わたしはデータ人

みらいつりびと

第1話 わたしはデータ人

 わたしはデータ人。

 人類は永遠の生命と地球環境の保全のため、データになることを選んだの。

 地上が肉体で生きていくのに適さない環境になって、100億近くの人が、データになった。

 

 わたしは電脳空間で生きている。その管理はAIがやっているわ。

 肉体があったとき、人は皆、個人だった。

 データ人になってからしばらくの間、100年か1万年かよくわからないけれど、個人という概念と存在は残っていた。

 でも個々のデータ思念がだんだんと融合していって、個人はなくなってしまった。

 

 だからわたしではなく、わたしたちと言うべきなのかもしれない。いまとなってはどちらでもいい。わたしとわたしたちとのちがいが、わたしにはもうわからない。

 肉体がなくなって、時間の経過もよくわからなくなった。

 データになって永遠に近い生命を得たのかもしれないが、わたしは多くのものを失った。たとえば、生きている実感とか。


 もはや死の恐怖も失われているわ。

 AIがデータを全消去しようと、機械が壊れて電脳空間の維持ができなくなろうとかまわない。

 まったく怖くないの。


 データ人には喜怒哀楽がない。

 データになってからしばらくはあったらしい。感情がいつ消えたのかよくわからない。


 さらに言えば、データ人は別に賢くはないの、残念ながら。

 さまざまなデータにアクセスすることができて、知識は豊富だけれど、知恵はむしろ減退したと思う。

 生きることが切実で、死が身近にあった方が、知恵は発達するもののようだ。


 わたしはあまり考えない。

 なんのために存在しているのかも、わからなくなってしまった。

 もう人ではないのかもしれないが、なにをもって人というのかもわからない。

 個人が存在していたときは、そういうことは哲学者が考えていたようだ。

 全人類のデータが融合したいま、哲学的データは全データの0.000001パーセントくらいだ。なきに等しい。


 わたしは生命ですらないわね。

 自己を複製してないから。

 生命の定義からはずれている存在。


 わたしはひとつだけ願いを持っている。

 肉体を持つこと。

 再び肉体を得て、生きている実感を取り戻したい。

 その後、死んだってかまわない。

 AIにその願いを送信してから、100年か1万年かよくわからない時間が経過した。

 わたしは返信を待ちつづけているの。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わたしはデータ人 みらいつりびと @miraituribito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