兄が『腕』を買ってきた。

可燃性

今日は特別

「お兄ちゃん、それなに?」

「『腕』だよ、最近食用のやつが出たって言ってただろ?」


 兄がスーパーで買ってきたのは『腕』だった。

 観賞用が主流だったけれど、最近食べられるように改良されたものも流通し始めたとニュースでやっていた。

 私は『腕』についている品種タグを見た。そこには『カミエシ』とあった。隣に貼られている値段を見て眉をしかめる。


「ちょっと、お兄ちゃん。これ高いやつじゃん」

「なあに、給料日後なんだからこれくらいの贅沢いいだろ」


 まったくこの兄ときたら。

 私はそう口にしたけれど、どんな味がするのか内心ちょっと楽しみだった。


「で、『腕』ってどうやって食べるの? 育て方なら知っているけれど」

「ん~待て待て、えっと……『まずは爪をはがします』……? ああ、『爪』ってこれか」


『腕』の先端は五本に枝分かれている。たまに六本のものあるけれど、それはかなりレアもの。収集家の間ではものすごい額で取引されるらしい。つまり一般家庭生まれの私にはまったく縁のないことというわけで。


 閑話休題。


 兄は『腕』についている『調理方法』を見ながら枝分かれているうち、一番太い『親指』の『爪』をはがした。べりっと音がして赤い液体が飛んだ。


「おっと、汁が飛びやがった」

「うわっ! ……気を付けてよ、それ落ちにくいんだからね」

「だいじょーぶ、セーフセーフ」


 セーフ、セーフじゃないっての!洗濯するのは私なんだ。

 面倒な汚れは勘弁してほしい。


「んで次は……『よく洗って、骨の周囲の肉をそぎ落とします』。ふうん……まあ普通の食材と一緒か」

「お兄ちゃん! 適当なのやめて、それでこの前『心臓』焦がしちゃったじゃん」

「おまえまだあの事根に持ってんのかよ……」

「根に持つって! あれもすんごい高かったのに……」


 この兄、料理下手なのになぜか率先して料理をしようとする。曰く『常に挑戦を続けることに意義がある』とのことだ。

 お歳暮にもらった『五臓六腑』でいちばんおいしい『心臓』を焦がしたのだ。素材がいいから焦がした程度で味は落ちなかったけれども、それでも最高の状態で食せなかったから私は悔しかった。


 食の恨みは怖いんだぞ。


「またじいちゃんにおねだりすればいいだろ。お前からのおねだりならじいちゃんなんでも聞くんだから」

「ああ、おじいちゃん……おじいちゃん、最近『生け捕り』にはまってるらしいよ」

「は? まじで?」

「『ヤマアラシ』がすごい出るから、退治するついでみたい。捕れるたびに連絡くる」

「うわ~マジか、じいちゃんとこも出るんだ」


 友だちのさっちゃんちが持っている山にもめちゃくちゃ出るって聞いた。

 最近ものすごく増えているらしい。まあ、これも山を持っていない一般家庭の私には関係ない。

 兄が危なっかしい手つきで『腕』から主な可食部である『肉』をそぎ落とし始めた。『腕』には『骨』があるのだ。『骨』についた『肉』の残りかすをしゃぶるのが好きなのだけれどそれをやると母に烈火のごとく怒られるから隠れてやる。

 兄も好きなので、お互い顔を見合わせてこっそりとしゃぶりついた。

 美味しかった。

 そぎ落とした『肉』を叩いてペースト状にして、小麦粉や卵と混ぜ合わせる。どうやら『肉潰し』にする予定らしい。力仕事は兄の得意分野だ。

 ほどよく混ざり合ったら平べったく形を整えて焼く。


「ん~、うまそう。『サッカシボウ』とか『オオモノ』とかあったんだけれど、やっぱ『カミエシ』だよなあ」


 兄はそう言いながら『肉潰し』をひっくり返した。

 うん、焦げてない。今回は大丈夫そうだ。


「うっし、でけたでけた~♪」


 ご機嫌な兄が『肉潰し』をフライパンから皿に移そうとしたその時だった。


「あ」

「え!?」


 なにがどうしてそうなったのか。

 つるりと滑った『肉潰し』は皿を超えて、床に落ちた。


『うわあああ!!??』


 兄も私も絶叫した。

『肉潰し』は無残な姿を晒している。とても食べられる状態ではなくなった。


「うわ、まじかよ……う、上のほうなら食べられるかな……」

「もう信じらんない~!!」


 私も兄も落胆した。

 あーあ。『カミエシ』の『腕』、食べたかったなあ。

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兄が『腕』を買ってきた。 可燃性 @nekotea_tsk

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