突然の災害(沖田+斎藤+永倉+原田)

「ようやく見つけたぜ! 総司ぃ」


 威勢のい良い声と共に、どたばたと走り寄る音が、背後に聞こえる。

 びくっと肩を振るわせてしまった姿を、目の前で会話に付きあってくれていた斎藤さんが「またか」というような、呆れた顔で見つめていた。


 慌てて両手を振って「知らない」と主張してみるが、とても信じてもらえていない事は、一目瞭然である。


「沖田さん……。いい加減にしておけよ」

「いえ、本当に今回は違うんですって……っ、わ」

「捕まえたぜぇ」


 どんっ、と勢いよく背中に感じた衝撃によろけながら首を後ろに捻り、声で誰がそこにいるのかはわかってはいたが、その姿を確かめる。


「永倉さん、原田さん。重い」


 重なり合うように、自分の背中に乗ってくる二人の姿に、ため息交じりで主張してみた。

 けれど、それ位でこの二人が、簡単に自分を開放してくれるはずもない。

 諦めて、二人の体重に押し潰される様に、そのまま地面にぐしゃりと倒れ込んだ。


 そこでやっと二人は満足したように、私の頭をわしゃわしゃと掻き回し、立ち上がる。

 一瞬にしてぼろぼろにされ、恨みがましい目を向けてみるが、これまたこの二人が、この程度のことを気にする性格でもない事は、わかっていた事だった。


「よぉ、斎藤。お前も一緒だったか」

「では、俺はこれで」

「まぁまぁ、待てって」


 くるりと踵を返して、非情にも立ち去ろうとする斎藤さんの肩に、両側からそれぞれ手を置きながら、にやにやと楽しそうな表情で、引き止める永倉さんと原田さんを見て、今回はどうやら自分だけが、追われていたのではなかったと理解する。

 安堵と同時に、漠然とした不安を抱きつつ、立ち上がって着物の土を軽く払う。


(このまま立ち去るのが、正解の様な気がする)


 そう結論付けて、二人が斎藤さんに構っている間に走り去ろうとしたその腕は、当の斎藤さんによって掴まれ、見事に作戦は失敗した。


「沖田さん、自分だけ逃げるつもりか」

「や、やだなぁ。そんな訳ないじゃないですか」

「目が、泳いでいるが」

「気のせいですよ」

「…………」


 視線が、痛い。

 永倉さんと原田さんが、私の名前を叫びながら近寄ってきたことを考えると、斎藤さんからしてみれば、確実に巻き込まれたことは否めないから、当然かもしれないけれど。

 今日は「まだ」、誰にも追われるような事をした覚えはない。

 二人に絡まれる理由がわからないのは、私も同じだったのに。


「それで、一体何なんですか」


 逃げられない事を悟ったのを理解したのか、斎藤さんは掴んでいた手を開放し、そのまま自分の両肩に乗せられている手を振り解きながら、目一杯迷惑そうな表情を露わにした。

 そして、両肩が開放されたからと言って、自分がここから逃れられる訳ではない事実を受け入れたのだろう。

 話の先を、促す事にしたらしい。


 私が向けるものとは比べ物にならない位の、それはそれは鋭い斎藤さんの視線を、真っ向からぶつけられても、動じない二人にある意味で尊敬の念を感じながら、ここは斎藤さんの疑問に同調する。

 訳もわからず追いかけられ、力任せに押し倒されたのでは、割に合わない。


 先ほどの登場の仕方から考えて、そう深刻な事態ではないらしい事だけは、わかっていたけれど。


「そうですよ。何かあったんですか?」

「二人とも、そんな怖ぇ顔すんなって」

「そうそう、何も取って食おうってわけじゃ、ねぇんだからさ」

「信じられません。今にも食われそうです」

「総司お前、変に勘が良すぎんのも考えもんだなぁ」

「どういう意味ですか?」

「とりあえず、報酬は……そうだな。饅頭五つでどうだ?」

「意味がわかりません」


 何に対する報酬なのか。その前に、何を押し付けようとしているのか。

 というか、饅頭数個で動く人間だと思われている事も、若干気にかかる。


(大きく間違ってはいないのが、悔しい所ですね……)


 全く先の見えない話し振りに、嫌な予感ばかりが積もり積もっていく。

 横に立つ斎藤さんを覗き見れば、恐らく同じ心境なのだろう事がわかった。

 訝しげな表情で、関わりたくない雰囲気が駄々漏れている。


「ちゃんと、説明を……」

「おい、八っつあん。やべぇ!」

「おっと。お前らにしか、できねぇことだからな。んじゃ、頼んだぜ」


 遠くからやって来る、とある人物の気配を察知して、原田さんが永倉さんに合図した。

 それを受けて永倉さんが頷き、以心伝心と言った雰囲気で視線を交差させ、結局二人は頼み事の内容を告げないまま、ものすごい全速力で去って行く。


 後姿を追いかける暇もなく、ただ呆然と見送っていると、背後に空気も凍りそうな不穏な気配を感じた。

 無言で去って行こうとする斎藤さんの腕を、今度は私が必死で掴んで止まらせ、二人でゆっくりと振り向く。


 そこには、予想通りに眉間にしわを寄せ、尚且つこめかみ辺りに青筋を立て、今にも刀を抜いて振り回しそうな、鬼の副長の姿――――。


「……これ。お饅頭五つじゃ、割に合いません」

「俺に至っては、饅頭の報酬など、嫌がらせでしかない」

「後で、たっぷりと。追加請求、しましょうね」

「むろんだ」


 斎藤さんと、珍しく一致意見を交わし、深く頷き合う。

 とりあえず今は、目の前の巨大な敵に対して、二人で完全協力体制の下に立ち向かうのに、集中する羽目になったのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る