第4章④

 某月某日。

 毎度おなじみカオティックジュエラー女幹部、レディ・エスメラルダ出動である。

 本日の舞台は、そろそろ場所を選ぶのもネタ切れしてきたと訴えたところ、ドクター・ベルンシュタインがわざわざ一から作ってくれた、『本日の取れ高はココ! レッツゴーニューステージルーレット』で決めた、港に隣接する水族館だ。

 ドクター曰く、その日一番カオスエナジーが集まりやすそうなところをルーレットが教えてくれるという画期的なマシンであるという。「オバサンと違って忙しいボクがわざわざ用意したんだから感謝しろよな」と偉そうに言われた。

 オバサンはともかく、ドクターが私よりもよっぽど忙しいのはまさしくその通りなので、お礼に昨日焼いたアイスボックスクッキーと、新たに撮り貯めたみたらしとしらたまのベストショットをまとめて献上させていただいた。「オバサンにしては悪くないね」とドクターはご満悦の様子だったので何より。でもだからとにかくそろそろオバサンはやめてほしい。

 話はずれたが、そういう経緯でやってきた水族館。

 バシコーン! と鞭をしならせ、いつものように決めポーズ。恥ずかしくないのかと問われれば胸を張って大声で「恥ずかしいに決まってるでしょ‼」と断言できるが、そこはそれ、大人なので黙っておこう。様式美とは大切なのだ。ぽいずんぽいずん。

 

「おーほほほ。このレディ・エスメラルダの前にひれ伏しなさい、愚民ども」


 決めポーズかーらーのー、これまたいつもの決めゼリフ。私の背後からドッとストーンズがなだれ込み、水族館にやってきていた観光客に、怪我をさせない程度に襲いかかる。

 逃げ惑う人々の悲鳴と怒号が大きくなるたび、順調に胸を飾る大粒のエメラルドの怪しい輝きもまた大きくなっていく。よーしよしよし、カオスエナジー、順調に回収中!

 お孫さんと一緒に遊びに来ていたお年寄りの方々や、まだまだちっちゃいお子さんを抱えた親子連れのご夫婦とかには特に気を付けつつ、ストーンズを縦横無尽に操る私は、まあ通常運転であると言えるだろう。

 しかし今回は、ちょーっとばかり、状況が違っていた。

 何が違うって、周囲の反応が、である。

 

「カオティックジュエラーめ! 最近やり口が酷すぎるだろ!」

「銀行強盗だけじゃなくて、このあいだは保育園に立てこもって身代金を要求したんでしょ? 小さい子供を盾に取るなんて最低よ!」

「ちょっとスタイルがいいからって調子乗ってんじゃないわよブス! あんたなんかレッド様にすぐに捨てられるんだから!」

「最近のエスメちゃん、どうしちゃったんだい⁉ 何か悩み事があるならこのお兄さんに相談してごらん‼」 

 

 ……後半はともかく……いやともかくとわきに置くには若干どころでなく不本意な内容ではあるけれども、とにもかくにも、前半の一般ピーポーの皆さんのお言葉は、口にした人達だけの気持ちではなく、おそらくではなくほぼほぼ確実に、大多数の意見であるのだろう。

 その証拠に、人々は逃げ惑いながらも、いつもよりももっとずっと攻撃的な、敵意にまみれた視線を私へと向けてくる。ここが公園とかだったら、小石とか投げつけられそうな勢いだ。そんなことされたらいくら私でも普通に泣いちゃうんですけど、彼らに真実を説明するすべはない。

 最近のやり口、そう、例に上がった保育園立てこもりのほか、先日の緊急会議で取り上げられた銀行強盗、高級宝飾店の襲撃、大通りの占拠による交通網の破壊などなどなどなどなど、『カオティックジュエラー』はここ最近、シャレにならないことをやらかしまくっている、というのが世間一般の認識だ。

 だがしかし、ビジネス悪の組織たるカオティックジュエラーの名誉にかけ、声を大にして言いたい。「それ、ウチじゃありません‼」と。

 察しの言い方は既にお気付きであろうが、最近のあれもこれもそれもどれも、すべてイミテーションズがカオジュラの名前をかたってやらかしてくれている所業なのだ。

 マスター・ディアマンは放置しておけばいいといまだに仰るけれど、これはそろそろまずいのではなかろうか。別にカオジュラに一般ピーポーからの人気は必要はないけれど、現場に出ている私は彼らからの悪意を直に浴びることになるわけで、まあ普通に胃が痛くなる。おかげさまで胃薬が手放せない。

