休憩時間(沖田+斎藤)

「どうかしたんですか?」

「あっ、沖田先生……」


 二個の湯飲みをお盆に乗せたまま、困り果てた顔で立ち尽くしていた若い平隊士を見つけた沖田は、いつもの様に笑顔で近づきつつ声をかけた。

 その声に気づいた平隊士は、明らかにほっとした表情を見せる。


「うん、いい匂いですね。新茶ですか?」


 湯飲みに顔を近づけながら、その表情の変化に気づいていない振りをして問いかける沖田に、平隊士は小さく頷く。


「あの……永倉先生に頼まれまして」

「永倉さんに? おかしいな。永倉さんとは、さっき屯所の入り口で会いましたよ。出かけるって言ってましたけど」

「え……」


 沖田の言葉を受けて、平隊士の戻っていた表情が、また困惑に変わる。


「二つありますね。永倉さんと、一緒に飲む約束でも?」

「い、いえ。私ではなく……あの、これは斎藤先生の分で……」


 そう言いながら、視線を沖田の背後へと移した平隊士に合わせて振り向くと、そこには縁側に座って、黙々と愛刀の手入れをする斎藤の姿があった。

 そして沖田は、やっと平隊士の困っていた理由に行き当たる。


 恐らく、永倉と斎藤は先程まで一緒にいたのだろう。

 そして通りかかった平隊士に、永倉がお茶の用意を頼んだ。

 だが、永倉は何か用事を思い出したのかその場を離れ、今現在その場所に残っているのは、斎藤のみ。


 斎藤は無口で、近寄りがたい。

 さらに隊の中でも、「人斬り」と呼ばれてしまう程、たくさんの命を奪ってきた。

 それは斎藤の腕が良く、仕事を仕事としてきちんとこなしているからに他ならないのだが、人を斬ることが好きなのだと勝手な噂をする者もいる。


 若い隊士だけではなく、昔からの知り合いである試衛館の仲間以外には、少し距離を置かれているし、斎藤自身も馴れ合う性格ではなかった。

 一方的に恐れられているらしい事は、想像に難くない。

 実際、斎藤が好きで人を斬っている訳ではないことを理解している者は、少ないのだ。


 本人が何も言わない上に、表情の変化が乏しいから、隊内でもその認識が消える事がない。

 この平隊士もきっと、その噂を信じる内の一人であり、その手の中にある湯飲みを斎藤に届けて、永倉の行方を尋ねる勇気が出なくて、立ち往生していたのだろう。


「仕方がないな、じゃあ私がご相伴に預かっちゃいましょう。ちょうど、お饅頭を買ってきたところだったんです」


 ひょいっと手に持っていた饅頭の入っている包みを持ち上げて、沖田は平隊士からお盆を奪う。


「あ、あの……」

「コレは私と斎藤さんでおいしくいただきますから、お仕事に戻って頂いて、大丈夫ですよ」


 明らかに、「助かった」という表情を見せた平隊士に微笑みかけてそう言うと、彼はぺこりを頭を下げて、足早にその場を去っていった。


「損な性格だなぁ」


 沖田は自然と斎藤の隣に腰掛け、笑顔を向ける。


「…………」

「お饅頭、食べません?」


 ちらりと目を向けた後は、何もなかったように手入れを続ける斎藤に、気分を害した様子もなく、沖田はいそいそと包みを開け始める。


「わ、おいしそう。これね、八木さんが分けてくださったんですよ!」

「どうせ、あんたが物欲しそうに見ていたんだろう」


 嬉しそうに、さっそく饅頭を頬張りながら報告する沖田に対して、斎藤は手は休めずにため息交じりに呟く。


「あはは、そうかもしれません。でも本当においしいですよ、斎藤さんもお一つどうぞ」

「俺は甘いものは苦手だ」


 差し出す沖田に小さく首を横に振って、斎藤はそれを断る。


「知ってます」


 斎藤が断ることがわかっていた沖田は、斎藤の回答とほぼ同時に、その差し出した饅頭を、自分の口に入れている。

 そんな沖田に呆れたのか、そのあまりにも素早い行動が可笑しかったのか、斎藤はめったに見せない笑みを見せた。


 それは苦笑と呼ぶに等しいものではあったが、それでも斎藤が表情を変えるということ自体が、珍しい。

 それを簡単に引き出す事の出来る沖田は、貴重な人材と言えるだろう。


「では、お茶はどうですか? 新茶だそうですよ」

「……いただこう」


 全くその場を離れる気配もなく、饅頭だのお茶だのを薦めてくる沖田の勢いに負けた斎藤が、刀を置く。


 そうして、いつも笑顔の男といつも無表情な男の傍から見れば不自然極まりない二人組の、昼下がり休憩時間は幕を開けることになった。

 それは沖田の些細な悪戯に気づいた土方が、沖田を探しに現れるまでの、つかの間の時間ではあったけれど。






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