3 協力

 俺は大学生になったので、学習塾の塾講師のアルバイトを始めた。

 可愛い女子高生がいっぱいいる。その中でも一等可愛い女子高生へ流し目を使った。俺は自分の切れ長の瞳の魅力を、よくわかっている。秋波を送ったら、女子高生は簡単に俺の家へついてきてくれた。


「瀬戸先生~。この問題教えて?」


 女子高生が、俺にしなだれかかってきた。


「この物理の問題はね、【速度(v)】s:距離、t:時間 v=s/t で考えてみようか。後はね……」


 女子高生の肩を抱いていると、不意に自室の扉が開いた。


「兄さん、ちょっと古語辞典貸して……。! お邪魔、しました!」


 征士が部屋に入ってくるなり、俺達を見て、顔を真っ赤にして出ていった。

 ……邪魔だった。でも顔を赤くして初々しい奴。自分は月乃さんの手を触っていた癖に。


「瀬戸先生。今の弟さん? 格好良いね」


 本当に邪魔だ。努力しない、無自覚イケメンめ!


 ♦ ♦ ♦


 そんな日常のある土曜日。突然、弁護士の椎名と名乗る男性が自宅へ来た。

 話によると『虹川家の事情』で、征士と月乃さんの婚約解消をするらしい。月乃さんはすごいお金持ちのお嬢様で、婚約話を持ち込まれたときも困惑したけれど、婚約解消と聞いて更に困惑した。

 慰謝料を渡されて、征士は泣き出さんばかりだ。

 弁護士が帰ると、征士は俯いて無言のまま自室に籠った。

 心配になって、俺は征士の部屋へ入った。


「征士。大丈夫か?」


 征士はひたすら携帯で電話をかけたり、メールを打っていた。


「……大丈夫なわけ、ない。兄さん、僕、月乃さんのことが大好きなんだ。……どうしよう……」

「お前が月乃さんのことを好きなのは、家族中知っているよ。きっと、また婚約してくれる。優しい月乃さんだものな」


 その日から、征士は生活がひどくなった。


「征士、もう食べないの?」

「……うん。いらない。ご馳走様。母さん、残してごめんね」


 ご飯を一口と、煮魚に少し手を付けただけ。艶が良かった肌も荒れている。目の下には真っ黒な隈。眠れてもいないようだ。


「これ、ラベンダーのオイル。よく眠れるぞ」


 俺はラベンダーのアロマオイルを、征士に渡してやった。

 征士はオイルを受け取りながらも、床を見て、涙を流した。

 自分自身、女遊びは控えた。征士を見ていると遊ぶ気にもなれない。



 しかしその内、征士はいきなり元気になった。


「兄さん、誤解が解けて、月乃さんがまた仲良くしようって言ってくれたんだ。『お友達』からだけど。友達からまたいつか、婚約者になるんだ!」


 笑顔の征士に、俺も笑った。


「そうか、頑張れ。何か俺に出来ることがあったら言ってくれ」


 塾から持ち帰ったテスト用紙の採点をしながら、協力を申し出た。

 また俺は大学の女の子達や塾の女の子達に、声をかけるようになった。

 だけどデート先の映画館で、大学の女の子と塾の女子高生が鉢合わせたときには、さすがに焦った。


「聖士くん。この子、誰?」

「瀬戸先生。こんな年上の女の人、誰ですか?」

「いや、あの……。二人とも可愛い、俺の友達だよ」


 危うく、刺されそうになった。

 征士のように一途な恋愛の方が、危険がなくていいかもしれない。


 ♦ ♦ ♦


「顔の手入れを教えてくれないかな、兄さん」


 無自覚、無努力イケメンの弟が、唐突に俺に頼み込んできた。


「いいけど……。また、何で?」

「月乃さんが、僕の顔が好きって言ってくれたんだ。だから、お願い。顔の手入れを教えて」


 征士が頭を下げてきた。俺と同じ、さらさら黒髪が重力に従った。


「そうか、そういうわけなら、喜んで協力するぞ。俺と同じ洗顔料や、シャンプーを使うといいかな。使い方はだな……」


 健気な奴。早く婚約者に戻れるといいな。リップクリームもプレゼントしてやった。征士はみるみる、イケメンに拍車がかかっていった。

 これなら月乃さんだって落ちるに違いない。

 見守っている間に、ようやく征士は、婚約者の座に再び納まったようだ。


「兄さんのおかげもあるよ。僕、十八歳になったら、絶対結婚するんだ。兄さんも結婚式には出席してね」

「十八歳で、結婚……」


 どんな純愛だ。

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