第4話 渦巻く水流

「それで…結婚って言葉が聞こえたけど、どういうことなの?」


窓は閉じられているのに寒気を感じて増える程、据わった声で話すマガミ。そのあまりの怖さに、リーンとリーシャは小さく震えて互いに身を寄せ合ってしまっている。


そんな2人を鋭い眼差しで見つめるものだから、さしものイーリナさんも肩に手を置き宥めようとしているではないか。


「あ、の…えっと。その…例の獣の中から炎の法玉が出てきたから、魔物と法玉が関係あるのかもって話になって」

「うん」


リーン達やイーリナさんから視線を逸らさせるために、僕が事情を説明しようと話を切り出す。キロッと目だけで此方を射止められそうなマガミを前にして、若干言い淀みながらも話を続けた。


「そしたら、ベル家の代々受け継がれてきた家宝である法玉も関係あるかもしれない、魔物騒動解決に繋がるかもってことで此処に来て」

「うんうん、そして?」

「僕は法玉を貰う、貰えなくても借りれたら魔法増えるのかな〜やっぱり雷の魔法なのかな〜って思ってたら…家宝を譲る代わりに、実は狐だったリーンとリーシャのお婿さんになってくださいって…言われ、まして」

「ふむふむ…なるほどなるほど」

「わ、分かって…くれた?姉さん」


マガミが腕を組んで、その胸が軽く持ち上がる。こっそり其方を盗み見て、直ぐに頷いて目を閉じるマガミの顔を覗き込む。


当主のイーリナさん、双子のリーンとリーシャ、果てはメイド長のカランさんすらも固唾を呑んでマガミの返答を待つ。


「……」


けれど、二呼吸ほど待てどマガミは顔を上げず口を開かない。もう一呼吸。それでも、マガミは狼の耳と尾を揺らすばかりで動かない。


「……そ、それにしても驚いたよね!まさかリーンとリーシャが、実は狐の獣人だったなんてさ。しかもお母さんは学園理事のイーリナさん…あと、ベル家の皆は雷が得意なんだって!凄いよね〜!」

「……ハーツは」

「はい!?」


ついに僕は焦れてしまい、口から出まかせに今の心境を捲し立てる。そのタイミングでマガミが僕を呼ぶものだから、心臓が飛び出そうなほど驚いてしまった。もしかしたら、本当に少し体が飛び跳ねていたかもしれない。


「狐と狼…どっちが良い?」

「……」


そこでその質問は、鬼門過ぎるよぉ……!


マガミの針の筵でダンスを踊らせる勢いの鬼畜な質問に、今度は僕が口を噤んでしまう。目をギュッと強く閉じ、腕を組む余裕すらなく内心頭を抱えて拳を握って必死に考える。


まずは、リーンとリーシャ、イーリナさん達ベル家との馴れ初めを思い返してみよう。


----『ベル家令嬢襲撃事件』。去年の春頃、学園にならず者達が侵入した。<魔力計>という法玉の魔力を検知して鳴る警報が鳴り響く中、巧みな連携で防衛に入った学園の人達を掻い潜り、訓練中の生徒2名が人質にされた。


2人の名は、リーン•ベルとリーシャ•ベル。

名門ベル家の令嬢双子であり、雷魔法を得意として文武の才にも秀でていた。


武器を奪われ丸腰の2人を連れ、堂々と校門

から抜け出そうと包囲した教師や生徒を掻き分けるようにして進んでいく。


その時、僕は体力作りの一環としてレイドやマガミと一緒に学園の外周を走っていた。

帰ってきてみれば、何やら異様な空気と共にベル家の2人がならず者たちに捕まっているではないか。


相手は4人、対して此方は3人。更に人質が

いる…相手の武器で脅してる辺り、万一失敗しても逃走すれば正体を悟られにくいことも考慮している手練れだ。


でも。彼女達が…リーンとリーシャの黄玉色の瞳が、煌めくほどに濡れて今にも泣き出しそうだったから。それを必死に堪えて、毅然と振る舞おうとする心が見えたから。


僕は、飛び出した。あの場で唯一、魔法が使えないにも関わらず。人質を取られているのに突撃する僕で意表を付けたのか、マガミとレイドと協力して隙を見てリーンとリーシャを助け出すことが出来た。


ただ一つ、残念なことにその後僕は腰を抜かした2人を庇って思い切り殴り飛ばされて気絶してしまった。なのでこれは、後に治療室でリーン達とイーリナさんに聞いた話なのだが。


あのならず者達は、ベル家の失墜…ではなく令嬢2人を餌にして強引に当主であるイーリナさんと関係を結ぼうとした男の差し金だったらしい。前々からベル家はその男を警戒しており、今回の件が発覚した直後すぐさま取り押さえられ今では冷たい飯を食らっているそうだ。


一件落着と相まって、どっと疲れため息をつく中。僕はリーン、リーシャ、イーリナさんからその場でお礼を言われた。照れくさくてむず痒かったが、廊下でニヤニヤと笑うマガミとレイドを見つけ其方を茶化すことで誤魔化した。


