2 小説家に会える?

「お母様。春村先生の新刊なんですけれど、良かったら、お読みになります?」


 私が読み終わった春村先生の新刊小説を持って両親の部屋へ行くと、お母様は優しく微笑んだ。


「ちーちゃん。是非読ませてもらうわ。春村先生のお話、私にとったら少し低年層向けなのだけれど、ロマンティックで面白いわよね」

「そうなんですよ、お母様。ロマンティックなところが良いのです」


 お母様は、私の持ってきた本を何でも楽しんで読んでくれる。

 感想を話し合えて、良き読書仲間だ。


「読書も良いけど、テニスはもうしないのかな?」


 お父様が、そう尋ねてきた。お父様はテニスが上手だ。時折家へ訪ねてくる、お友達の若竹努お兄さんとテニスの試合をしている。そして毎回、努お兄さんは負けて悔しがっている。

 努お兄さんはテニスに勝てず悔しがっている様子が、ちょっと子どもっぽい。しっかり者の可愛いお嫁さんがいて、努お兄さんを支えているようだ。


「……はい。私、どうにも不器用で。球技全般苦手です」


 幼いころからお父様にテニスを教わったけれど、緩く打ってもらったボールでも、打ち返した球は大ホームランになってしまった。努お兄さんは、そんな私と1ゲームだけ試合をして、勝った後、非常に満足そうだった。私なんかに勝てただけで満足するのは、やっぱり子どもっぽい。

 ついでに言うと、体育のバスケットボールの授業。フリースローのテストで、クラスで私だけ、十投して一投もゴールにかすりもしなかった。


「まあ、無理に苦手なことをしなくてもいいよ。ちーちゃんは月乃さんに似て、優しくて、読書好きだからね。好きなことをすればいいよ」


 お父様は、見惚れるような綺麗な顔で笑った。

 お母様とお父様は優しい。それに、二人ともとても仲良しだ。自慢の両親だ。

 両親に頼んで、経済情報の載った新聞を借りた。自室で眺めてみよう。


 ♦ ♦ ♦


 自室で新聞の経済面を見てみる。

 ……よく、わからない。興味も持てない。それでも頑張って目を通していると、自室に妹の夢乃がノックして入ってきた。


「お姉様。私、またお姉様の夢を視たわよ」


 私は机に新聞を折り畳んで置いた。


「どんな夢を視たの? 夢ちゃん」

「あのね、お姉様が『春村先生』と呼んでいる、美人な女の人に会っている夢だったのよ。お姉様は、はしゃいでいたわ」


 私はそれを聞くと興奮した。


「私、春村先生に会えるの? いつ? どこで?」


 夢乃の小さい身体を揺さぶってしまった。


「さあ、そこまではわからなかったのよ……。ただ、大きな本屋さんだったわ」

「わかったわ、夢ちゃん。ありがとう。後、夢で視たことは、家族以外内緒にしなさいね。でも春村先生のことわかったら、私にだけ教えてね」


 夢乃が部屋から出ていくと、張り切って、もう一度新聞を読み始めた。


 ♦ ♦ ♦


「お祖父様。この大手印刷会社が、大量の受注をされて、利益を上げそうです」

「……出版業の後は、印刷業か。有益な情報には間違いがないが。知乃。経済情報は見たのかな?」

「一応見てみました。でも私には、あまり理解出来なくて……」


 お祖父様は小さく息をついた。私は申し訳なくて俯いた。


「あ、お祖父様。春村先生の先日発売された新刊のシリーズが、累計で五万部程売れるみたいです」

「累計で五万部か。すごい売り上げだとは思うが……。せめて、もう少し部数が多く売れる予定の、本のシリーズがあれば教えてくれ」


 お祖父様は首を振ると、書斎から出ていって良いと言った。

 あまり役立てなかったかしら……。私は落ち込んだ。


 ♦ ♦ ♦


「虹川さん、付き合ってください!」


 放課後の廊下で、また告白されてしまった。

 今日は、隣に航平くんがいる。


「ちーちゃんは俺の婚約者なんだよ。だから、俺以外の男となんて付き合わないんだ!」


 喧嘩腰で叫ぶ航平くんに、私は慌てた。


「こ、こら。航平くん、もっと穏便に。すみません、航平くんが失礼しました。私、ここにいる航平くんと婚約しているので、お付き合いは出来ないんです。ごめんなさい」


 航平くんにも頭を下げさせ、謝罪した。

 男子生徒が去った後、初音ちゃんに面白そうに言われた。


「相変わらず、ちーちゃんモテているね~。航平くん、フィアンセが綺麗で安心出来ないでしょう? 初音先輩が、ちゃんとガードしてあげるからね」

「ありがとうございます、谷口先輩。ちーちゃんのこと守ってください」


 ……疲れる。好きでこんな顔と家系に生まれた訳ではなかった。お父様の顔は、素直に素敵だと思うのだけれど。後、お母様もいつも優しくて綺麗だ。


「あ、そういえば、ちーちゃん。もう少ししたら、作家の春村先生のサイン会があるらしいよ。遠いところみたいだけど」


 航平くんからの情報に、私は一気に疲れが吹き飛んだ。夢乃の言っていた予知夢はこれか。私は嬉しくなった。


「航平くん。教えてくれてありがとう。遠くても、私行ってみるわ」


 にっこり笑いかけると、航平くんは少し顔を赤くした。


「ちーちゃんだけだと心配だから、俺もついていくよ。ちーちゃん、電車移動慣れていないだろう? 新幹線にも乗るみたいだし」

「新幹線! 私まだ、乗ったことがないわ。連れて行ってくれると嬉しいわ」


 確かに普段の移動は自家用車ばかりだ。新幹線もサイン会も楽しみで仕方ない。

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