第3話 あさげ

「兄さん、起きて」


 むにゃむにゃ、あと五分……。


「兄さん! 起きて!」


 むにゃむにゃ、あと半日……。


「兄さん、今すぐ起きないと……襲うよ?」

「はいっ! 起きますっ!」


 最悪な寝起きだ……。

 危うく弟に襲われる既のところで起きる。襲撃未遂の弟は、部屋の主の許可も得ずに手慣れた動きでカーテンを開いてゆく。暗く光の少なかった部屋に、朝日によるきつい目覚ましを受けて目が眩む。

 寝起きも最悪だが、寝つきは更に悪かった。そもそも寝たのかどうかも自覚出来ていない。ただただ気を失っていたような気がする。


「兄さん、朝ごはん出来てるから。お腹減ってるでしょ?」

「ん? まぁ、そうだな」

「昨日の夜、ご飯食べなかったもんね。一緒に食べよ?」


 確か昼過ぎにゲームを始めたから……半日以上寝てたのか?

 寝ぼけた頭で考えていても仕方が無いので、望と共にリビングへと向かう。

 料理上手な弟の朝食を頂いていると、対面に座った望が無邪気な笑顔を向けながら話しかける。


「ねぇ、兄さん。このあと道場に行くんだけど、久しぶりに剣道しない? いきなりやらなくても良いからさ。見るだけでも」

「うーん……。道場か……」


 小さい頃からやっていた剣道から離れて三年、今更行っても動けないし、顔を出しても他の門下生や先生方に対して気まずい。今回も断ろうと口を開きかけた時、弟から期待する眼差しを向けられ心が折られてしまった。


「分かった。顔だけ出しに行くよ」

「やった! きっと牧さんも喜ぶよ!」


 喜ぶ弟にそうだな、とだけ返し味噌汁を啜る。そんな俺の脳内はすでに別の事へと切り替わっていた。

 昨日、ToGにて遭遇した痛覚が再現されるバグと友人の形をした謎の影。因果関係があるかどうかは分からないが、一先ず運営とティースに両方報告しておくべきだろう。

 携帯を取り出し、運営に写真と共にメッセージを、ティースにはチャットを送っておく。すると直ぐに返事が返って来た。

 ティースからだ。


『詳しく聞きたい』


 送られてきたのはその一文だけだった。

 これを見た俺は、残りの朝食をかき込んで足早にリビングを出る。自室へと向かう道すがら、ティースへの返信の内容を脳内で纏める。

 自室の扉を開き、中に入りながら上半身の服を脱ぎ捨てる。


『久しぶりにログインしたら変な奴に絡まれた。シルエットがお前に似ているのは気の所為だと思うか?』


 文章と共に、運営に報告した画像と同じものを返信する。


『いや、間違いなく私のキャラクターだ。だが、この時私はログインして無かった』

『そうだよな。今のお前じゃあログイン出来ないよな』


 少し間が空く。


『向こうが襲って来た理由に心当たりは?』

『無い。そもそも襲えるのがおかしいんだ。ゲーム内で痛みがあるのも含めて、ToGは今、危ない状況なのかも』

『運営には報告したんだろ?』

『勿論。でも原因が分かるかどうか……。ティースはどう思う?』

『どうって? 正体が、かい?』

『ああ』


 又もティースの返信が止まる。これは返信が来るのに時間が掛かると判断し、着替えを続行する。

 しかし俺の読みは外れて、上半身を着替えた直後に携帯が鳴る。


『分からない。しかし一つ言えるのは、非常に不愉快だと言う事だ。他人の姿を借りてチートまがいな事を行っている人間を見過ごすわけにはいかない。私達は確かに嫌われ者だったが、それとこれとは訳が違う。私の方からも運営に報告しよう』

『助かる』

『他の馴染みのプレイヤーにも聞いてみる。カズには引き続き現地での情報収集を頼みたいんだが、頼めるか?』


 現地での情報収集、即ちもう一度あの世界に帰れと言う事だ。

 普通ならば、はい喜んでと意気揚々と再びゲームに戻っただろう。でもあの痛みは本物だった。またあの痛みを受けるのは正直怖い。

 心の整理がついていない俺は、ティースへの返事を見送った。


「兄さん! 準備出来たよー!」


 一階から望の声が聞こえて来た。

 すっきりとしない頭を軽く小突いてから着替えを再開する。


「今行く!」



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