第4話 放課後

 昼休みに藤井と図書準備室で過ごした日の翌日。俺は放課後に教室の前で藤井を待っていた。藤井は今、掃除当番として教室の掃除をしている。


 なぜ俺が放課後に藤井を待っているのかというと、それは昨日の晩に藤井と約束をしたからだった。

 というのも昨日の晩、藤井からとあるメッセージが送られてきたのだ。もともと藤井とは図書委員ということで連絡先を交換していたのだが、メッセージが送られてきたのはこれが初めてのことだった。

 送られてきたのはとある本の写真だった。その本のタイトルは『はじめての秘密基地』。そして本の写真の次にはこんなメッセージが送られてきていた。


 『明日の放課後、もし時間あったら一緒に図書準備室に来てくれない?』


 俺は特に断る理由もなかったので『わかった』とだけ打って送ったのだった。なので具体的に放課後図書準備室で何をするのかは知らされていない。


 しばらく待っていると教室から藤井が出てくる。藤井は手に大きめの手さげバッグを持っていた。中には何か入っているようだった。


 「お待たせ」

 「おう。なんだそれ」


 俺はその手さげに目をやりながら尋ねた。


 「電気ケトルだよ」

 「で、電気ケトル? なんで?」

 「まあこれからわかるよ」


 藤井が一体何を企んでいるのか検討がつかなかった。


 「先に図書準備室行っててもよかったのに」

 「いや、なんとなく待ってた方がいいかなぁと」

 「そっか、ありがと。じゃあ行こっか」

 「おう」


 というわけで俺たちは図書準備室へ向けて歩き始めた。

 図書準備室は北棟四階の隅っこにあるので、教室からは少し歩かなければならない。


 「それ重くないか?」


 電気ケトルの入った手さげバッグを持って歩く藤井を見かねて俺はついそう尋ねた。


 「大丈夫だよこれくらい」

 「そうか。きつかったら言えよ。それくらい俺が持つから」

 「……川瀬って女の子に気遣いできるんだね」


 藤井は心底驚いたような顔をして言ってきた。


 「俺のことなんだと思ってんだよ」

 「女性恐怖症……?」

 「さすがに酷くない?」

 「だって川瀬が女の子と喋ってるところ見たことないんだもん」

 「ま、まあそれは事実かもしれないが……」


 たしかに俺は女子とほとんど話さない。なので藤井に女子が苦手だと思われるのも仕方なかった。


 「川瀬はてっきり女の子の扱いとかわからない人だと思ってた」

 「いや普通にわからないんだけど」

 「でも気遣いできてるじゃん。川瀬って実はプレイボーイなんじゃないの?」

 「ちげーよ。生まれてこの方、彼女とかいたことないから」

 「そっか。ならよかった」


 どうやら藤井は俺がプレイボーイじゃない方が好ましいらしい。女子の感性というのはよくわからない。


 「というかそもそも、女性恐怖症だったらこうやって藤井と会話できてないから」

 「それもそうか。でも川瀬、もっと他の女の子と喋ってもいいと思う」

 「は、はあ」

 「身長もそこそこ高いんだし、モテるかもよ?」

 「身長ねぇ……」


 たしかに身長は高い方ではあるが、そんなものは持って生まれたものなので誇るようなことでもない。そもそも身長だけでモテるなんてそんな上手い話はない。


 「それに川瀬、話してみたら意外と普通だし」

 「普通ってこれ、褒められてる?」

 「褒めてるよ、もちろん」

 「ならいいけど」


 こうして他人から、しかも女子から自分について評されるというのはどうもむず痒いものがあった。


 「そう言う藤井だって、男子とあんまり話さない方なんじゃないのか?」


 ふと俺が言うと、なぜか藤井は不服そうな顔をしてきた。


 「なにその断定。そんなに私が男子と話してないように見えるの? 私が地味子だから? 悪かったですよ地味子で」

 「す、すまん。なんだ、藤井は男子と普通に話すのか」

 「……いや、あんまり……っていうかほとんど話さないけど」

 「じゃあなんでそんな不服そうな顔するんだよ」

 「だって印象だけで男子と喋らない認定されたんだもん」

 「悪かった」

 「いいですよ別にっ」


 藤井の様子からして明らかに納得していないようだった。非は完全に俺にあるので弁解の余地はない。俺はなんとかして次の言葉を探す。


 「……まあお互い、もうちょっと異性と関わるように意識した方がいいのかもな、うん。忠告してくれてありがとう」


 俺がそう言ったところ、藤井はより一層不服そうな顔をしてきた。


 「なにそれ、全然嬉しくない。さっきの女の子に気遣いできるっていうの、撤回しようかな」

 「えぇ……」

 「あと、川瀬はもうちょっと異性と関わった方がいいっていうのも、撤回する」

 「それは別に関係なくない?」

 「だって今の川瀬が女の子と関わったら、無意識に相手の子傷つけそうだもん」

 「そこまで言わなくてもよくないですかねぇ……」


 さすがに藤井のその言葉は胸に刺さるものがあった。


 少しの間を置いた後、藤井は「だからさ」と言って歩きながら俺の方に顔を向ける。


 「まずは私と練習しよ。異性と関わる練習。私だってその……いちおう女の子なわけだし」

 「それは助かる」

 「それに私の練習にもなるしね。男の子と関わる練習。ウィンウィンってやつだよ」

 「ウィンウィン、ね。そういうことにしとくか」

 「うん」


 しかし結局、それから俺たちは図書準備室までのわずかな道を、お互い黙って歩いて行ったのだった。

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