最終話 志織ちゃん

 征士は本当に、十八歳の誕生日に結婚式を挙げた。

 タキシード姿は完全に俺より格好良かった。

 つい、皮肉まじりに言ってしまった。


「式の最中に花嫁を連れて逃げるって話、時々聞くよな」


 冗談で言ったのに、恐ろしい目つきで俺のことを睨んできた。


「そんなことをしたら、兄弟の縁をぶった切るよ。兄さん」


 怖い怖い。お前を敵に回したら、どうなることか。

 俺はまだ大学生だったけど、ご祝儀は弾んで十万円包んだ。可愛い弟の為にアルバイト代をはたいた。

 綺麗で大きいホテルで式を挙げた後、征士達は、北欧へ新婚旅行に行った。

 征士は婿入りしたので、虹川征士になっていた。

 北欧から帰って一月と少しばかり経った後、征士が実家に帰ってきた。


「どうしたんだ、急に帰ってきて。実家が恋しくなったのか?」


 俺が尋ねると、征士は幸せそうに言った。


「月乃さんが、僕との子を妊娠してくれたんだ。まず家族に伝えようと思って、帰ってきたんだ」

「はあ!? 妊娠……!?」


 それはもう、ものすごく驚いた。結婚してすぐに妊娠とは!

 昔から顔の割にむっつりだと思っていたけど、まさか、こんな早く妊娠させるなんて……。


「お前、前から思っていたけど、結構好色だよな」

「失礼な。兄さんには言われたくないよ」


 むっとした顔で言い返してきた。


「からかって悪かったよ。おめでとう。しかし、俺が伯父さんか……」


 甥っ子か、姪っ子か、楽しみだ。

 俺は征士を見習って、一途な恋愛をしようと思った。


 そんな折出会ったのが、月乃さんのような、綺麗な黒髪の優しい女性だった。

 心根に惹かれた。

 誰に対しても、親切、丁寧。優しくどんな話でも、笑って聞いてくれる。

 今までの女の子達とは縁を切って、思い切って告白してみた。


志織しおりちゃん、どうか俺と付き合ってください!」


 自分から告白するなんて、生まれて初めてだ。他に気の利いた言葉も言えない。


「瀬戸くんが、私と……? 不釣り合いにも程がある。無理だよ」


 志織ちゃんは渋っていた。


「そこを何とか、お願い! 俺には志織ちゃんしかいない!」

「無理だってば。他の可愛い子を当たって」


 行ってしまった……。でも、征士を見習って頑張るぞ!


「志織ちゃん、きみの好きな舞台俳優が出る公演チケットを持ってきたよ。俺と一緒に行こう。この俳優、好きだって話していたよね」

「ん、確かに好きだけれど……。実は私、もうこの公演チケット持っているの。ごめんね。誰か、他の人と行って」


 また行ってしまった……。手強い。

 志織ちゃんにアタックする日々が続いていた。



 やがて、征士と月乃さんの間に生まれたのは女の子だった。ちーちゃんという姪っ子が出来た。

 志織ちゃんに、ちーちゃんの写真を見せてみた。


「俺の弟の子ども。ちーちゃんっていう姪っ子なんだ。可愛いでしょ」

「可愛いね。瀬戸くんに少し似ているね」


 志織ちゃんは、目を細めて笑ってくれた。


「ねえ、やっぱり付き合ってくれない?」

「それは、ダメ」


 何で付き合ってくれないんだろう……。俺は悩んだ挙句、征士にメールで相談してみた。

 征士は子育てで疲れている様子だったけど、律儀に返信してきた。


『ちゃんと好きって、言葉にして伝えたの?』


 そう言われれば、言っていない!

 慌てて征士がメールで伝えてきた通り、赤い薔薇を用意した。


「志織ちゃん。好きです! ずっと好きです! 薔薇を受け取ってください」


 しばらく黙った後、志織ちゃんは赤薔薇を受け取ってくれた。


「赤薔薇の花言葉は……。『あなたを愛します』だったかな。後、『貞節』もあったような……」

「そう、ずっとあなたを愛します。一途に愛します」


 志織ちゃんは笑顔になった。


「じゃあ、瀬戸くんがこんなに格好良くても浮気しないのね。それなら付き合ってもいいかも……」

「ありがとう、志織ちゃん! 浮気なんて絶対しないよ」


 征士に感謝だ。志織ちゃんと付き合えることになった。

 後日、俺と志織ちゃんは、征士の家へ出産祝いに行った。奮発して買ったデジタルフォトフレームを贈った。ちーちゃんの写真が、時間で変わって眺められる。


「ありがとう、兄さん、志織さん。そしてお付き合い出来ておめでとう、兄さん」

「いや、お前のおかげだよ、征士。これからも子育て、頑張れよ」


 征士はやっぱり疲れているようだったけど、祝福してくれた。

 それからずっと、俺は志織ちゃんを大事にした。志織ちゃんの好きな舞台俳優の公演は、全部一緒に観に行った。

 たまに伯父として、ちーちゃんと遊んだ。


 ♦ ♦ ♦


 ちーちゃんは四歳になった。征士によく似ている。

 俺は志織ちゃんに、プロポーズするか悩んでいた。受けてもらえるだろうか。そんなとき、ふと、ちーちゃんが言った。


「せいじおじさま。おじさまが、おかあさまみたいな、きれいなかみのおんなのひとと、いっしょにいるゆめをみたよ。ちいさいかわいいおうちでわらっていたよ」


 それを聞いて、俺は覚悟を決めた。


「ありがとう、ちーちゃん。俺、頑張って、プロポーズしてみるよ」


 ちーちゃんに、小さい家と、俺と志織ちゃんの絵を描いてあげた。

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