第27話 終わりの冬①

 文化祭の余韻もすっかり消え失せた、十一月中旬。その頃にもなると、僕が進藤や小林、他のクラスメイトと喋ることはほとんどなくなっていた。


 僕の座っていた席には制服を着崩した進藤がいつの間にか座り、かつて進藤が座っていた席が僕の定位置になった。二人は肩を並べて、それまでと変わらない様子で談笑する。


 いつしか彼らと挨拶を交わすこともなくなった僕を、クラスメイトたちは遠巻きに眺める。

 一方で夜桜カレンの手で半ば強引に始まった〈四季〉との昼食会は、今では定番と化していた。


「あれ、カナデちゃんはまたいないんです?」


 その日もまた夜桜カレン、百合野トオルと共に席に向かうと、いたのは案の定、萩原アカネ一人だった。定位置で、今日の日替わりランチのハンバーグを食べている。


「とっとと食べてどっか行った」

「ええ~またですかぁ?」


 心底残念そうな声を零しながら、己の定位置に座る。


「カレンがいつもメニューどれにするか悩むからだろ」

「だってどれも美味しそうなんですもん」


 昼食時の学生食堂は、当たり前だが非常に混み合う。注文で遅れれば受け取りは当然遅くなるし、その所要時間は食堂を訪れる生徒の数に応じて加速度的に増えていく。昼休みが始まって十分~十五分後の食堂など、毎昼、酷い混雑ぶりを見せている。


 椿カナデと萩原アカネは、それが嫌で昼休みになるや否やとっとと教室を出て食堂へ向かうタイプだった。そして即断即決。食事にそこまでの拘りはない。


 一方で夜桜カレンは、マイペースそのもの。掲示されたメニューと毎度睨めっこして、うんうんと悩む。その間にも、立ち止まる僕らを素通りして何十人もの生徒が注文口へ向かっていく。その間に椿カナデは食べ終わり、どこかへ姿をくらましてしまうのがこの頃の常だった。


「最近、全然カナデちゃんと一緒にご飯食べられてません……」


 夜桜カレンはしゅんと呟きながら、その小さい口にハンバーグと白米を交互に運んでいく。あまりにも一口が小さくて、まるでハムスターかモルモットのようだった。斜め向かいでは一足先に食べ終わった萩原アカネが、気怠げにホロディスプレイを操作している。SNSのチェックのようだったが、以前と違って、そこを流れるメッセージは非常にゆっくりとしている。


 文化祭の一件があった後、萩原アカネはその日のうちに、何年も使い込んでいたSNSアカウントを削除した。


「いいの?」

「いいの」


 その場に居合わせた僕は、彼女のあまりにも思い切りのよすぎる行動に、つい尋ねた。しかし返ってきた声に、迷いはなかった。


「いつかあたしが死んだって、あいつらは死んだことすら知らずに終わる。結局、その程度の関係でしかないんだから」


 友達でも何でもない。SNSというツールでしか繋がっていない薄っぺらい間柄。

 そのざっくばらんな言い方に、僕は何とも言えない気持ちになった。


 SNSからリアルで良い関係に発展するケースは、現代では当たり前にある。何でも話せる親友、生涯の伴侶。電子の海で結ばれた関係が現実と大差ないと思わせられる一方で、本名も知らない、顔も知らずに結ばれた関係は脆い物だとも痛感させられた気がした。


 最終的に、萩原アカネは『クラスタ』との繋がりを全て断った。ゲームのアカウントはさすがに削除できないためフレンドの相互解除で済ませたそうだが、曰く、


「ブロックリストで名前も見たくない」


 とのことだった。徹底している。


 ――好きの反対は嫌いではなく無関心。

 以前に夜桜カレンとそんな話をしたが、本当に嫌いな相手には、関わって欲しくもないし関心も持ちたくない。その存在を自分の中から消し去りたい。そうなるものなのかもしれない。

 逆に言えば、忘れたいけども、そうまでしなければ忘れられないほどの思い入れが、その『クラスタ』にはあったということだろう。


 ともあれ、そういうわけで萩原アカネはSNSアカウントを新しくし、今は公式情報のみをのんびりと収集するのみに留めているらしい。


「仕方ないんじゃないの。カナデの家、勉強に厳しいみたいだし」


 なお文化祭以後、彼女は〈四季〉の面々を名前で呼ぶようになった。これには、夜桜カレンが大喜びしていた。


「でも最近は教室にもあまりいないですよね? どこで勉強してるんでしょう?」


 多分、図書館にいると思う。

 首を傾げる夜桜カレンの疑問符を前に、僕はその言葉を飲み込んだ。一緒にハンバーグを飲み込む。

 話してはダメだと言われているわけではないが、言わない方がいい。なんとなくそんな気がした。


「別にいいんじゃない。放っておいて。不良してるわけじゃないんだし。それにあの子、勉強するところ見られたくないみたいだし」

「む、むむむ~……」


 理解もできるし納得もできるけど、感情では頷けない。お箸を咥えたままそんな唸り声を発する夜桜カレンを横目に、黙々と昼食を食べ進める。大豆を主原料とした合成肉らしいが、味はそれなりに肉っぽくて美味しい。

 萩原アカネの言葉には、内心で同意した。

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