39 迎撃してみよう

 それからさらに数日、同じような日課が続いた。

 午前中、父はあたしをおぶって村の周囲を回る。このところの狩りのせいか野兎や野鼠の姿が減ってきたようなので、父は少しずつ森の奥へ警邏けいらを広げていた。

 木立などの遮蔽物しゃへいぶつが少ないところで小動物を見つけると、火魔法と風の道で狩りを試みる。その他いくつかの方法を試行、組み合わせたりしてその効果を確かめる。

 午後遅くからは人を集めて、剣と魔法の鍛錬。

 あたしはロミルダに預けられ、前半は本を読んでもらったり家の中で遊び、後半外に出て魔法の練習を観察する、という基本習慣になった。

 三冊ある絵本は何度も読んでもらって、内容を暗記できるほどになっていた。その結果、自分で本を開いて文字を追うことができるようになってきた。横から見てロミルダが呆然としている様子だけど、気にしないことにする。ときどき文字の読みについて訊くと、呆れながら教えてくれたりする。

 魔法の練習では、女たちの水と火の連携や、ツァーラの風の道について観察し助言を加える。赤ん坊の口出しに最初のうちは不思議がっていたようだけど、そのうち誰も疑問を口に出さなくなっていた。

 父が生け捕りにしてきた野鼠を放し、女たちが水と火で仕留める、という練習を何度か重ねる。こうした小動物相手なら、二十ガター程度の距離を置いてまず失敗することがなくなっていた。

 男たちは的を相手に火と水の練習。威力を増した火魔法の的中率も上がっている。それ以上にコンラートとツァーラの連携した火魔法は、威力でも精度でも群を抜いていた。


「ようし、今日は終了!」

「ありやと、したあ!」


 父の宣告に、全員が声を揃える。使ったものを片づけて、銘々家に戻る。

 家で時間のある限り、あたしは水の変形練習をする。何度やっても飛ばすのはうまくいかないので、当分こちらに専念するんだ。

 魔法の水は自然のものに比べて、かなり透明度が高い。また出現させるときに限れば、ある程度思った形で硬めに集結させることができる。ただこれらの特徴は、遠くに飛ばすとほどけて意味がなくなるみたいだ。

 そんな実験をしたり父と相談したりしながら、家での工夫や森での試行をくり返す。


「すっかり畑も見違えたなあ」

「うん、きれい」


 この日も森を目指しながら、村中むらなかを振り返って父と感想を交わした。

 村の畑は種まきなども一通り済み、一面芽が出て緑が広がってきている。森の中にも小さな花が見えるようになってきた。そろそろ春も終わり、成長と実りの季節に向かうところだ。

 例年獣が村を襲うのはこの季節までで、夏場にはほぼ例がない。今年も警戒を続けるのはもう少しの期間でいいだろう、と前日も父とホラーツで話していたところだ。

 この木は夏の初め頃に実をつける、甘味があって食うことができる。あの木の実は渋くて食えたもんじゃないが、鳥たちは好んで食っているようだ。などと、父があちこち指さして教えてくれる。

