クリスマスの特殊任務 The Second Raid

九傷

クリスマスの特殊任務 The Second Raid

 


 俺達は、どんな任務もこなす特殊部隊だ。

 あらゆる戦場を渡り歩き、その全てで勝利してきた。

 それが俺達の自信とプライドに繋がっている。


 そんな俺達が、昨年は苦渋を味わうことになった。

 無邪気に人を襲うリトルモンスター達……

 思い出すだけで恐ろしい。

 依頼主はあのイベントをまた来年もお願いすると言ってきたが、俺達は即答で断った。



 しかし、ある程度時間が経ってから、本当にそれで良かったのかと疑問に思うようになる。

 俺達は敗北を知らぬ特殊部隊だったはずだ。


 たとえそれが専門外の内容だったからといって、負けたままでいいのだろうか?

 否、そんなことはあってはならない。



 俺達は依頼主に連絡を取り、依頼を受ける意思を伝えた。








『こちらトナカイB、配置についた』

『トナカイB、装備は万全か』

「万全だ。特注のベルトを用意したから、ズボンを脱がされる心配もない』

『わかった。ただ、くれぐれも油断するなよ』

『了解』


『こちらサンタA、プレゼントA、首尾はどうだ』

『準備は万全よ。いつ来ても問題ないわ』



 今年のイベントは、前回の『リアル脱出ゲーム』形式ではなく、子ども達が各部屋のお題を攻略していく『ダンジョン攻略』タイプのゲームだ。

 俺達は子ども達をあらゆる手段で誘惑し、攻略を阻止するのを目的に行動する。

 しかし、真っ当なゲームにならないことは容易に想像ができた。


 だから今年は去年とは違い、死体役はゾンビ役として動くことを許可している。

 反撃用のライトな装備も各種取り揃えたため、一方的な展開にはならないハズだ。





『リトルモンスター達の襲撃まで、あと10秒』

『5……4……3……2……1、さあ、パーティの始まりだ!』



 屋敷の扉が開かれ、リトルモンスター達が入場する。

 あれから1年経ち、少しは大人になったことを期待したいが、果たして……?



『キャーーーーーーッ♪』



 ダメだ。期待できそうにない。



『プレゼントA、作戦に変更はない。そのままお菓子で攻勢をしかけろ』

『了解』



 去年は置物に徹した俺達だが、今年は違う。

 攻撃は最大の防御ということで、俺達の方からも攻めるのだ。

 その第一手として、まずプレゼントAがお菓子を提供することで、リトルモンスター達の攻撃の手を緩める作戦を実行する。



『リトルモンスター沈黙。作戦成功です』



 リトルモンスターはまんまとお菓子に釣られたようだ。

 本当はこのお菓子に睡眠導入剤でも盛れれば一番だったのだが、子ども相手には危険すぎると判断されたため却下された。



『よし、プレゼントAはその場から退避。子ども部屋のバックアップに移行』

『了か……!?』

『ん? どうしたプレゼントA』

『い、いえ、リトルモンスター達が、急に足を掴んできて』



 ガサガサゴソゴソという音をマイクが拾う。



『逃げちゃだめだよ~。もっとお菓子ちょうだい!』

『っ!? キャアァァァァァァァ!?』

『っ! どうしたプレゼントA!?』



 無線の向こうからはプレゼントAの叫び声と、子ども達の笑い声、そしてビリビリ、プチプチといった何かが破れる音が聞こえる。

 慌ててカメラを見るが、どうやらプレゼントAは死角に入っているらしく画面には映っていない。

 玄関に仕掛けられたカメラは三つあるので、リモートで各カメラの向きを変えていく。

 すると、その一つがプレゼントAの姿を捉える。



(アレは……、ハサミだと!?)



 子ども達の手には、なんとハサミが握られていた。

 ハサミにより、プレゼントAの衣装がどんどんと切り裂かれていく。


 前回と同じてつは踏まないよう脱がし対策はしていたが、まさか最初から破壊を目的にしてくるとは……

 そもそも、前回はハサミなど装備していなかった。まさか、今回のイベントに合わせて準備を?



