第3話 ヒロインと向かい合いました


 別に、勇者だからといって、魔王を討伐する必要なんてない。

 そりゃあ魔王討伐の旅には、感動的な場面も多いし、勇者的にも人間的にも大いに成長するだろう。


(でも失うものも多い)


 特に彼が『勇者』だと魔王側にバレると、彼のお母さんが人質に取られて…儚いことになる。


が魔王を倒すに足る経験値になるのって、RPG的にはよくある話だけど酷すぎる)


 勇者ロビンは、決意をするように頷いた。


「僕で力になれるなら…」

「だめ!ロビンはずっと私の側にいるのよ」


 校舎側から現れたのは、この国の王女メリンダ様だった。

 彼女は早足で近づき、ロビンの腕を取った。


「ロビンは私の騎士になんだから…!」

「メリンダ様…」


 見つめ合う2人。

 こげ茶の髪と琥珀の目の美形と、薄い金髪と水色の瞳の美少女。


(あー公式のイラストみたいだ…)


 メリンダ姫は、『悠久の大陸』のヒロインだった。

 幼い頃、迷い込んだ神殿の花園で出逢った二人は、この魔法学院で再会した…という設定だった。


 しょぼい『植物促進』なんかじゃなく、すぐれた『治癒者ヒーラー』である彼女は、勇者であるロビンと一緒に旅に出て、魔王を倒し、この国に戻って結婚する。


(小学生だった私は、ずっと『メリンダ姫』になりたかった…)


 彼女がいるから、勇者の勧誘に『エリザ姫として泣き落としハニートラップ』は使わなかった。


(『エリザワタシ』も充分可愛いけど、ヒロインには勝てないもんね)


 分かっていたけど、それでも僅かな希望を持ってしまうのが怖いので、この国へは男装して入り、『少年』として今まで生活してきた。


 私は二人の前に、片膝をついた。


「メリンダ姫、どうか半年だけ、彼の力をお貸しください。必ず無事に返します」

「嘘つかないで!スタンピードと戦わせるつもりなんでしょう?」


 無傷で済むわけないじゃない!とたかぶるメリンダ姫に説明する。


「はい。ですが、わが国には豊富なポーションがあります。また、彼が手伝ってくれるなら、褒賞に『エリクサー』をお渡しします」


 二人が息を飲むのが分かった。


 エリクサーは、伝説の万能薬だ。

 命の灯がわずかでもあれば、どんな状態からも完全再生できる奇跡のポーションだ。

 勇者パーティが『ユークリッドわがくに』の廃墟に来たのは、この薬を作る為の植物採取のためだった。


「…え、エリクサーがあるの?」

「はい、貴重な品ですが生成に成功しました」


 10年かけて、ようやくだ。

 作れる人間も、まだ生粋の王族――女王、姉二人と私のみだ。


(ゲームだと、ユークリッドで採集した植物を、朽ちた女神の神殿に供えると、大量の光があふれエリクサーの瓶に変わったんだよね)


 エリクサーを作る事の出来る、ユークリッドの王族が絶えたという前提の元に。

 この先は分からないけど、まだ私も、家族も生きているから、女神の奇跡でエリクサーは出来ない。


「…まさかでしょ。嘘じゃないの…?」

「お疑いなら、外交官を通じユークリッドの女王へお問い合わせください。姫であれば可能でしょう――貴国に留学中の『エル』の言葉は本当かと」


 メリンダ姫は、気を取り直すように頷いた。


「そうさせてもら…」

「僕は信じるよ」

「ロビン!」

「エルは嘘を言わない」


 きっぱりとしたロビンの言葉に、嬉しすぎて鼓動が激しく脈打つ。


(泣きそう…)


 ゲームのロビンと、今ここにいるロビンが重なって、『大好き!』という感情が天元突破しそうだった。


「だけど、僕にその褒賞は無用だよ」

「えっ?!」


 メリンダ姫が悲鳴のような声を上げた。

 私も驚いて聞き返した。


「なんで…」

「エルには何度も命を救われてる。借りを返すだけだ」


 一瞬頭が真っ白になったが、あわてて否定する。


「何を言っている、ロビンの方が何度も私を助けてくれただろう!」

「僕が君を助けられたのも、君が惜しげもなくポーションを使ってくれたからだよ?」


 確かにポーションの大盤振る舞いをしたけど…


「森にたくさん生えている薬草で作ったんだから、タダのようなものだよ!」


 私にとってポーションは、息をするように作れる物だ。

 だがそれを聞いたロビンは、目を丸くしたと思ったら、大きく吹き出した。


「それを言うなら、僕なんてこの体一つしか使ってないじゃないか…!」


 しかも大食らいだし…と、何かツボに入ってしまったらしく大笑いしているロビンに、私もメリンダ姫もあっけにとられて、その場の話はうやむやになった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る