二回戦・瀬戸内海

第23話 二回戦は瀬戸内海で

 夜中、火事の警報音が辺りに鳴り響いた。飛び起きた根蔵は係員の指示で避難階段を駆け下りる。その原因は獣川であった。

「支配人さんごめんよ! どうしても夜は火を焚かないと眠れないんだよ」

「お客様! 我らは火があると眠れません!」

 支配人に何度も叱られて火器を全て没収された獣川であった。


 支配人は忍び装束の服部を見かけると尋ねる。

「壁をよじ登る忍者が現れたと通報がありましたが……お客様ではございませんか?」

「それは違い候」

「そうでしたか、大変もうしわけ」

「壁を走っていたのでござるよ」

「やはりあなた方でごさいますか」

 発掘隊のメンバーが次々とホテルに迷惑をかけるので、支配人はピリピリしている。


「本当に、困った人たちね」

「なんでいつもそこにいるんだ」

 根蔵の腕にいつもの如く沈芽の腕が蛇のように巻き付く。


 苛立つ支配人は帰り際、お白子を塗ってお歯黒をつけた斑鳩の顔を不意に見せられ笑ってしまった。


 騒ぎも収まり部屋に戻る。根蔵は念の為、周囲を警戒しながら部屋に戻った。部屋に戻ると、ベッドの下から風呂までチェックをする。

「また、誰か問題を起こさなければいいが」

 1人心配を口にする。


 この頃、沈芽は包丁を研ぐのに忙しく根蔵どころではなかった。暗い部屋で数本の包丁を愛情を込めて研ぐ。その他多種多様な刃物を黒い革の鞄から取り出す。バタフライナイフ、サバイバルナイフ、剃刀、小刀、脇差。彼女の趣味はナイフコレクションである。


 夜中、小次郎は此岸から出る前に撮った写真を現像していた。

「クソガキどもめ、いい笑顔じゃねえか」

 1人ずつ顔を眺めてはぶつぶついう。

「根元蔵志は小学5年生。タレ目であることを除けば変な顔ではない。面長で鼻も高い」


「古家院紅葉は小学6年生。ガスマスクを取ると狐面だな。細く切れ上がった目に細い鼻と顎。クソガキめ」


「沼田沈芽は小学5年生。大人しくしていれば可愛いのに、あの性格だからな。大きめの猫目が特徴で、しおらしい時は仔猫、根蔵に絡みつく時はクソ猫、自分の邪魔をされた時は虎に見える」


「石狩川熊太郎は小学3年生。獣川とかいわれていたな。全身に獣の皮を被っていたが何の皮だったんだあれ。つぶらな瞳に丸顔で……、というか全てが丸い。そして、クソ短気だ」


「平泉一太郎は小学6年生。小坊主で出目で華奢。物事の考え方がズレていて、怒ると尋常じゃない」


「鎮西八郎は、小学6年生。イガ栗頭、顔のパーツも輪郭もゴツゴツ。身長2メートル近い馬鹿力」


「服部マラトンは、小学5年生。素性不明」


「斑鳩王丸は小学5年生。最近眉を剃りお白子を塗りたくる。デコに眉を描き、口紅を塗って公家化した」


 子どもたちの笑顔を撮るときがカメラマン冥利につきる瞬間。


「石原さと芋は、45歳の中年男性。オロチメイクを流行らせた……こいつはどうでもいい」


「そして、お世話になったのはイタコの津軽婆さん……。うわ!」

 小次郎は驚き椅子から転げ落ちた。婆さんの顔を確認しようとすると。

「顔がない! そういえば婆さんの顔思い出せない!」

 小次郎は1つ怪談を見付けた。


 翌朝。プリンスホテルの小宴会場で二回戦のルールが発表された。そのルールとは……。

「瀬戸内海の島々を巡るスゴロクレースです」

 さと芋の発表に一瞬盛り上がる。

「みなさんには、下関の巌流島からスタートして淡路島まで競争していただきます」

 巌流島から船でスタートし、辿り着いた島で化石を発掘すると次の島へ行けるというものであった。その島の地図を配る。


「あの……」

「これは……」

「おかしいぜ」

 瀬戸内海周辺に住む広島の沈芽、大阪の斑鳩、愛媛の古家院が島を見て疑問を持った。

「ええ、この島は新しくできた島です。最近まで海の底にあったのですが、この1年で急激に海面から上昇した島です。知らなくて当然です」

「おいおい、俺たちに新しい島の調査させようって気か? それもただで」

「ははは、古家院君は相変わらず手厳しいなあ」

「いや、俺は面白そうだから別にいいがな」

「いいのですか!」


 巡る島は全部で10ヶ所。名前はその島で最初に化石を見付けた者がつけるというものだ。仮に名付けられた島は一掘島から十掘島まであり、順に巡り淡路島まで辿り着いた順に順位をつけるものだ。開始は3日後で今回も期限は1週間。