 村の方を振り返ると、木立の隙間から畑仕事をする人たちの姿が小さく見えている。

 こんな平和が続けばいい、と呑気に思ってしまうところだけど。

 山の方角を見て、父が「ん?」と低い声を漏らした。


「どしたの」

「ちょっと、静かにしてくれ」

「あい」


 大人しく息を潜めていると、父はじっと山の方に目を凝らしているようだ。

 しん、と辺り一面、遠くまで静まり返っている。


「おかしい。鳥の声も聞こえなくなっている」

「そだね」

「あそこ――やっぱり動いた」

「なに」

「木の上、大きさからして、猿魔獣だ。そこそこ数がいる」

「そなの?」

「増えている――近づいている、な。こりゃいかん」


 踵を返して、父は村方向へ戻り出した。

 今のところまだ距離はあるけど、群れは確実にこちらに近づいて、間もなく村に達するのではないかということだ。

 真っ直ぐ防護柵に駆け寄って、父は村の中を覗いた。出入口はまだしばらく横に進んだところだけど、柵の隙間から畑が見えている。少し離れて、何人か作業をしている。

 そちらに向けて、父は怒鳴った。


「おい、ケヴィン!」

「何だ、どうした?」

「猿魔獣が近づいている。みんなに報せて、打ち合わせ通り準備させろ!」

「分かった!」


 手にしていた鍬を捨てて、ケヴィンは村に向けて駆け出した。

 そのまま柵沿いに走り、父は出入口を潜った。

 畑作業をしている者たちに声をかけながらケヴィンは何人かを家々の方へ送り、何人かを従えて戻ってきた。


「打ち合わせ通りだ。迎撃の面子を呼んで、残った連中は子どもたちと、ヨッヘム爺の家に集まるように指示した」

「よし、集まった者たちは、ここで準備しろ。まだどの地点に猿たちが現れるか分からんから、広く警戒しろ」

「分かった」


 高さ一・五ガターほどの木の柵は見渡す限り続き、村をぐるりと囲んでいる。縦横に組んだ木の隙間は野兎や猿などだとぎりぎり潜れるかもしれない幅だけど、猿魔獣はそんな面倒をするよりよじ登って越えてくるだろう、と予想されている。動きが機敏な個体なら、一飛びに上に載って越えるかもしれない。

 それでも一応は、勢いづいて駆け寄る奴らも、柵の前で一度は足を緩めると考えられる。村の側からは、その刹那を狙う方針だ。

 迎撃隊は、柵から十ガター程度の距離をとって並ぶ。森と柵の間にそこそこの空き地があるので、相手が柵の向こう、やはり十ガター程度まで近づいたところで攻撃を開始する予定だ。合わせて二十ガターほどの距離、柵の隙間を使って水や火で攻撃できるのは確認されている。

 まずはその時点、相手が柵を越える前に相当の数を減らしたい。

 それが間に合わず柵を越えるものが出てきたところで魔法と木刀の併用で相手することにし、女たちは村中に避難させる。

 そういう方針は、以前から打ち合わせていた。


「猿魔獣だって?」

「まちがいないのか」

「ああ。森の向こう、山中に見つけた。まちがいなく群れを作って、こちらに近づいている」


 いつも訓練をしている面子が次々集まって、父は簡単に説明をし、指示を与えた。

 こちらから見て右手に女たち四人、中央に父を囲んで木刀を持った男が四人、左側にコンラートとツァーラが並んで構えをとっている。父が村に戻る余裕もないので、あたしはその背に負われたままだ。

 一同に「静かにしろよ」と注意して、父は耳を澄ましている。

 他の面々も緊張の面持ちで、左右に視線を走らせている。

 猿魔獣たちは群れを作って行動するはずなので横に広がることはなく、ある程度狭い範囲に続けて現れるという予想だ。

 ややしばらくして。

 ガサ、と音がした。

 父が、素速く目を向ける。


「左だ!」

「おお!」


 一同はその隊列のまま、左方向へ移動した。

 五十ガターほど横に進んで、柵の向こうに動きが見られた。

 森の木々の間から、わらわらと小さめの動物が姿を現す。見る見るうちにその数は十を超え、さらに増えていくようだ。

 ギアアーー、ギアアーー、と口々に甲高い声を上げている。

 柵を見たためか一度進み足が緩んだが、すぐに先頭が駆け出してきた。木の棒を持った、体長一・五ガータ程度の毛むくじゃらだ。


「ケヴィン!」

「おお!」


 その真正面に位置していたケヴィンが、両手を大きく横に振った。

 大きな炎が柵の隙間を抜け、近寄っていた先頭の顔面に炸裂する。

 ゲアアーー、とその口から悲鳴が上がった。

 威力を高めていた火球はそのまま顔面から頭頂まで燃え広がり、猿はその場にのたうち回っていた。


「効いているぞ、続け!」

「おお!」


 向こうからは、四五匹が横並びになって柵に駆け寄ってくる。

 それへ向けて、次々と魔法が飛ばされた。

 大きく開いた猿の口へ、女たちの水が注ぎ込まれる。グエグエ、と足を止め噎せ返るその頭に火が点けられ、草の上に転げ回る。

 男たちの火と水が数匹の顔面に炸裂し、その場に打ち倒す。特にコンラートとツァーラの息を合わせた攻撃は狙いも確かで、次々と魔獣が火に包まれている。


「いいぞ、いけるぞ!」

「この調子だ!」


 第一弾、二弾の殺到は、そうして確実に仕留めることができた。

 それでも残る猿魔獣の数はまだ多く、一度に駆け寄る頭数も増えてきた。柵の上に跳び載るものが出てきて、辛うじてそこへ魔法が当てられる。

 さらにその攻撃を逃れてこちら側に飛び降りる猿の姿が、右側に現れた。

 一匹が女たちの方へ突進する勢いで、悲鳴が上がった。


「きゃああ!」

「女たちは、後ろに下がれ! 男たちはそのまま攻撃を続けろ!」


 指示を叫び、父はその右方向の一匹目がけて駆け出した。

 背中にしがみつくあたしとしては、何とも迫力のある臨場体感だ。


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