第24話 今生の別れ

 根蔵の母の前で、猫を被り爽やかに振る舞う沈芽。何故か彼女は同性から可愛がられる。

 夕食時になると、テレビ局のつけで大量に買い込んだ食材を冷蔵庫から出し、調理する根蔵母と少女。その後ろ姿は仲のいい母娘に見えた。


 食事を終えると、根蔵母は沈芽が台所で洗い物をしているのを確認して、息子に例の話を小声でした。

「古田の件、もう少しで尻尾を掴めるかもしれない」

「え? 危ないことはやめろよ」

「大丈夫。古田の実態は把握した。後は埋葬組のメンバーを……いや、この話はやめましょう」

「埋葬組の闇は深いですよお母さん」

 後ろ向きのまま沈芽が突如口を挟んだ。驚く根蔵と母の前に正座する少女。いつになくその顔付きは真剣であった。


 1つ息を吐いて、沈芽は根蔵の母の目をジッと見据える。

「私の両親も姉も埋葬組と関わって消されました。といっても、皆、自業自得のところがありましたけど」

 その話は初耳だと、根蔵は驚きを隠せない。

「私の両親は私が幼い頃に亡くなりました。埋葬組の件と関わってしまったためと姉から聞きました。姉はいわゆる爆弾魔で」

「爆弾魔!」

 爆弾魔というだけでも驚いたのに、女の爆弾魔という二重の驚きに打たれる根蔵とその母。それは思い込みからくるものだ。


「姉が爆弾を作っているのが警察にバレると、トカゲの尻尾切りで殺されました。私は、親戚の家に引き取られました。今の母はバツイチで子どももいなかったためよくしていただき、生き抜く術を教えていただいたのです」

 道理でしぶといわけだと根蔵は思った。


 沈芽は根蔵の母の手を両手で握った。

「埋葬組に関わるのはやめてください。お願いします」

 母は沈芽の肩をポンポンと叩いて笑みをたたえた。

「大丈夫よ。心配してくれてありがとうね」

 根蔵の母はそこまでいうと、立ち上がり出かける準備をした。沈芽は根蔵母の手伝いをして、根蔵は玄関で母の車に何かを積んでいた。


 根蔵母は沈芽に囁いた。

「蔵志のことをよろしくね」

「分かりました」

 根蔵母の目から見ると、沈芽の猫を被っているのはすぐに分かった。粘着気質で過激な一面があるのも分かった。しかしその反面、目に宿る力というか、芯の強い面に期待を寄せるのでもあった。

 沈芽にも、根蔵母がこれから死ぬ覚悟で埋葬組と戦うのが分かった。その姿が姉と最後に話をした時と重なる。


 家の前に停めた車に乗り込むと、息子は母を見送った。

「いってきます。牛麿君と沈芽ちゃんと仲良くね」

「ああ……。気を付けて」

 車は発進した。これが親子の今生の別れとなるのだ。


 珍しく沈芽は根蔵の腕に巻き付かず、帰ろうと一言いっただけである。


 根元家の戸締まりをすると、環状線家に戻った。


 環状線家には、沈芽の部屋が用意されていた。環状線兄妹の部屋は向かい合っており、兄である牛麿の部屋の右隣が根蔵。妹の兎麿の部屋の左隣が沈芽の部屋に当てられた。

「どうしてあたしの部屋なんて作ったの」

「沈芽はん、遠慮せんでええて」

 のほほんと牛麿が返事をすると、沈芽はため息を吐く。そして、根蔵の部屋へ勝手に入ろうとしたが、兎麿が一緒に寝ようと狂ったように笑いながら誘ってくる。彼女はしかたなくそちらへ行った。


 環状線家の皆が寝静まる頃、根蔵の母は予てより会う約束をしていた木枯館長へ会いに行った。真夜中の博物館はしんとしていた。

「それでは、万が一のことがあったら彼は私が引き取りましょう」

「ありがとうございます。なんとお礼をいったら」

「でも! 必ず生きて帰ることです!」

「……できない約束です」

 根蔵母は、後のことを木枯に託して博物館を跡にした。


 アンモナイトのテーブルに置かれたコーヒーを一口、口にする木枯館長。カップを手に立ち上がり窓に映る顔を眺める。その顔は目が釣り上がり怒りに歪んでいた。怒りに震える手でコーヒーカップを持つと、中のコーヒーが揺れて波立つ。

