【カクヨムコン9読者選考突破感謝】突然婚約者に断罪されて婚約破棄されたので諦めて生きていきます

八月 猫

第1話 よくある婚約破棄

「カリム様!貴方との婚約を破棄させていただきますわ!!」


 学園の卒業式。

 壇上に仁王立ちしてこちらを指さし、会場の注目を一身に浴びつつ声高らかに婚約破棄をする令嬢。

 アクヤック侯爵家の令嬢にして俺の婚約者でもあるロリエット嬢。


 黒をベースにした鮮やかな金糸の刺繍の施された豪華なドレス。

 長い内巻きカールの美しいブロンドヘアー。

 切れ長で少し釣り上がった目が冷たく俺を睨みつけていた。


「え……?いきなり何を言い出すんだ?」


「いきなり?どうしてこうなったかは、ご自身の胸に手を当てて聞けば分かるのではございませんこと?」


 もしもし?どうしてこうなったんだ?

 俺は自分の胸に手を当てて訊いてみた。


「どうですか?ご理解いただけたのではございません?」


「いや……特に何も返事は無いが……」


「あくまでも白を切るとおっしゃいますのね?それでしたら、この方の顔を見ても同じことが言えますの?」


 ロリエット嬢のドレスの……スカートの中からひょっこりと顔を出した幼い少年のような顔をした男。

 その顔を見て会場がどよめく――二重の意味で。

 お前、ずっとそこに隠れてたのか?

 移動する時に大変だったろ……。


「……センホールか」


 それはカキツバタ子爵家の嫡男であるセンホール。

 俺やロリエット嬢とは学園の同級生である。


「その顔はようやく自分の犯した罪にお気づきになられたようですわね」


「いや、さっぱり」


「呆れましたわ!あれほど酷いことをセンホール様にやっておいて、カリム様には罪の意識というものが全くございませんのね!」


 酷い事?

 ご令嬢のスカートの中に潜むことより酷い事と言われてもすぐには思いつかないのだが。


「ではこの場で貴方の罪を全て断罪させていただきますわ!!ここにいる皆さまが証人です!!」


 突然そんなことを言われてもなあ…。

 そんな声が会場のあちこちから聞こえてくる。

 それが今の俺の気持ちだと理解せよ。


「まず第一に、センホール様の授業で使っているノートを焼き捨てた罪!!身に覚えがございませんか?」


「……そういえば、そんなことがあったな」


 前に俺が掃除の時に焼却炉の当番をしていた時に、センホールが去年使っていて必要ないからと持ってきたノートを焼却した。


「――お認めになられましたわね!そして第二の罪!文化祭の演劇の時に、センホール様の衣装を破り捨てられましたわね!」


「……捨ててはないが、破りはした……のか?」


 舞台の直前になってセンホールの衣装サイズが合わないことに気付いた俺は、背中の部分を破って、余っていた布を当てて裁縫し直したことがある。


「第三の罪!取り巻きを使って、センホール様のあらぬ噂を流して評判を落とそうとしたこと!!」


「あらぬ……いや、噂は流したことになるのかもしれぬが……」


 センホールは歳よりも若く見えるから、きっといつまでも変わらぬ若さを保っているだろうという話をしたことはある。


「センホール様は不老不死ではございません!それなのにそんな化物のような噂を流されて……おいたわしい……」


 あ、そうとるんだ。

 普通は褒められてると思うんじゃないかと。


「全ての罪をお認めになられましたわね!!」


「い、いや待て!認めはするが、それが罪だとはどうしても思えないんだ!」


「この期に及んでまだそのような事を…。盗人猛々しいとはこのことを言うのですわね!!」


「急にそんな古風な言い回しをするな!可憐な君にはそんな言葉は似合わない!」


 そんな派手な見た目でことわざ使われるとイメージがおかしくなるから。


「今更私を褒めたたえ敬ったところで何も変わりはしませんことよ!!」


 そこまでは言ってない。


「考え直してくれ!俺は君を心から愛しているんだ!!」


 そのどう見ても悪役面した美貌も、突然1オクターブ上がる大声も、毎朝2時間もかけて一生懸命にセットしている内巻きカールも、その全てを愛しているんだ!!


「もう……手遅れなんですわ……。もっと早くそう言ってくれていたら……」


 ロリエット嬢は急に寂しそうな表情で俯いて、こちらには聞こえないような小声で何かを呟いていた。


 あ、その悲劇のヒロインぽい演技を突然始めるところも愛している!!


「カリム様。正式な婚約破棄の手続きは家の方から送らせていただきます。それではこれで失礼いたしますわ」


「ま、待ってくれロリエット!!」


 ロリエット嬢は俺の声を無視するかのように身体をくるりと反転させて舞台の奥へと歩いて行った。

 その時、器用にスカートの中で一緒に移動していくセンホール。


 その幼い顔は俺を見てほくそ笑んでいるように見えた。





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