「名付けて、瀬戸内化石レース……って最後まで聞け!」

 ルールを聞き終わると、一斉に散って行く発掘隊。誰もさと芋に目をくれるものはいなかった。


 部屋に戻った根蔵は牛麿と1度家に帰ることにした。それができるのが東京生まれのいい所だ。タクシーを呼んでもらうと、ホテルを出た。途中、弓を持った獣川が支配人に再び叱られるのが視野に入ってくる。


 タクシーに乗り込み、環状線家についた。タクシー代はテレビ局につけておいてもらう。トランクを開け荷物を取り出そうとすると、中から音がした。

「まさか……」

「そやったらおもろいで」

 トランクを開けてもらうと、中にはガスマスクをして丸まった沈芽の姿があった。

「ふう、やっと着いたの?」

「お前は何がしたいんだ」

 トランクから平然と出てくる。白いワンピースを着て、髪も美容室でセットしてもらい、仄かな甘い香りを漂わせる。いつもの黒革のゴツい鞄ではなく、シンプルで上品な淡い色したハンドバックを持っていた。いつもは鞄を人差し指だけで持つくせに、かわいこぶって両手で持つ。


「今日はあなたの家を見に来たの」

「家はあれだ、もう見たならいいだろ。帰れ」

「ええやないか根蔵はん。兎麿も喜ぶし、家に泊めたったらええやん」

「ええこというねえ家畜麿! あんたあよう分かっとる」

 広島弁丸出しでドギツさ倍増の少女は、当然のように環状線家に入る。


 玄関の所に体操座りをして壁にすがる兎麿の姿が見えた。

「帰ったで!」

「お兄ちゃん……おか……あ! 沈芽お姉ちゃん!」

 兎麿は急に元気になって沈芽に飛び付いた。沈芽もまるで本当の妹を可愛がるように頭を撫でる。沈芽は小さい子どもには優しかった。先程のプリンスホテルでも小さい子どもに慕われて彼女から誰も離れたがらないのだ。


「おかえりなさいませ」

「家政婦さん。ただいま」

 大会に参加するのに、牛麿は家政婦を雇い、妹の面倒をみてもらっていた。


 その日は、家政婦と沈芽の2人が台所に立って料理をした。家政婦はともかく、沈芽の包丁捌きは見るものを圧倒する。

「へえ、そうなの」

「そうよ、家政婦さん」

 2人は和気あいあいと料理をする。沈芽は、女同士だとすぐに仲良くなる。

「へえ、根蔵君をねえ。ヌフフ」

「そうなの。ヌヘヘ」

 君の悪い笑い方が聞こえて来る。


 やがて、昼食が運ばれて来た。炒飯に焼売、回鍋肉に青椒肉絲と本格的な中華が出てきた。しかも、それを作ったのはほとんど沈芽だというから驚きだ。

「うまい」

「ホンマや」

「お姉ちゃん美味しいよ」

「ありがとう根蔵君、兎ちゃん……後家畜麿」


 昼食を食べ終わると休憩。夕方になると、1度根蔵は家に帰った。目れをざとく見付けた沈芽はその後について行く。

「いい! それでいい! まずは外堀から埋めなさい!」

 家政婦は2人の関係を楽しんでいる模様。


 木造の部屋で裸電球に光を灯す。台所では女の幽霊が猿の幽霊に頭を叩かれ縮こまる。

「へえ、ここが根蔵君のお家ね」

「……もう驚かないからな」

 円卓のちゃぶ台の前に座る2人。


 お淑やかに正座する沈芽であったが、それが返って恐ろしい。

「先に帰っててくれるか?」

「ウフフフ、お母さんに会ったらね」

「誰に聞いた」

「家畜麿に」

 玄関の戸が開いた。

「ただいま、蔵志……。あれ? そちらの子は?」

「はじめまして、蔵志君のお友達の沼田沈芽です」

「ああ、あなたが、はじめまして蔵志の母です。蔵志、かわいいお友達ね」

 爽やかにあいさつをする少女に好感を抱く根蔵母であった。やりやがったこいつと根蔵は唇を噛んだ。


『次回「今生の別れ」』

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