第47話 あなたは笑えてますか?

 たとえるなら、女子だらけのパンケーキ屋にひとりで入ったような気分。本当に場違いなのだ。


 とはいえ、そそくさと立ち去ることもできず、ふたりでかき氷を口の中に放り込んでしまうと、同時に頭を押さえる。


「うーん! このキーンって感じが夏を感じるっすねぇ~」


 満足げに食べおえた恵莉奈はスマホを取り出した。


「せっかくですし、写真撮らないっすか?」


「そうだな。記念というか、そういうのな」


 俺自身、あまり写真を撮る習慣はないのだが、悪くはないと思った。確認したいこともあったし。


 恵莉奈はスマホを掲げると、俺に身を寄せてくる。


「師匠、もっと顔こっちに」


「こうか?」


「そうっす、そうっす~」


 恵莉奈と俺の耳がくっつきそうな距離まで近づき、彼女のフローラルな匂いを感じる。


「師匠、もっと笑えないっすか?」


「こ、こうか?」


「すっげぇ、ぎこちないっすね……」


「陰キャは写真なんて撮らないからな」


「師匠のスマホカメラ、たぶん泣いてるっすよ……」


 微妙な顔をした恵莉奈だったが、にっこりと笑うとシャッターを切った。


「これでよしっと」


 恵莉奈は撮った写真をスマホで確認すると、満足そうに微笑んだ。


「あれでいいのか? 俺、けっこう酷い顔してたけど」


「でも、あれが自然体の師匠っすから。だから、これでいいんじゃなくて、これがいいんすよ」


「やべ、ちょっと泣きそう」


「えへへ~」


 そんな気の緩んだ会話をしていたが、気付けばあたりは暗くなっており、神社の照明も煌々と輝いていた。


「花火、そろそろだな」


「そう、っすね」


 ふたりで夜空を見上げる。


 八王子は東京とは思えないほど空気が澄んでいる。そのお陰か星空も観測しやすく、今日みたいな花火大会ではロマンチックな雰囲気を演出してくれる。


 隣り合った恵莉奈が手を重ねてくる。すこし汗ばんだ手は彼女を生で感じられ、その脈拍まで感じられそうなほどだ。


 すこし硬い骨の感触、男とは違ったすべすべとした白い肌、しなやかな指、綺麗に整えられた爪。そのすべてが女の子であって、意識してしまう。


 自身の拍動が高鳴るのを感じていると、公園内放送が入る。花火開始の放送だった。


 それからほどなくすると、一発目のおおきな花火が上がる。周囲からは歓声があがり、いよいよ始まったという感じがする。


「わ~! 見てください! どんどん打ちあがるっす!」


 二発目、三発目と次々に上がっていく花火は俺たちを照らしてくれる。浴衣美人となった恵莉奈も色とりどりの花火に照らされて、とても輝いて見える。


「師匠、どうかしたっすか?」


 俺が黙り込んでいたのを気にしたのか、顔を覗き込んでくる。


「いや、考え事をしててな」


「せっかくの花火なのに勿体ないっすよ! 悩みなら、パパっとあたしが解決するっす!」


 胸をポンと叩いて、任せろと言わんばかりの恵莉奈。そんな彼女に悩みを打ち明けることにした。


「今日、ずっと気になってたんだ」


「ふむふむ」


「恵莉奈のおっぱい大きくなったなって」


「ド、ドエッチ!」


「フローラルないい匂いだなって」


「においフェチ!」


「そう言えばスマホ変えたなって」


「ス、スマホフェチ?」


「手、大きくなったなって」


「うえ~ん! 師匠がフェチだらけの変態になっちゃったっす~!」






「今日ずっと一緒にいたのは天川詩乃だなって」

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