 早いとこジャスオダがイミテーションズを片付けてくれれば話が早いんだけどな〰〰〰〰、と、完全に他力本願なことを思いながら、手慰みにバシンバシンバシコーンと鞭を打ち鳴らしていた、その時だ。


「そこまでだ、カオティックジュエラー!」


 威勢のいい声とともに洗われたるは、カオジュラの宿敵、ジャスティスオーダーズ略してジャスオダである。

 今日も今日とて原色の五色が目に痛い正義の味方の登場に、おおっと一斉に周囲が歓声を上げた。

 

「キャー! レッドー! かぁっこいー‼」

「ピンクちゃーん! がんばって!」

「ブルーさーん! こっち向いてくださーい!」

「イエローくーん! よっ! 待ってました!」

「ブラック様……! 今日も男を見せてください……!」

 

 わあああああああ大人気だ〰〰〰〰。別にうらやましくはないけど普通にすごいな〰〰という気持ちである。

 そういえばアキンド・アメティストゥが、カオジュラへのヘイトが上がると同時、ジャスオダの好感度もうなぎ上りとか言ってたな。これがそれか。なるほど、勉強になりました。だから別にうらやましくなんかないってば。

 数々の黄色い声援に、ジャスオダはそれぞれビシッと決めポーズで応え、五人はザッと地を蹴った。そして始まるストーンズとの戦闘、そして私に迫りくるレッド。またなのかこいつ。

 距離を取りたくて、威嚇のように鞭をレッドに向かってしならせつつ後方へ飛びのく……って、あっ、うそ⁉

 あろうことかレッドは、私の威嚇を逆手に取り、私の鞭を自らの腕に巻き付けて、そのまま私を自らの方に引き寄せた。ひっ⁉ ち、ちかい……‼

 

「……エスメラルダ」

「な、何よ⁉」

 

 レッドの、いつになく低く強張った声に、ぎくりと身体が強張った。えっなに? なに? なんかすごい怖いんだけど⁉

 なんとか距離を取ろうとレッドの胸を押し返すけれど、ますます腰から抱き寄せられて身動きが取れなくなる。だからなにこれ。セクハラで訴えていい案件ってことでオーケー?

 悪の組織の女幹部にセクハラで訴えられる正義の味方なんて聞いたことがない。立場だけで私が負けそう。被害者は私なのに!

 

「は、放し……っ」

「最近のカオティックジュエラーは……あなたは、どうしたんだ?」

「へ?」

 

 間近で問いかけられた質問に、ハーフマスクの向こうできょとんと眼を瞬かせる。最近のカオジュラと私がどうしたと言われましても、普通にいつも通りにカオスエナジーを集めているだけですが? とそのまま正直ぶっちゃけそうになったけれど、おそらくそういう意味ではないし、ぶっちゃけたとしても無駄であろうことはなんとなく解った。

 レッドが言っているのは、カオジュラではなく、イミテーションズによる数々のやらかし案件についてのことに違いない。本物のカオジュラである私達は、どれが私達の案件で、どれがイミテーションズによる案件かを把握しているけれど、世間的にはまとめて全部『カオティックジュエラーによる案件』なのだ。

 それらのほぼすべてに立ち向かっているジャスオダにとっても、そういうことになっているのだろう。ここで私が「いや最近のアレソレはパチモンが〰〰」と言ってもたぶん信じてもらえない気がする。ええ〰〰〰〰どうしたもんかなこれ〰〰〰〰。

 レッドは私が答えるまで放してくれそうにないし、かと言って一から説明するわけにもいかないし。

 アッこれ、詰んだわ。無理無理無理、私の手には余るやつです。誰か口のうまいアキンド呼んできて。

 先ほどよりももっと遠い目になって現実逃避を始めると、不意に、レッドががしりと両肩を掴んできた。うわびっくりした。フルマスク越しでもレッドの顔が悲痛に歪んでいるのが伝わってくる。どうしたレッド、いつもの無駄な勢いはどこへ捨てた。

 

「俺は、あなたに、あんな真似をさせたくない」

「え」

「もちろん今までの行いだって認めてはいけないものだが、最近のカオティックジュエラーのやり方に、あなたが従っているなんて、俺には許せない」

「……はあ」

「しかもあんな、あんな写真集まで……っ!」

「…………はい?」

 

 くぅっと苦しげに、切なげに、レッドは唸った。その姿にぽかんとしつつ、ちょっと待て、と頭の中の冷静な私が待ったをかけた。

 今、レッドはなんと言った? 写真集って言わなかったか? ちょっと待った、写真集?