(クっ……、こんなことであれば、俺達が普段使っているケブラー繊維で衣装を発注すればよかったか? ……いや、ナイフならともかく、ハサミによる切断にはどの道効果が薄い)



 やがて子ども達は、プレゼントAを蹂躙するのに満足したのか、次の部屋へと去っていく。

 あとに残されたのは、もはやプレゼントには見えない、無残なプレゼントAの姿であった。



『プレゼントA……』

『うっく……、隊長、見ないでください……』



 プレゼントAの衣服はボロボロだが、辛うじてブラジャーとパンツだけは残されている。

 俺だって、こんな姿は見たくなかった。



『もう、お嫁にいけない……』

『……通信を切るぞ』



 大丈夫だ。男のお前は、最初からお嫁になどいけない。







『こちらサンタA、各員、悪いニュースだ。今回のリトルモンスター達は、武装している』


『『『『なんだって!?』』』』


『既にプレゼントAが犠牲になった。奴らの武器はハサミだ』

『なんてこった! それじゃあ、特注のベルトも意味ねぇじゃねぇか!』



 カメラの映像で、トナカイBが頭を抱えているのが確認できる。

 他の隊員も、一同ショックを受けているようだ。



『ともかく、接近されると極めて危険だ。ゾンビ隊はスプレー缶などの遠距離武装で対抗してくれ』

『こちらプレゼントB、我々非武装チームは……』

『……菓子などの撒き餌を駆使して逃げ回ってくれ』

『隊……サンタAは……』

『俺は……、プランCの準備に入る』








 リトルモンスター達の進撃は止まらず、各部屋は次々に攻略された。

 作戦指令室から飛び出した俺には、隊員達の断末魔の悲鳴だけが聞こえてくる。



『目がぁ! 目がぁぁぁぁぁっ!』


『だから、ホースはそんな所に入れちゃダメだってばぁぁぁぁっ!』


『パンツの中が、生クリームでベチョベチョよ……』



 昨年の経験から講じた対策が、次々に突破されている。

 こちらの弱みを最大限に利用した立ち回り……とても幼児に考えられるものではない。

 間違いなく、敵の中に優れた指揮官がいる。









 今回のイベントの最終地点、広間の扉を開け放つ。






「お待ちしてました」

「……やはり君だったか、カイル君」



 広間の中央、積み上げられたゾンビチームの屍の上に、リトルモンスター達の中で最年長の少年、カイル君が座して待っていた。



「今年の催しも、中々に愉しめましたよ」



 カイル君は両手を組んだ上に顎を乗せ、まるでどこかの指令のようなポーズでほほ笑む。

 その笑顔は以前のように純粋に見えたが、目の鋭さだけは変わっていた。



「どうして、君が……。君は子ども達の中でも大人で、良識的だったじゃないか」

「人は変わるものです。一年という時間は、人を変えるには十分な時間じゃないですか」



 学校や家で、何か嫌なことでもあったのだろうか?

