第16話 相対性貧乳論

 天川と恵莉奈の酒を新たに注文して、恵莉奈の先攻から始まった。


「じゃ、じゃあ、師匠……失礼するっすよ」


 先ほどと同じく俺の膝の上に乗った恵莉奈はすでに顔を真っ赤にしていた。

酔いが回っているのもあるが、なかなか目を合わせないところを見るに、かなり羞恥心にやられているようだ。


 それに相当緊張しているせいか、すこし体が強張っている。


「恵莉奈が緊張することないだろ?」


「だ、だって、師匠の顔が近いっす……」


 恵莉奈は後天的陽キャであり、元々はかなりのあがり症&陰キャだった。つまり俺と同じ穴のムジナである。


「それじゃあ、歌うけど……」


「ど、どうぞっす」


 なんだか妙な気分だ。恵莉奈を膝にのせて歌うのもそうだけど、それを隣で天川に見られてるのも……。


「神原さんも島崎くんもふぁいと~!」


「応援とはずいぶんと余裕っすね!」


「だって~どうせ勝つのは私だも~ん」


「その余裕、すぐに崩してやるっすよ!」


言い合っている二人を横目に、デンモクに曲を入れるとすぐに伴奏が始まる。


「~~~♪」


 俺が歌っている間、恵莉奈は特に何を仕掛けてくるわけでもなく、膝の上でおどおどしている。


 あれだけ息巻いていた恵莉奈だったが、天川に見られてるのもあって羞恥が勝っているようだ。


 だがその悶えが、動きが、ほんのりと俺に刺激を与える。恵莉奈が身をよじるたびに、彼女の柔らかなお尻が俺の下半身をくすぐる。


「お、ん……? し、師匠のが大きくなってきてるっす……」


「い、いや、だってな……」


「すごく気持ちよさそうっす……これがいいんすね」


 恵莉奈はそのまま身をよじってお尻を押し付けてくる。柔らかなものに挟まれて、そのまま刺激されてしまう。


 女の子の体って、なんでどこもかしこも柔らかいんですかねぇ!


「あはっ、師匠気持ちよさそうっす……もっとしてあげるっすからね」


 酔いのせいなのか、恵莉奈は完全に天川の目も忘れて腰を振り続ける。 


 天川はというと、そんな俺たちの様子を面白くなさそうに見つめていた。


「私で童貞捨てたくせに……」


 めっちゃ擦ってくるなぁ……。


「でも、いま師匠はあたしで気持ち良くなってるっす。天川先輩じゃなくて、あたしで」


「その程度でイキっちゃって、おこちゃまね」


「うぅぅ~! 師匠~! 天川先輩がいじめるっすよ~!」


 泣きに泣いて、俺の胸に顔を埋める恵莉奈。それと同時に恵莉奈の胸が思いきり当たってしまう。


「なに動揺してるのよ、島崎くん! 声震えてるじゃない!」


「師匠はあたしのおっぱいが大好きなんすよ~」


「うぅぅ、童貞みたいな反応しちゃって~! ヘタレ! 童貞~!」


 テンションの上がっている天川はあれこれとブーイングをかましてくる。それに少し優越感を感じている恵莉奈。


 まあ、元カレがこんな姿見せたらそりゃキレるよな。すまん天川。でもおっぱいには勝てねぇんだ。


 そして、なんやかんやあって歌いきったものの……。


「むー、六十八点か」


「普段の師匠というほど変わらないっすね~」


「どんだけ音痴なのよ……」


「陰キャオタクが歌えるわけないじゃん」


「開き直りの良さは一流よね……」


 飽きれていた天川だったが、デンモクを取ってつぎの曲を予約する。公平を期すために先ほどと同じ曲だ。


 恵莉奈が俺の右隣に移動して、天川が膝に乗ってくるかと思ったが、そのまま左隣のポジションだった。


「あれ~? もしかして天川先輩、意外と初心っすか~?」


「別に密着だけがすべてじゃないわ。ようは島崎くんの点数を下げられればいいのだし」


 余裕しゃくしゃくの天川だったが、俺が歌い始めると。


「ふぅ~」


「うおっ⁉」


 耳に息を吹きかけてきた。だが、それだけでない。


「んっ、ちゅっ、れろっ、んちゅっ……」


 天川の舌が俺の耳に入ってくる。ぬるりとした触感、反響する水音が俺の脳を狂わせる。次の歌詞なんだっけ? いまどこまで歌ったんだっけ? そんな単純なことも分からなくなるほどに、判断を鈍らせていく。


 それに水音だけではない。天川の湿っぽい息遣いもあわさって、ぞくぞくとした快感が背中に走る。


「あんっ、んっ……すきぃ、島崎くんすきぃ……」


 そしてその吐息と共に、耳元で愛を囁かれる。


 動揺させるための演技なのか、それとも……。


「演技なんかじゃないから……」


 それは切実な訴えだった。暗がりの中でも分かるほどに、目は潤んでおり、隣に感じる体温も高まっている。


「触っていい、よ……」


 天川は俺がマイクを持っていない方の手をつかむと、そのまま自らの胸に導く。ワンピース型の薄手の服の上から感じるのはブラの硬さと、マシュマロのような胸の柔らかさ。半年ぶりに感じる質量に思わず意識が集中してしまう。


「私はいつでもいいから……島崎くんがしたいときにしてくれいいのよ」


 さすがに羞恥が勝っているのか、天川は顔を真っ赤にして目を背ける。 


 演技……なのだろうか。


 そんな疑問と胸の柔らかな感触に思考を奪われ、カラオケどころではなくなっていた。


 恵莉奈はコップにさしたストローに噛みつきながら俺たちの様子を、見つめる。


 一応ルールを守るつもりなのか、手を出してくる様子はない。


「ほら、あと少しで歌い終わるから。がんばって」


 そう言われても、歌詞が頭から飛んでしまっており、何を歌ったらいいか分からない。俺の頭の中は天川一色だった。


 耳元で感じる天川の吐息。愛を囁く唇。それを直に感じまくってしまい、キスをしたくなる。


 クリスマスに味わったあの快感を、求め求められる快感が欲しくなる。俺じゃなきゃダメだって伝えてほしい。


 そんな悶々とした気持ちを抱えつつ、なんとか歌いきったものの。


「五十一点か」


 恵莉奈のときは六十八点。


 つまり、この勝負は天川の勝ちで、天川は俺にキスが出来る。


 それは彼女との復縁、そして漫画原作を引き受けるということにもなる。


 だが、そうはならない。


「うぅぅ~師匠~。むにゃ……」


「うふふふ、やっぱりGカップなんかじゃ勝ち目なんてなかったのよ。んっ……」


 恵莉奈と天川は熟睡していた。


 薄暗い中で煌々と光るモニター。そんなカラオケボックスに酔いつぶれた美女二人に陰キャひとり。


「……なんとかなったか」


 ふたりとも寝てしまって、点数を確認できなかったため、勝敗はつかず。


 無事、俺の平穏は守られた。


「アルコール度数高いの飲ませておいて正解だったな」


 歌い始める前に注文した酒はふたりの酒は奇しくも、クリスマスの居酒屋で天川に飲まされたものだった。


 天川は自分のとった策をやり返されて、今回はチャンスを逃した。


 つまり意趣返しの形となったのだった。

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