 待って待って待って、なにそれ知らないんですけども。えっそれはどういうことなのか詳しく……と、レッドに問いかけるよりも先に、気付けば周囲のストーンズを大方片付けていたジャスオダの残りの四人のうちのブラックが、おもむろに、無言のまま一冊の本を掲げた。

 静かに提示されたそれは、逆に周囲の視線を引き寄せる。私の視線もまた同様に。

 そこにあるのは、蛍光グリーンの背景に、ギリギリではなく完全にアウトな衣装を身にまとった女性の写真が載った表紙だ。彼女の顔は、どこからどう見てもコラージュだと解る、隠し撮りされたものが初出と思われる私のもの。

 そしてショッキングピンクで書かれている、『レディ・エスメラルダ様の秘密のおしおき』という文字。

 …………………………うん。はい。そう。へええ。


 

「っいやあああああっ! なにそれなにそれなにそれえええええっ!」


 

 そして私は、絹を切り裂くような全身全霊の悲鳴を上げた。喧騒に包まれていた周囲が静まり返るほどの悲鳴である。

 間近で聞いたレッドが驚いたように私の肩を開放したから、それをいいことに思いっきり彼から距離を取って、自分の身体を抱き締める。ああああああ全身に鳥肌が立ってる。き、気持ち悪すぎて吐きそう……!

 なにあれ。なにあれ。なにあれ⁉ あっアレか、アキンドが言ってた、イミテーションズが言ってたレディ・エスメラルダR18指定海賊版グッズのひとつってこと⁉ 写真集まで出てるなんて聞いてない‼

 

「え、エスメラルダ……?」

「私じゃない‼ あんなの私なわけないでしょ⁉ 見れば解るじゃないの、あんな雑なコラでなんで私だと思うのよあんたは⁉」

 

 レッドが戸惑いもあらわにこちらを見つめてくるけれど、あんたの目は節穴か。こいつ私のこと、結婚を申し込むほど惚れてるとか抜かすくせに、私の何を見てんの? あ、胸? 胸か? そろそろ本気でお金取るぞ。

 

「いやあの、あの写真集が合成なのは見れば解るんだが、それでも顔はあなたのものだから、てっきりエスメラルダ自身が許可を出しているのかと……」

「誰が許可を出すもんですか‼」

 

 馬鹿なのだろうか。いや馬鹿だったな。馬鹿じゃなかったら敵対する悪の組織の女幹部に結婚なんて申し込まないよね。私が浅慮だったわさーせん。

 ああああああもおおおおおおお信じられない信じられない信じられない! イミテーションズ許すまじ。マスター・ディアマンに、「やっぱりパチモンは叩き潰しましょう!」って直談判しようそうしよう。

 となればもう今日はさっさと撤退するに限る。胸の谷間に手を突っ込んで、いつもの空間転移装置を取り出す。

 それを見たレッドが、「待て!」と追いすがってくる。あらぁごめんあそばせ、これ以上あんたに付き合ってる暇は私には皆無!

 

「エスメラルダ、これだけは聞かせてくれ! この写真集があなたの指示でないのなら、最近のカオティックジュエラーの所業は……っ」

「――――さあ、どうかしらね?」

 

 肯定も否定もしない。マスター・ディアマンから許可が下りていたらもう少しヒントをプレゼントしていたところだけど、今のところあの方はイミテーションズにはノータッチを貫いている。ここで私が説明するのはよろしくないだろう。

 それになにより、だからこそ私は、今からアジトに戻ってイミテーションズの掃討を直談判をしなくてはいけないのだ。

 と、いうわけで、アデュー、ジャスオダ!

 ぽちっと空間転移装置のボタンを押した私は、そのまま水族館からアジトへと帰還したのだった。

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