第4章②

 視線をマスター・ディアマンから順番にアキンド、ドクターにも向ける。マスターはとてもとてもご機嫌斜めなご様子でまた溜息を吐いている。アキンドはヤバいくらいに楽しそうな笑顔だ。「面白くなってきましたなぁ」という副音声が聞こえてくるようだ。そして私と同じく、おそらく何も知らされていなかったはずのドクターは、拍子抜けしたと言いたげに、いかにもつまらなそうに肩をすくめて、オレンジジュースを再びすすり始める。

 うそでしょ、マジで何も解ってないの私だけ……?

 呆然とする私に、「まあエスメラルダはそうだろうね」とやわらかく、それでいて「仕方ないなぁ」と理解の悪い幼子を相手にするように笑いかけてきたマスター・ディアマンは、「アキンド・アメティストゥ」と、再び、アキンドを促した。

「ワクワクが止まらないでござんす」とこれまた副音声が聞こえてきそうな表情で、いまだに混乱が続く映像を見つめていたアキンドは、「ハイハイっと」と頷いて、プロジェクターの電源を落とし、「さて」と口火を切る。

 

「まあ見ての通り、ウチのパチモンが出たって話でござんすよ」

「パチモン⁉」

「しかも一回や二回どころじゃなくって、あちこちで、これがまあ好き勝手にやらかしてくれてるとこっちに報告が上がってきてるんでやんすねぇ。いやはや、人気者はつらいでござんす」

 

 フフフフフフ、と嫣然と笑うアキンドだけれど、まったくぜんぜんこれっぽっちも笑い事ではない。

 一応幹部の私が言うのもなんだけれど、カオジュラの偽物だなんて、なんでまたそんな物好きな真似なんかしたがるんだろうか。さっきの映像を見る限り、わざわざあんなアホみたいな衣装を着て世間に恥をさらしてあまつさえ犯罪に手を染める所業、控えめに言っても馬鹿のすることである。えええええ、とあんぐり口を開けるばかりの私を、ドクターが小馬鹿にするように見つめて、フンと鼻を鳴らした。

 

「ウチの対抗組織がジャスティスオーダーズしかいないことに気付いた、無駄に目の付け所だけはいい馬鹿がいたってことだろ。そうだろ、マスター?」

「そういうことだね。レディ・エスメラルダも、ここまで言われれば解るだろう?」

 

 なんかとっても馬鹿にされている気がしたけれど、察しが悪い自覚はあるので、神妙に頷く。

 馬鹿ですみませんねぇ、どうせ無駄に頭のよろしいあなたがたとは違うんですよ。あんたら自分が平均よりもずっと頭がいいことを忘れてないか。あんたら頭いいんだから、もうちょっとこう、おそらくは平均的な知能指数であると思われる私に合わせて会話してくれてもバチは当たらないと思う。

 

「……ええっと、つまり、ウチのふりをしてやらかした犯罪は、警察や自衛隊が動けないってことが、とうとうバレたと……?」

 

 間違えないように一つ一つ言葉を選び、確認するように問いかけると、三者三様の頷きが返ってくる。つまりはそういうことらしい。うそでしょマジか。

 そう、先にも述べたが、カオジュラは国家機密レベルであるとはいえ、れっきとした国家公認組織である。民間企業、ではあるけれど。日々カオスエナジーを集めるためにやらかしている行為は、犯罪ではなく公務である、と、国家機密であるとはいえ、きちんと認められているのだ。

 そこまでしてくれるんなら民間企業じゃなくてちゃんと役所とかに頼めやという話にもなってくるのだけれど、まああれだよね、バレた時にいざとなったら「民間企業が勝手に〰〰」とかなんとか言ってウチをトカゲのしっぽ切りするつもりなんだろう。流石お国のやることは汚くていらっしゃる。

 と、まあそんなわけでだからこそ発生する問題は、理由はどうあれ一般ピーポー達に混乱を招くカオジュラに対して、国家権力としての国の防衛組織たる警察や自衛隊が黙って見ているわけにはいかないということである。

