第2章 出て行けっす!

第11話 中古で買っても印税は入らない!

 寮に帰れば天川が先回りして付きまとってくる。


 かといって創作同好会の部室に逃げ込もうにも、奴は入部申請までしていて、堂々と部室に入ってくる。


 そう、俺のテリトリーに着々と侵略してきているのだ。こういうときの天川のしたたかさはとんでもない。酒を飲まされて無理やりキスをされるかもしれない。


 ここまでして逃げるのにもわけがあった。


 天川も寮生活に慣れてきた先日のことだ。


 天川の歓迎会と称して、寮の共有スペースでいつものメンバーと飲み食いをしていると、頬を赤くした天川が俺に抱き着いてきたのだ


「島崎く~ん。私、酔ってきちゃったぁ~」


「ウソつけっす! 今日はジュースだけしか持って来てないっすよ!」


「だってぇ、ジュースでも酔っちゃうんだも~ん」


「んなわけあるかぁ!」


 思わず口調が崩れるほど、恵莉奈が激怒した時だった。


「あ、あれ?」


 なんだか体が熱い。


 それに俺の分身が元気に⁉


「ふふっ、ようやく効いてきたみたいね」


 先ほどまでの酔った演技ではなく、女豹のような目つきで射抜いてくる。


「あ、天川、何しやがった⁉」


「そりゃ、盛るに決まってるでしょ?」


「常識みたいに言うなよ! 普通に怖い!」


「だって、好きな人と致すなら、そりゃねぇ?」


 天川に視線を向けられた恵莉奈は気まずそうに顔を逸らした。


 えっ、何その反応⁉ 恵莉奈さん⁉


「で、でも変な味なんてしなかったぞ?」


「はちみつ味のやつを島崎くんの飲み物に溶かしたんだもの」


 俺が飲んでいたのははちみつレモンジュース。


 思い返せば天川は俺のコップをずっと注視していた。そして、空になるとすぐにジュースを注いでくれたのだ。


「や、やられた!」


「ふっふっふ、覚悟しなさい、島崎くん。そして私と熱い夜を……」


「し、師匠! そんなド変態とやるくらいならあたしと! あたしは変なことしないっすから!」


 結局、あの晩は部屋に引きこもって、いろいろと静まるのを待っていたのだった。


 そして、数日たったいまも俺は天川に対して警戒心をバリバリに強めているというわけで……。


「ってなわけで邪魔するぞ恵莉奈」


「ゆっくりしていってくださいっすよ~」


 天川もまさか俺が恵莉奈の部屋にいるとは思わないだろうという目論見もあってお邪魔することにしたのだ。


 一番安全なのは圭吾の部屋に逃げ込むことだが、あいつはなかなか部屋に帰ってこないゆえに、その案は早々につぶれた。


「恵莉奈の部屋、実家とほぼ同じだな」


「マイルームは憩いの場っすからね~。できるだけ雰囲気はよせてるんすよ」


 金髪ポニーテール、露出が多いボーイッシュギャルな服装を好む恵莉奈だが、部屋はかなり乙女だ。


 ピンクを基調とした家具、女の子特有の妙に甘ったるい匂い。壁紙もおしゃれに貼り替えており、俺と同じ寮に住んでいるとは思えないほどだった。


 恵莉奈の実家のマイルームにお邪魔したときもそうだったが、やはり慣れない。


 とはいえ、贅沢を言える身分でも無し。座椅子を借りて腰をかける。


「けっこう自分の本とか置くタイプなんだな」


 本棚にびっしりとつまった書籍の中には、彼女自身の本も網羅的に並んでいた。


「そうっすねー。トロフィーみたいなんすよ。これだけ本を出したんだなーって感じで。師匠は自分の本は置かないタイプでした?」


「うーん、そうだな。良くも悪くもいろいろ思い出しちゃうし、目に入るところに置いておかなかったな」


「なんか師匠らしいっすね」


 そう苦笑した恵莉奈は本棚から一冊の本を取り出した。


「そう言えばこの間、天川先輩の漫画を買ってみたんすよ」


「意外だな。『敵に塩を送るな~!』って言ってたのに」


「大丈夫っす! 中古なんで印税は入ってないっす!」


「この師匠にしてこの弟子あり。小物感がすげぇ」


 天川と恵莉奈はかなり対立しており、大学構内で顔を合わせると恵莉奈が「しゃー!」と威嚇し、天川は胸を強調して挑発する。そして恵莉奈がさらに威嚇するという大学生とは思えない精神年齢を披露してくれる。


 この人気作家様たち、なに考えてんの?


「で、天川の漫画はどうだったよ。俺も少し気になってはいるんだが」


「うーん、まずは師匠も読んでみた方がいいんじゃないっすかね」


「それもそうか」


 そもそも読みもしないで天川にあれこれ言うのもよくはない。


 恵莉奈から本を受け取り、読んでいく。


 内容としては一般的な恋愛漫画だ。意外にも主人公は男で、ラブコメを軸に進行していく。


「……………」


「どうっすか?」


 ニ十分ほどで読み終えると、恵莉奈が身を乗り出して感想を聞いてきた。


「正直、悔しいほどよく出来てるよ」


「っすよねー。敵ながらあっぱれというか」


 さすが月間連載をしているだけあってよくまとまっているし、流行りも押さえている。絵がうまいのはもちろん、コマ割りもよい。漫画素人ながらそう感じる。


「そう言えば」


 恵莉奈が話を切り出そうとした時だった。


 部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「神原さん、いる? ちょっと入るわよ」


 誰か入ってくる!


「し、師匠、ちょっと隠れててくださいっす!」


 慌てた恵莉奈に背中を押されてベットに転がされる。そして布団を被せられ、彼女はベッドに腰をかけた。


 女子の階層に男子が立ち入るのはご法度とされているのが、この寮の規則。大学側も一応、風紀の乱れとか気にしているらしい。


「あら? 誰かいたのかしら? やけに散らかってるけど」

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