Side:虹川知乃 予知姫と年下婚約者 番外編

1 年下婚約者がいます

「虹川知乃さん! 付き合ってください!」


 登校したばかりの昇降口で、見知らぬ男子生徒に頭を下げられた。

 私は自分の長い髪をかきあげながら、小さく嘆息した。


「申し訳ありません。私、婚約者がいるので、他の人と付き合えないんです。お気持ちは嬉しいのですが……」

「え!? 中等部二年で婚約者!?」

「そうなんです。ごめんなさい」


 私も頭を下げると、唖然とした様子の男子生徒を残して廊下へ歩き出した。


ゆめちゃんの言う通りだったわね……」


 小さく呟きながら教室まで歩く。彼女は初等部二年生の八歳の妹だ。


「お姉様。明日朝に、付き合ってって言われるわよ」


 私、虹川知乃は、美苑大学付属中等部の二年生で、十四歳になったばかりだ。

 妹の虹川にじかわ夢乃ゆめのは、同じ付属内の初等部の二年生。その夢乃に昨日、聞かされた内容通りのことが起こった。

 私達姉妹は、お父様によく似た顔立ちをしている。身内贔屓なのかもしれないけれど、お父様はとても若々しく、綺麗な顔をしている。一緒に歩いていると、兄妹に間違えられるくらいだ。

 要するに、自慢に聞こえるかもしれないけれど、そんなお父様に似た私達姉妹は、揃って美しい・綺麗・可愛いなどと言われる。そしてそれを、嫌でも実感させられる。

 ……本当は、あまり目立ちたくないのだけれど。

 二年B組まで辿り着くと、私は席について、鞄から文庫本を取り出した。早速、栞を挟んでいた部分から読み始める。


「ちーちゃん。今日は、何読んでいるの?」


 友達の、谷口初音ちゃんが話しかけてきた。ちーちゃんというのは、私のニックネームだ。


「春村先生の新刊小説よ。楽しみにしていたの。初音ちゃん、悪いんだけど、あまり読むの邪魔しないで」

「作家の春村先生っていうと、有名な少女小説家だよね。相変わらずちーちゃんは、少女小説好きだね」

「そうよ、少女小説大好きよ。私にはもう決められたフィアンセがいるんだもの。小説でくらい、自由恋愛を楽しみたいわ」


 私には既に、お祖父様が決めたフィアンセがいる。そのフィアンセが、二歳年下の、初等部六年生だ。もう私に婿入りすることまで決まっている。本多ほんだ航平こうへいくんという、初等部生ながら結構整った目鼻立ちの、人懐こい男の子だ。


「航平くん、ちーちゃんに懐いているよね。よくこの教室まで顔を出すし」

「まあ……。そうね。初音ちゃん、私、この本読みたいから」


 無理矢理、初音ちゃんを席から追い返した。

 春村先生の新刊に没頭する。二人の王子様に愛されたお姫様は、どちらの王子様を選ぶのかしら……。

 夢中で読んでいると、始業のベルが鳴ってしまった。仕方なく小説を閉じて、授業の準備をする。

 最初の授業は苦手の英語。漢字は覚えられるけれど、どうしても英単語が覚えられない。どうして発音と綴りは違うの? ややこしい。

 どうも本好きと英語苦手なのは、お母様からの遺伝のようだ。お父様は英語割と得意らしいけれど……。

 苦手の授業を聞き流しながら考える。お母様からの遺伝は、それだけではない。予知夢という、未来予知が出来る夢を視ることが出来る。

 予知夢は眠るたびに断片的に視る、少し先の未来がわかる夢のことだ。

 私と妹の夢乃は、ほぼ未来予知を外さない。お母様は未来予知が不得手で、五、六割の確率でしか的中しない。

 予知夢に関しては、虹川家の絶対の秘密事項だ。虹川家が資産家なのも、未来予知で先のことがわかり、経済などの事柄に精通しているからだ。

 未来のことがわかるなんて世間に発覚したら、大変なことになるだろう。

 予知夢は虹川家直系女子にしか遺伝しない。更に予知夢の的中率を上げる為、決められたお婿さんに来てもらわなければならない。お婿さんに的中率を上げる為の『資質』があるかどうかが、決め手となるからだ。

 お父様の『資質』はずば抜けていたそうで、お母様と、お父様の間に生まれた私と夢乃は、予知夢的中率十割近い。

 ただ、自分の未来予知は出来ない。今日告白されるのを知っていたのも、夢乃からの予知夢話だ。

 そんなことをつらつら考えている内に、あまり聞いていなかった授業は終わった。

 他の授業も全て終わり、私は帰宅することにした。


「ちーちゃん。今日は、部活休むの?」


 初音ちゃんが近寄ってきた。初音ちゃんは私と同じ文芸部だ。


「うん。今日は休むわ。新刊じっくり読みたいし。部室だとあまり集中出来ないから」

「本当に少女小説好きだねー。私お薦めはエッセイ物なんだけど」

「初音ちゃんはエッセイ物が好きね。私もこの間、お母様から借りたフィンランド留学記を読んだわ。お母様ファンレター出して、返事までもらっていたわ」


 じゃあね、と私は初音ちゃんと別れて、帰りの車に乗った。


 ♦ ♦ ♦


 帰宅して自室に引っ込もうとしたら、お祖父様から呼び出された。

 新刊早く読みたいのだけど……。溜息をつきながらお祖父様の書斎へ行った。


「知乃。帰ってばかりのところすまないね。昨日の予知夢はどうだったかな?」


 やはり予知夢の話か。これも虹川家女子の責務。私は姿勢を正した。


「はい。あの大手出版社が、新人小説家の処女作の売れ行きが良くて、業績を上げそうです。後、別の出版社は、人気漫画の連載が終わって、売り上げが落ちそうです」

「……そうか、わかった。それにしても知乃は、出版業界の夢ばかりだな」

「申し訳ありません……」


 本好きなせいか、出版関係の夢ばかり視る。


「お祖父様。後は春村先生が、新作の執筆を始めたようで……」

「知乃。それは、余計な情報の気がする」


 お祖父様に話を止められてしまった。私的には重要な予知夢なのだけれど。

 私が春村先生のことを好きなことは、家族中が知っている。


「でも、春村先生は売れっ子少女小説家で……」

「春村先生は、かなりマイナー方面での売れっ子小説家なのだろう? それに、新作が当たるかもわからないしな」


 マイナー、かしら。かなり王道展開な気がするけれど。


「まあ、取り敢えず今日のところはいい。月乃と征士くんを見習って、たまには新聞の経済面や、経済情報雑誌を読むといいだろう」

「……わかりました」


 新刊小説を読んだ後に、新聞を眺めてみよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る