 そりゃそうだろう。警察や自衛隊には、世間一般的な常識として、当然カオジュラに立ち向かう義務があるはずなのだ。事情を知らされていない警官や自衛官の皆さんは、国民を守るためにカオジュラと戦うべき、という世論が、カオジュラが結成されたばかりの頃、当然一世を風靡した。

 しか〰〰〰〰し、しかしである。

 カオジュラもお国の命令でやることやってるだけであって、しかもカオスエナジーは既に国のエネルギー源の一つとして秘密裏に認められ、早くもあちこちで利用され始めているわけで、これを真っ向から警官や自衛官に邪魔……失礼、彼らに職務をまっとうされたら、あっちもこっちもそっちもどっちも困るのだ。

 あと普通にカオスエナジーを利用しているウチに、いくら鍛えているとはいえもとを正せばやっぱり一般ピーポーでしかない警官さんや自衛官さんが敵うわけないし。

 確かに私は幹部の中で最弱だし、大変遺憾なることに毎回ジャスオダに負けているけれど、それでも警官さんや自衛官さんくらいなら、こうバイーンと跳ねのけるくらいの力はある。カオスエナジーすごい。暴力においても権力においても、やはり力はすべてを解決してくれる。

 それはそれとして、とにもかくにも、警察や自衛官に動いてもらったら困るという話はご理解いただけたであろうか。

 ああ、誰もが必要にかられて義務を果たしているだけなのに、あっちを立てればこっちが立たない悲しきアンビバレンツ。使い方あってんのか知らないけど。

 だからこそカオジュラに一歩遅れて組織されたのが、正義の味方、ジャスティスオーダーズなのだ。

 彼らこそが、彼らだけが、カオジュラに対抗できる唯一無二の存在であると、国はあらゆる手を使って国民に周知した。結果として、警官や自衛官には、カオジュラが現れた時は、一般ピーポーの避難誘導だけにとどめるように、というお達しが下っている、というのが現状だ。

 そう、そういう現状で、うまいことお互いやりくりしていっていたはず、なのだけれど。

 

 ここにきてそうも言っていられなくなった、ということか?

 

 嘘でしょ勘弁してよ、という私の極めて正直な気持ちは、うっかりそのままばっちり顔に出てしまったらしい。マスター・ディアマンは苦笑を深めて、私を宥めるように「とりあえずコーヒーでも飲んで落ち着いたら?」とお優しいアドバイスをくれた。そのコーヒーを淹れたの私なんですけどね。

 しかし仰る通りではあったので、既に冷めつつある、頭痛を吹っ飛ばすようなブラックコーヒーを口に運んでいると、アキンドがまたフフフと笑った。シュッとした美形の妖しく艶やかな笑顔は眼福ではあるが心には優しくない。あなたがそうやって笑う時は大概ろくでもないことしか起きないんですよ。

 

「やっこさんは、今のところ、一つの組織だけ、と見てよござんすねぇ。とはいえそれも時間の問題で、第二、第三のパチモン……便宜上アタシやマスターは『イミテーションズ』と呼んでやすが、まあそのイミテーションズが増えていくのは目に見えてまさぁ。やらかしてくれていることも、銀行強盗ばかりで済んでいるうちはまだマシで、今後どうなるかはある意味未知数、厄介極まりないでござんす。裏で展開しているカオジュラグッズの売り上げにも影響が出てきているとなると、流石のアタシも黙っちゃおれませんぜ」

 

 おいこら本音が駄々洩れだぞ悪徳商人。グッズ展開ってなに。

 レディ・エスメラルダとして活動してる時、一部の一般ピーポーが、なんか物々しい蛍光グリーンのペンライト振り回してたり、やたらダサく『レディ・エスメラルダ』ってクソでかフォントで書かれたロングタオルを掲げてたり、あろうことか私のぬいぐるみを抱き締めてたりしたけど、もしかしなくてもあれか。あれなのか。

 奇特すぎる一部の層が勝手に作ってるやつだと思ってたけど、あれ、公式だったわけ⁉ せめて私に許可を取るべきはないのかそこは。ついでに私にもマージンが入るべきじゃないの? その辺を踏まえて黙ってたな悪徳商人め!

