5 ストライキ
私と航平くんは、部活休みの、中等部文芸部室で会っていた。
「ごめんね、航平くん……。私じゃお祖父様を説得出来なかったわ。お父様と、お母様が何とかしてみるって言ってくれたけれど……」
私も涙が溢れそうだけれど、航平くんは私より泣き出しそうな顔だ。
「俺……俺。初等部の小さい頃から、ずっとちーちゃんと結婚するんだと思っていた。ちーちゃんは、すごく綺麗だし、俺に優しい。ちーちゃんの王子様にはなれないかもしれないけれど……」
私より、僅かに身長が伸びた彼を見上げる。
お父様の美貌とは違うけれど、充分に航平くんは格好良い。私の王子様だ。
「航平くんは、私の王子様よ。他に王子様なんていない」
私の素敵な、年下婚約者だ。
そんな王子様は、私をぎゅうっと抱きしめてきた。男の子の、固い身体。
「俺……。ちーちゃんのことが大好きだ。このつやつやの黒髪も、綺麗な顔も、優しい心持ちも、全部俺のものだ。他の誰にだってあげるものか」
どきどきしている航平くんの心臓の音がわかる。私も抱きしめ返した。
「私も、航平くんのことが好きよ……」
私の心臓も同じくらい、どきどきしている。航平くんが少し吊った、それでも整った目を見開いた。
「俺とちーちゃん、両想いだったんだ……。それだけで嬉しい。好きって言ってもらえた。もう一回、婚約者になれないかな……」
航平くんが整った目を閉じて、顔を寄せてきた。私も目を閉じた。
「…………」
ファーストキスだった。少しかさついた唇も、彼らしくて良かった。
余韻を残して、離れる。まだ抱き合ったままだ。
「……絶対、何とかするわ。航平くん、待っていてね」
♦ ♦ ♦
家へ帰ってから、お母様と夢乃に話した。
「私と航平くんが婚約者に戻れるまで、誰にも予知夢の話はしないでください。ストライキします」
そうだ。予知夢の話さえしなければ、お祖父様だって折れるに違いない。
「わかったわ、ちーちゃん。私は予知夢のことを話さないわ」
「お姉様、私も話さないわよ。予知夢を当てたいならば、私がもっと『資質』のいいフィアンセさんを迎えれば問題ないのよ」
二人とも同意してくれたので、意気込んで、お祖父様の書斎へ行った。
「お祖父様。私と航平くんの婚約を再び認めてもらうまで、予知夢話をストライキします。お母様と夢ちゃんだって話しません」
お祖父様は絶句してしまった。
「絶対に認めてもらえるまで、誰も話しませんから。私と航平くんは、お互いが好きなんです。航平くんが王子様で、私がお姫様になるんです」
「…………」
私は黒髪を翻して、自室へ戻った。
もう一度、春村先生のサイン本を読み返す。
春村先生のお話は、困難があっても必ずハッピーエンドだ。
♦ ♦ ♦
「月乃。お前の好きなあしかを生で触らせてもらえるように頼むから。だから、予知夢の話をしてくれ」
お祖父様がお母様に、予知夢話をしてくれとお願いしていた。お母様はあっさりと否定した。
「確かに私は、あしかが大好きですけれど。もう触ったことがありますし、ちーちゃんと航平くんが再び婚約するまで話しません」
お母様は、自分の大好きなあしかの誘惑に乗らなかった。
お祖父様は今度は夢乃へ話を持ちかけた。
「夢乃。ファンだと言っていたアニメのキャラクター商品を、特製で作らせるから。予知夢の話をしてくれないかな?」
「アニメの……」
夢乃の表情が、ぴくりと動いた。
「そうだ。特別に夢乃の名前も入れてもらおう。どうだ?」
「名前入り……」
夢乃が操られかけている!
しかし夢乃は、迷った顔をした後、首をぶんぶん横に振った。
「名前入りでもお話しません! お姉様の新しいフィアンセさんを、私のフィアンセさんにしてください!」
夢乃……。良い子ね。
お祖父様は、最後に私のところに来た。
「知乃。伝手で、今度、春村先生を我が家へお招きしよう。そうしたら、新しい婚約者を受け入れて、予知夢の話をしてくれるかな?」
お祖父様……。
「仮に春村先生がいらっしゃったとしても、予知夢のお話はしません! 婚約者も航平くんがいいです!」
こうして私達三人は、ストライキを続行していた。
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