これからもよろしく

佐々井 サイジ

これからもよろしく

 仏壇の端に置いた妻の小さな遺影を眺める。妻が亡くなってもう十年。今でも鮮明に思い出す。釣りから帰ってきたときに、リビングで妻がうつ伏せで倒れていて大量のトマトをつぶしたような血が広がっていた。背中の真ん中には家の包丁が垂直に刺さっていた。何度か声をかけたが返事どころか身動き一つせず、脈も鼓動も止まっていた。


 血の付いた手を洗ってから警察を呼んだ。第一発見者として疑われるのはドラマと同じだった。しかし私は友人と釣りに出かけていたので、すぐにアリバイは証明された。刑事によると強盗目的で押し入った犯人が妻に見られて凶行に及んだという見立てらしかった。そんなこと言われなくてもこの部屋の荒れようを見ればわかる。


 盗むものなんて何も置いてないのにわざわざ人を殺して罪状を重くするとは、犯人も馬鹿なことをしたもんだ。


 犯人の男は事件から一週間後に自首した。反省しているらしい。もし私が家にいたらと思うとぞっとする。当時すでに六十代の後半で力勝負では負けるに決まっている。しかも特に金持ちではない私の家に強盗に入るなど、どれだけ事前準備をしなかったのだと心底、理解ができない。まあ別にいいが。


 男は住居侵入と、強盗、殺人の罪が科せられた。鬱により仕事ができず、誰も味方になってくれない人生と生活が困窮していたことに加え、反省していることが考慮されて、懲役十五年になった。私は妻の遺影を抱えて、納得できないようなことを叫び続けた。年を取って叫ぶべきではなく一週間ほど声が出なくなった。その代わり世間は私に味方した。


 男が刑務所に服してから、毎月封筒が届く。中には何枚かの便箋とお金が入っている。便箋は読まずにそのままごみ箱に捨てる。お金は紙幣の枚数を確認して財布にしまう。その足でパチスロに向かうのが日課だ。苦労なしで手に入れた金で、一人で満喫できるのは最高の気分だった。


 妻はうるさかった。私が定年してからはせっかくお金を家に入れてやってきたというのに、邪魔者扱いしかしない。何をやっても文句ばかり。男が妻を手にかけなくても私が手を下していたはず。遅かれ早かれ妻は誰かの手によって命を奪われていたのだ。まあ身から出た錆なのだから仕方ない。


 もちろんそんなことは公に言う必要もない。男も心から反省しているようで毎月お金を送ってくるのだし。男には感謝している。おかげで私は自分の手を汚すことなく妻の命が絶えることになり、毎月一定額のお金を手に入れられたのだから。男には今後も刑務所作業を頑張ってもらおう。

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