 スンッと半目になる私に、アキンドは笑みを深めた上で、わざとらしく表情を悲しく物憂げなものへと変えた。マスター・ディアマンとはまた異なる美貌の浮かべるその表情は世間一般的には魅力的なものなのだろうけれど、ここまで見慣れるともう嘘くさいとしか思えない。っていうか実際嘘でしかないでしょ絶対。

 

「アタシはウチの広報も担当してますけど、イミテーションズがやらかしてくれるアレソレで、ウチの評判はダダ下がりでござんす。もともと『悪の組織』だとはいえ、最近は度を過ぎているってネェ」

 

 いやはやいやはや、とわざとらしく溜息を吐くアキンドに、とりあえず「へー」と頷きを返す。

 ウチのパチモン、もとい『イミテーションズ』とやらがやらかしてくれていることは理解した。そのヘイトが、本来関係ないところにあるはずのウチに集まっていることも、まあ解った。なるほどなるほど、確かに頭の痛い案件である。

 ここまでオーケー、問題はその後だ。

 

「そこで“上”の方々が、我々にイミテーションズへの早期対応を命令してきてね。イミテーションズの愚行に対して、ジャスティスオーダーズも対応に当たっているとはいえ、何分イミテーションズが起こす事件が多すぎて、彼らだけでは対応しきれないと。警察や自衛隊を動かすわけにもいかないとは知っての通りだ。“上”の方々も、自分達が定めた規定で首を絞める事態になってしまいてんてこまいらしい」

「情けないもんだね。それで、『悪の組織』に『正義の味方』の真似事をやれって?」

 

 ハッとドクターが吐き捨てると、マスター・ディアマンは「そういうことらしいね」と穏やかに同意した。わざわざ『らしい』と付けているあたりに、彼自身はこの件についてあまり本気で取り合う気がないと見た。

 完全に他人事でしょしろくん。他人事だからこそ、逆らえない面倒ごとを押し付けられたのがものすご〰〰〰〰くお気に召していないなあれ。

 とはいえ、放置するわけにもいかないのも事実なのではないか。現実問題としてのっぴきならない被害を受けている人達がいるわけで、いくらビジネス悪の組織でも、流石に放置は……。

 

「僕としてはね、別に今回の件は、無理に従う必要はないとは思っているよ」

「えっ」

「だって、僕らがしなくてはならないことは、あくまでもカオスエナジーの収集だ。イミテーションズが何をしようと、僕らは僕らでカオスエナジーを集め続けるだけの話だよ。頭の悪い犯罪者の相手は、ジャスティスオーダーズにせいぜい頑張ってもらえばいいだけだ」

「ええええ」

 

 ね? と首を傾げて同意を求められましても。えっこれ同意していいやつ?

 うわ、ドクターは「馬鹿の相手なんてするだけ無駄。話が通じないもんな」とか言いながらうんうん頷いてるし、アキンドは「まあグッズ収益以外の手段はいくらでもありやすしね」とか言って懐から取り出したソロバンをはじき始めてる。どいつもこいつも人の心がないのか。

 いや私だって好き好んで自分からあんなアホな衣装に身を包んで犯罪に手を染める頭のおかしい人達になんて関わりたくはないけれども。ええええ。でも、でもなぁ。いいのかなぁ。

 

「ちなみにイミテーションズは、レディ・エスメラルダの海賊版グッズも出してるでござんす。解りやすく言えばR18指定の……」

「全部ジャスオダに任せるのがいいと思います‼」

 

 アキンドに皆まで言わせずピシィッと右手を挙げて宣言する私に、「そうだね」とマスター・ディアマンは満足げに頷いた。

 かくして、カオジュラ緊急会議は、『イミテーションズはこのままジャスオダに押し付けよう!』という結論でもって、幕を閉じたのだった。

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