……というのが、僕達とリーン達の馴れ初めである。その後、2人が僕に度々魔法と訓練の先生役を買って出てくれたのは言うまでもない。


「リーン…リーシャ…」


僕が一人前の剣士ナイトになれるよう、何度も協力してくれた2人を見る。視線がパチッとぶつかると、逸らすことなく真っ直ぐ見つめ合う。リーンの金色の髪と青リボンを、リーシャの髪と赤リボンを改めて可愛らしく似合っていると思った。


「姉さん…」


僕が子供の頃からずっと一緒に居てくれて、どんな時でも支え合ってきたただ1人の幼馴染のマガミ。物心ついた時には家族のいなかった僕の、心の拠り所。<剣士>の道を、あの学園を教えてくれた大切な姉さん。


返答を待ってくれるようで、先程までの底冷えするような威圧感は霧散し胸元で手を握りながら真摯な眼差しを向けられている。琥珀色の煌めく瞳と、白銀の尻尾が揺れているのは気のせいではないだろう。


……中途半端な答えは出せない。即席の答えではなく、一生懸命考え抜いた上での答えを出さなければ。魔物から大切な人達を守り抜くために、法玉と獣の謎を解くために。


「一晩だけ、時間が欲しい。これは僕だけの問題じゃない、リーンやリーシャ達ベル家の皆にとっても姉さんや国の人達にとっても」


今の僕に伝えられる誠心誠意の回答に、幸いにも誰も異を唱えなかった。


〜〜〜〜〜


「……ハーツ」


時間が欲しいと言うハーツの言葉であの場は終いとなり、私とハーツはベル家の豪華なご飯にご相伴に預かった。その後、公正を期すためにリーンとリーシャは自室へ戻り、私もハーツとは少し離れた客間へと通された。


「私は…」


月明かりが差し込む大きな窓を開け、ベランダへと出る。銀色の月が静かに夜空に浮かんでいて、少し肌寒い夜風がそっと吹き抜けた。


1人でじっくり考えたいというハーツに、お姉さんである私も締め出された。今回の選択は、私かあの姉妹なのだから仕方ないだろうけど。


ずっと前からハーツのことは見てきたし沢山の時間を過ごして私の中にもただならぬ感情がある。また私と本当の姉弟のように、仲良く過ごせたらそれが一番良い。


でも、ハーツが望むなら。その先の関係になることも…私はあくまで姉で、パートナーをリーンとリーシャに選ぶならそれでも構わないと思っている。


「……その方が、幸せなのかもしれないわね」


ハーツが幸せになれるのなら、私自身の幸せは望むべくもない。それが、私に許される『贖罪』なのだろう。


そして、と私は独り言を漏らす。


「……ベル家に居るならば安全だろうし、""


〜〜〜〜〜


「はぁぁ…何だか、昨日の今日で色んなことが起きすぎだよ…」


昨日の夕方、突然の獣の襲撃に僕の魔法の発現。その後ぶっ倒れて昼前まで寝ちゃって、起きるや否や元気な双子に連れられベル家の屋敷へ。そこで明かされる正体と、法玉を巡ってのどちらの家族を取るかの選択。


晩御飯の時、皆普通に会話してたと思うけど…気が気じゃなかった。美味しそうな料理の数々も、喉を通すのに精一杯で味なんて覚えていない。


「……どうすれば良いのかな」


客間と呼ぶには広すぎる部屋の端にあるベッドに背中からぼふっと倒れ込み、窓の外にポツンと佇む月に話しかけてみる。当然、返ってくるのは虚しい静寂だけ。


溜め息を溢し天井をぼんやりと見上げる。


このまま眠気に身を委ね、眠ってしまいたい…しかしリーンが、リーシャが、マガミが…いやでも僕が結婚?そしたらマガミとは…もしかしたら花嫁修行とかもっと相応しい職があるとかで学園にすら居られなくなるかも…?


思考が雁字搦めになっているような気がして、上手く言葉が纏まらず腹を括れない。


僕は、僕は……!


その時だった。ドクンッ、と吐き気がしそうな悪寒と共に強く鼓動が張り詰める。慌ててベランダから、屋敷の裏の中庭を覗き込む。


ザアアアアア……!


どれだけ並々に注がれても決して溢れることのなかった噴水の中から、水が次から次へと外に流れ出している。


何事かとベランダに出て様子を伺う。バチバチッ!と電撃が瞬いたかと思えば、突如視界に影が差す。


「ハーツ、上よ!」


異変を既に察知していたのか2つ隣のベランダから身を乗り出すマガミが、僕を見ながら上を指差す。それに釣られるように、バッと空を見上げる。


『GYAOOOOO!!』


口の端から水飛沫と煙を上げながら悍ましい雄叫びを上げる獣が、その巨体を月夜に翻し舞い降りた。


何故ここに獣が、と思うよりも速くベランダの手すりに足をかけ宙に身を投げ出した。今はただ、心のままに。

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