このゲームは攻略できない。

enoki_えのき

第1話 チュートリアル

このゲームはもう一度だけやり直す―リスタートすることができます。


―――ただし、リスタートする場合、今までの記憶・経験・関係・想い出が全てリセットされ、貴方の生命が宿る瞬間―即ち受精の段階に戻る事になります。

先天性の疾患を持つかもしれない、日本ではない他の国に生まれるかもしれない、兄妹がいないかもしれない、親すらいないかもしれない、今の親友や恋人には出逢えないかもしれない。


それでも貴方は、このゲーム―人生をリスタートしますか?

―――――――――――――――――――――――

夜だというのに蒸し暑く、息苦しささえ感じるある夏の日、高校生である三谷蒼みつやあおいは、廃ビルの屋上に腰掛けていた。

深夜の2時を回ろうとしているのにも関わらず、東京の街は吐き気がする程のネオンで包まれ、若者達が闊歩していた。


「…そろそろかな」



僕は自殺をする。


廃ビルの屋上。空中とビルとの僅か30センチにも満たない場所に立ち、目を瞑った。

息苦しい夏の暑さに混ざった、頬を掠める涼しげな風が心地良い。


遺書はない。

心残りさえない。



ただ、この世界から僕の存在を無かったことにしたい。



学校内での陰湿ないじめ。両親からの虐待。

毎日のように続くその生活に嫌気が差した。


先生に相談すれば現実から逃げるな、と突き放され、救ってくれる人なんか居やしない。



僕は天国に行くことなんか望んでいない。

天国に行けるとも思っていない。


ただ、今あるこの地獄から逃げ出したいだけなんだ。


片足を空に投げ出そうとした時。聞き慣れない声に驚いて、つい足を引っ込めてしまった。


「ちょっと君ぃ、そんなところで何してんのぉ?」


僕と同じくらいの年頃の、女の子だった。


「え、何って、、自殺…。」


「あー、やっぱりぃ?最近多いんだよねぇ、君くらいの子たちの自殺。」


語尾が独特に伸びるその子の髪はぼさぼさで、土がまばらについた黒いワンピースを着ていた。


けど、長い前髪から覗く真っ黒な瞳が、何故だか、僕の消えかけていた好奇心を掻き立てた。


暫く使う事の無かった、高校生にしては高く、掠れた声を振り絞って聞いた。


「、もしかして、君も、自殺しに来たの、?」

こんな廃ビルの屋上に来る目的なんて、それぐらいしか無かった。


「自殺ぅ?ははは、そんな訳ないじゃんかぁ。うち、死神だからねぇ。」


言っている意味も分からず、気配が僅かもなく近付いて来た彼女に肩を優しく掴まれた。


「君は生きてて楽しそうじゃないからねぇ、うちが助けてあげるよぉ。君がしようとしてた通りぃ、ここから飛んだら君は自由だよぉ。」


スッと身体が軽くなった。




この道を選んで嬉しくもあったが、頭の片隅の奥底から出てきた、後悔と悲哀が僕の身体を包んだ。




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