刀でその首を刎ね飛ばした。

 すぐに向き直り、仲間たちの迎撃を確かめる。ひっきりなしに魔法照射は続いているが、さらに何匹も柵を越える猿が出てきている。

 即座に、ライナルトはそちらへ走り出した。

 横並びの村人たちに近づく前に、続けざまにそれらの首を刎ね飛ばす。

 男たちも木刀を構えて、近づく魔獣を迎え討った。


「この野郎!」

「村へ入れて堪るか!」

「食らえ!」

 ギアアーー!

 ギアアーー!

 ギアアーー!


 ますます殺到する数が増え、次々と柵に跳び載ってくる。柵の上で魔法を食らうのが数匹、こちらに飛び降りて駆け寄るのがまた数匹、という様相が続いた。

 右へ左へライナルトが駆け回り、寄ってくる魔獣の首を刎ね続ける。逃した数匹も、男たちの木刀で仕留められる。

 そうして、三十ミーダ(分)ほども過ぎた頃。ようやく柵を越える猿はいなくなり、向こう側に残っていた数匹が木立の中に逃げ込んでいった。


「やった!」

「終わりか?」


 村人たちは、汗まみれの顔を見合わせた。

 柵の内外に、夥しい数の猿魔獣が転がっていた。

 首を刎ねられ息絶えたもの。頭を殴り潰されたもの。全身焼け焦げて動かなくなったもの、まだ瀕死の態で転げ回っているもの。

 合わせて、おそらく五十匹を超えている。

 見回して、ライナルトは剣を鞘に収めながら仲間たちを振り返った。


「俺は、残った奴らの再進攻がないか見てくる。ケヴィンとイーヴォは一緒に来てくれ。残りは生きている奴の止めと、死骸の始末を頼む」

「おお」

「おっちゃん、俺も一緒に行っていいか?」

「ああ、まあいいか」


 まださらに役に立ちたいらしいコンラートの懇願に、少し考えて頷き返す。

 そのまますぐ前の柵を跳び越えて、四人で木立の中へと踏み入った。

 数十匹の魔獣が踏み荒らした明らかな痕跡で、低い樹木が折れ躙られた跡がずっと先まで続いている。それを辿って、先を急いだ。まださっきと変わらないほどの群れが続いてくるなら、再度迎え討つ態勢を固めなければならない。

 一旦木立が途切れ、やや広い草地を挟んだ先からまた木の茂った山へ入る傾斜が始まる。

 少し手前からその木々の間を窺い、ライナルトは足を止めた。


「何だ?」

「どうした、ライナルト」


 問いかけるイーヴォの顔は見ず、遠くへと目を凝らす。

 後ろで同じく足を止めた三人は、わけ分からず首を傾げている。

 その耳に、かすかにバキバキと破壊音めいたものが聞こえてきていた。

 ケヴィンが顔をしかめた。


「何だ、また次の群れか?」

「いや――」ライナルトはさらに目を凝らして低く唸る。「今さっき遠くに見えた影、妙にでかい感じだった」

「でかいって――」

「しぃ――下がれ」


 両手を横に開いて、ライナルトは後ろへ下がった。

 仲間たちを導いて、今出てきた後方の木立へ戻る。とりどりに木の陰に身を隠すように、指示する。


「何なんだ?」

「分からねえ。しかし、危険な感じがする」

「危険って――」


 言い交わしている間にも、奥からの破壊音が鮮明になってきた。バキ、バキ、と近づき、ややあって先に見えていたそこそこ高い木が折れ倒された。

 倒木を押しのけて、焦茶色のものが現れる。


「な、何だあ――」

「あれ、でかい――」


 イーヴォに続き、コンラートも悲鳴のような声を上げた。

 姿形は、さっきまでの猿魔獣と似通っている。しかし現れたその獣は、想像を超えた大きさだった。

 ふつうの小鬼猿こおにざるの身長は一・五ガターあるなしだが、木の間から姿を現したそれは、三ガター近い高さに見える。見た目は小さい奴らとそれほど変わらないが、上半身から腕にかけてが筋肉隆々と形容できそうなほど発達しているようだ。

 加えて、他の奴らと同様に雑食で肉も食らうことを誇示するごとく、上顎から生えた大きな牙を覗かせている。

 その力強い外観の腕を振って生えていた木を倒し、目の前に広がる草地に足を入れてきた。見ると、その手に大人の脚よりも長さと太さのありそうな木の棒を握り、地面を叩いている。

 後ろに数匹、ふつうサイズの猿魔獣が従ってきていた。


「まさか、猿魔獣の親玉か――?」

「そうかもしれん。小鬼猿こおにざるの群れにこんなボスみたいなのがいるなど、聞いたことはないが」


 ケヴィンの問いに、ライナルトは正面から目を離さず応えた。

 観察を続けていると。そのボス猿は巨体に相応しく、ある程度ゆっくりした足どりだ。とは言え歩幅がかなりあるので、後ろの小猿たちの速歩とあまりスピードは変わらない。

 つまりはさっきの小猿たちの群れとそれほど変わらない速度で、村に向かって進軍していることになる。

 イーヴォも蒼白の顔でライナルトを見た。


「あの大きさじゃあ、こちらの魔法攻撃も効かないんじゃないか」

「そうかもしれんな――おい、コンラート」

「ああ」

「お前、村に駆け戻って、このことを伝えてくれ。さっきの要領で迎え討つのは難しそうだから、全員ヨッヘム爺の家に隠れるようにと」

「ああ、分かった」

「俺たちは、できるだけここで奴を足止めできないか、やってみる」

「なら俺も、村に報せてすぐ戻ってくるから――」

「お前は、他の連中と一緒に隠れていろ」

「いや、でも――」

「まだお前は、ツァーラと協力しなけりゃ十分な攻撃ができないだろう。ツァーラをここに連れてきて、危険な目に遭わせるわけにはいかん。場合によっては全速力で逃げるとか、他の場所へ奴を誘導するとかしなくちゃならないかもしれんのだ。言っちゃ悪いが、ツァーラは足手まといになる」

「……そう、か」

「お前たち二人は親父たちと協力して、村で他の者を護る役目を果たしてくれ」

「……分かった」

「なら行け、急げ」

「おお」


 大きく頷き、少年はがさがさと茂みをかき分けて駆け出した。

 残った三人は、しかめた顔を見合わせる。


「何としても、ここで奴らを足止めする。要領は、いつもの通りだ。ケヴィンは火で、イーヴォは水で、あのボス猿の顔を狙って動きを止めろ。顔に意識を集めておいて、俺は隙を狙って奴の足を攻撃する。うまくすれば、足に傷を負わせただけで奴らを追い返せるかもしれない」

「ああ」

「分かった」

「あと、小さい奴らも前に出てきたら、できるだけ始末しろ。一匹でも村に向かわせるわけにはいかない」

「そうだな」


 三人とも、悲壮な決意を固めるしかない。

 今まででいちばんの大物だった、熊よりさらに大きいのだ。三人がかりでも、真面まともに当たってあの大猿に力で敵うとは思えない。

 大きさを考えると、火魔法だけで頭などを燃やすのも難しそうだ。水を顔に当てるのも牽制程度にしか効かないだろうし、口の中に入れて噎せさせるのも望み薄に思える。

 結局は従来通り、魔法で注意を顔に向けておいて、最後はライナルトの剣に頼るしかなさそうだ。


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