「埋葬組か……。古田の奴、まだそんなことをやっていたのか」

 古田の顔を思い浮かべると怒りがこみ上げコーヒーカップを思わず床に投げつけてしまった。粉々に割れたカップを見てこれから犠牲になる根元家と重なって見えた。

「クソッ! 古田め! お前はいったいどれだけの人に迷惑をかければ気が済むんだ!」


 窓を開け外の空気を吸った。夜空の星が雲で霞んで見えない。月さえも、その姿を隠す。

「この暗雲が子どもたちを巻き込むことだけは避けねば」

 冷静になった木枯は、床に飛び散ったカップを片付けた。カップの破片で指を切った。指をティッシュで抑えて血止めをする。

「大人が巻いた種を子どもに残すわけにはいかん。例えそのために大人が血を流しても……」


 その夜は、月が雲に隠れて暗い夜になった。ただ町を照らすのは大都会の夜のネオンだけである。


 翌朝、根蔵が目を覚ますと、当たり前のように沈芽が隣に寝ていた。もう、彼は驚かない。冷静に沈芽を起こすと皆で朝食をいただいた。

「さて、今日は……」

 環状線家のチャイムが鳴った。牛麿が出ると、獣川と古家院がいた。

「ここは環状線家か?」

「おいらはまさか牛麿がこんな豪邸に住んでいるとは思わなかったよ」

「ほなあがり」

 無遠慮に上がり込む2人。

「さておじゃま……沈芽。お前もここに泊まったのか」

「そうよ」

 兎麿が沈芽の背中に飛び付いて狂ったようにはしゃぐ。

「お姉ちゃん、また来てね! また来てね! また……」

 兎麿に慕われるのを見て古家院は納得した。


「ねえ、おいらも今度泊まりにきていいかい?」

「ええで、獣川はん。でもワイがおらん時は入ったらあかんで」


 獣川は同い年の兎麿と楽しそうにしている。


 古家院は、いつもと様子が違う根蔵と沈芽を交互に見ていた。古家院は広い庭を散歩する根蔵に話しかける。

「何があった?」

「別に」

「俺でよかったら聞こう」

「拙者も」

 突然、服部の声が聞こえてきて驚く根蔵。

「おい、お前どこ行ってたんだ」

「古家院よ怒るな。少しこの辺の地形を把握していたまでだ。して、根蔵。何を悩んでいる? ヤバい組織に狙われているのか?」

「何で分かるんだよお前ら」

 根蔵は埋葬組について少しだけ話をした。どうも2人は埋葬組のことを知っているらしい。


「あいつらか」

「拙者も存じておる」

 古家院の父は医者で埋葬組と関わりがあったらしい。1年前に病院の屋上から転落して未だ意識が戻らないそうだ。恐らく埋葬組の仕業だろうと彼は推測した。

 服部の家は本物の忍者で、忍者のマネごとと違って相当なヤバい仕事を受けていたらしい。今でこそ足を洗ったが、埋葬組とは深い関わりがあったらしい。


 2人の話を総合すると、埋葬組は殺人や犯罪の隠蔽工作が主な仕事である。その中でも古田は死体処理を担当する部門のトップであるらしい。

「特に古田は考古学を利用し、遺跡に遺体を埋めてから掘り起こして、それを古代の人骨製であると断定する。そうして、証拠を隠滅していたらしいでごさる」

「そんな野郎だったのか……」

 古田の実態に驚く根蔵。


「そして、あたしのお姉ちゃんを利用して処分したのも古田」

「む……沈芽か。それはいかなることぞ」

 沈芽は自分の姉も爆弾魔として活動し、用済みになったら処分されたことを話した。

「ふむ……沈芽といい根蔵といい、どうして今回の発掘勝負には埋葬組に縁のある者が選ばれたのか」

「まあ、たまたまだろうな」

 古家院のその言葉を最後に、埋葬組の話を打ち切り次の発見バトルの話題に切り替えた。

「さて、次こそは俺が勝つからな」

「何を! 拙者こそ」

「あたしが勝つよ」

 3人が話すのを聞いて根蔵も気持ちを切り替えた。そして、彼も誓った。

「俺が絶対に勝つ」

 二回戦へ向けて気合を入れ直す。


 その日の夕方、根蔵はインターネットで校長を調べると、株で一儲けしたことが分かった。校長のホームページには高血圧も興奮の大儲けと書いてあった。


『次回「二回戦・瀬戸内海」』

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