 彼は真面目で良い子だった分、色々な重圧があったのかもしれない。



「……残念だな。君は子ども達の中で、一番有望だと思っていたんだがな」

「っ! あなたもですか。あなたもそうやって、大人の理想を押し付ける!」



 カイル君は食べかけだったと思われるケーキを投げつけてくる。

 俺はそれを避けずに体で受け止めた。



「クっ……、食べ物は粗末にするもんじゃないぞ」

「構いません。あとでスタッフが美味しくいただくハズですから」



 そのスタッフが俺達でないことを祈る。



「大人達は僕に良い子であれと望み、縛り付け、弟達は好き放題。僕だけが損をしているんだ! そんなの、おかしいじゃないか!」



 成程。カイル君の苦しみもわかる気がする。

 自分だけが良い子であるよう縛られ、弟達は我儘し放題の自由なのであれば、不満は間違いなく溜まる。

 しかも年長とはいえ、子どもは子どもだ。

 いくら良い子でも、限界はあったということだろう。



「そうだな。それは大人達が悪かったと思う。それで、大人達に目にもの見せようと、今回の作戦を仕組んだのか」

「そうです。僕が本気になれば、汚いことだって、悪いことだってできるんだ! それを証明するために、僕は!」



 再びケーキが投げつけられ、肩に当たる。



「……それで、満足したか? 大人達に勝って」

「ええ、満足しましたよ。大人達は、しょせんこの程度だと、改めて認識しました。この経験を糧に、僕はこれからも大人達に反抗していきますよ」

「……おっと、それは良くないな」



 大人達をやりこめてスッキリしたのであれば、それで良い。

 ここでストレスを解消して、また元の日常に戻るのであれば、このまま退いても良いと思った。

 しかし、それを今後も引きずるのであれば、許容してやれない。



「親ってのはな、子どもに期待するあまり、時に周りが見えなくなることもある。当然良くはないんだが、こればかりは仕方ないと思ってくれ」

「そんな、仕方ないで済む話じゃ!」

「ああ、ないな。だから君は、口や態度で示すべきだった。でも、今までそうしなかったのは、良い子じゃない自分を見せるのが怖かったんだろ?」

「っ!」



 俺の言葉に、一瞬カイル君が怯む。



「自分の悪いところを見られるのが怖い。それは自分を好きでいて欲しいという気持ちの裏返しだ。君は大人達を悪く言いながらも、実際はその大人達に好かれたいと思っている。何故ならば、大人達……、ご両親のことが好きだから」

「う、うるさい! 僕に負けるような大人が偉そうなことを言うな!」



 カイル君は、手あたり次第ケーキやお菓子を投げつけてくる。

 しかし動揺しているのか、ほとんど俺に当たることはなかった。



「ああ、今回は俺達の負け。……それでもいいと思ってたんだが、やっぱりやめだ。このまま大人全体をバカにするような捻くれたヤツに成長をしないよう、お灸をすえてやる」

「お灸? よくわからないけど、今さら何ができると!」

「できるさ」



 俺はそう言って、懐からスイッチを取り出す。



「それは……? はっ!? ま、まさか!」

「そう、悪役にはお馴染みの、自爆スイッチってヤツだ」



 よく物語では敵の本拠地に突入した主人公達を道連れにするために用意されている自爆スイッチ。

 大抵は逃げる猶予があるものだが、この自爆スイッチにそんなものはない。



「Merry Christmas」



 そう言うと同時に、俺はスイッチを押した。

 そして次の瞬間、広間は爆音とともに、光に包まれた。




























「いや~、今回も君達に任せて正解だったよ! 子ども達もみんな喜んでた! 最高のクリスマスプレゼントになったよ! まあ、最後の爆発には驚かされたがね!」



 あの時爆発させたスタングレネードは、危険がないよう威力については大分控えめに抑えられている。

 それでも、その閃光は子ども達を怯ませるには十分な威力があった。

 そして俺は、視界を奪われ腰を抜かした子ども達を速やかに制圧したのである。


 ゲームとしては子ども達の勝利に終わったが、最後まで立っていたのは俺だけなので、部隊としては勝利を収めたと言っていいだろう。

 大人げなかったのは間違いないが、大人が必ずしも真っ当な人間ばかりでないことを知る教訓にはなったと思う。



「そういえばカイルが君に会いたがっていたよ。帰る前に少し時間を作ってやってくれないか?」

「……わかりました」












 メイドの案内でカイル君の部屋まで案内される。

 ノックをすると「どうぞ」と返事が返ってきたので、そのまま扉を開いた。


 部屋の中には、少し不機嫌そうな顔をしたカイル君が待ち構えている。



「俺に会いたいって話だが」



 カイル君は声をかけた俺をキッと睨みつけてくる。



「……あんなの、反則ですよ」

「……ああ、反則だな。でも、大人だって結構汚いこともやるんだぞ」

「みたいですね」

「それに、大人だって結局は同じ人間だ、俺のようにガキなヤツもいるし、時には間違いだって犯す」

「ええ……、勉強になりました」



 そっぽを向いてそう答えるカイル君に、俺は笑いかける。



「悪い大人の手本にはなったろ?」

「……はい。そのことについては、お礼を言います。お呼びしたのは、それを伝えるためでした。……それと、今後は父さん達にも、自分の気持ちをしっかり伝えてみようと、思います」



 それが聞ければ安心だ。



「……そうか。じゃあ、もう用はないな?」



 俺はそう言って部屋を後にしようとする。



「あの!」



 その背に、カイル君から声がかかる。



「……来年、リベンジするんで、絶対また来てくださいね」



 俺は振り返り、それに笑顔で応えた。





「まっぴらごめんだ!」








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