(短編) 歯舞君は眼鏡っ子が好き

やまもりやもり🦎

―― 歯舞君は眼鏡っ子が好き ――

 俺は歯舞幸雄はぼまい・ゆきお、高校二年生だ。


 正直に言おう。俺は眼鏡っ子が好きだ。どちらかというとセルフレームよりもメタルフレームが好きだ。リムレスは邪道だという人もいるけれど俺は嫌いじゃない。ちなみに眼鏡で一番好きなパーツはノーズパッドだったりする。まあ、それはともかく。


 俺は同級生に猛烈に好みの眼鏡っ子がいる。


 普段はリムレスの丸い眼鏡をしている子なんだけど、眼鏡以外の部分もまたいい。ちょっと茶色っぽいショートボブ、というよりおかっぱの髪型がまた眼鏡に似合って愛らしいのだ。


 これが県立高校のちょっと野暮ったい制服に組み合わさるともう大変尊いものがある。


 まさにこれこそが俺の理想とする眼鏡っ子だ。実際のところ、崇拝していると言ってもいいぐらい。思うんだけど眼鏡に一番似合う髪型って絶対おかっぱじゃないだろうか。できたらモサっとした感じで、いかにも図書館に居そうならもう最高だ。


 しかも実際この子は図書委員だったりするわけで、それを知った時、俺は世界はあるべき姿をしていると感じたものだ。


 この子の名前は国後美紀くなしり・みきという。




 ところでこの国後さん、地味な雰囲気を纏っているけれど実はなかなかスタイルがいい。冬服のうちはクラスの男子は気付いてなかったようが、もちろん俺は四月の最初から気が付いていた。


 ようやく衣替え後の今となって、この事実はクラスの男子の噂にのぼるようになってきた。結局あいつらはバストサイズについて語るだけで、女性の本当の魅力に気付いていないお子様ばかりなのだ。


 とはいえ俺も別に競争率を高めたいわけでもなく、自分が先だなどと声高に主張するつもりはない。というか、そこには別の問題がある。


 実はこの国後さん、同級生に男の幼馴染がいるのだ。


 もちろん国後さんの同級生という事は俺とも同級生だったりするわけで、そいつは今も俺のすぐ近くの席でぼーっとラノベを読んでいる。


 この男、国後さんが声を掛けても普段から顔もろくに見ないで無表情に一言二言返すだけ。そのくせ一緒に弁当を食ってたりする。

 最初は何なんだと思ったが幼馴染とはそういうものなのだろうか。正直、幼馴染というだけでずいぶんとズルい。世の中は不公平に出来ているとはつくづく思う。


 それでもさりげなく聞いてみたところではこの二人、いつも一緒にいる割に付き合ってるとかではないらしい。実は世の中、捨てたものでもないかもしれない。




 四月の早い段階にして、俺はこのすぐ近くの席にいる国後さんの幼馴染、つまり大泊卓也おおどまり・たくやという無愛想な男子の「友達」になった。

 若干迷惑そうだったけどちょっと無理やりラインで友達登録させた以上はもう「友達」と呼んでもいいだろう。


 つまりこうなると、国後さんは俺の友達の幼馴染ということになる。もしかしたらそろそろ友達といってもいいのではないだろうか。そんなことを考えているところに、国後さんが登校してきた。


「たっくんおはよう」

「国後さん、おはよう!」


 いつものように国後さんが卓也に声を掛けたところに、素早く俺も声を掛けた。人間は毎日話をしているだけで相手に好意を抱く。単純接触効果というのはなかなか馬鹿にできないのだ。


「おはよう、歯舞君も」


 ちなみにたっくんとはもちろん卓也のことで、国後さんは幼馴染をあだ名で呼ぶ。もし俺が幼馴染だったらゆっきーとか呼ばれてたのかもしれない、そう思うと少しだけ卓也が羨ましいが、今は名前を呼んでもらえるだけでいい。


 俺の計画としては、まずは卓也と一緒に国後さんを遊びに誘い、頃合いを見てつり橋効果で印象付け、俺のことを気にかけてもらう。焦らず、じっくりと……



 ◇



 などと悠長に考えていたのは、二年生になってすぐのころだった。それからもう二カ月以上が経過した。


 正直なところ、ここまでなにも進展がないとは思ってもみなかった。卓也の人付き合いが酷すぎるというのもあり、三人で遊びに行く機会がまったくなかったのだ。

 話をしていても国後さんが卓也に話しかけてそのまま終わってしまう。キャッチボールにもなっていない。


 とにかくいまだに国後さんとライン交換すらできてないとか、一体どういうことなのか。




 ほんの時たま、国後さんは眼鏡を外す事がある。


 授業中に眼鏡を拭いている国後さんの姿が視界に入り、数秒の間だけ眼鏡を外した彼女をつい見つめてしまう。


「幸雄、ちょっと消しゴム貸してくれ」


 卓也の声で慌てて目を逸らした時、彼女の口元は微かに笑っているようだった。



 ◇



 夏休みも近付いたある日の事、国後さんが突然、眼鏡を掛けずに学校にやって来たことがある。


 みんなが初めて見た眼鏡をしていない国後さんは、やはり驚くほどの美人だった。


 もちろん俺にはそんなことはとっくに分かっていた。それがどうだ、今になってクラスの男どもはこぞって「あの美人は誰だ」とか、「あんな子いたっけ」とか噂をしている。


 まるでベタなラブコメだが、とにかくこの状況はよろしくない。クラスの何人かは既に動き出しているようだ。俺も焦って卓也に話しかける。


「お前と国後さんって付き合ってないんだよな。だったら」

「さあどうかな」


 普段は無表情な卓也もまた困惑を顔に浮かべていた。




 結局、次の日には国後さんはモサっとした眼鏡っ子に戻っていた。数日経った今となってはクラスの中は「あれは何かの間違いだったんだろう」という雰囲気になっている。


 俺はといえばなんであの日に国後さんが眼鏡を外していたのか気になって仕方がない。


 単にコンタクトレンズを試してみたかったのか、イメチェンしてクラスの反応を見てみたかったのか。


 それとも誰かを試したかったのか。


 図書室が似合う眼鏡っ子は、眼鏡を外しただけで俺たちを混乱に陥れていた。




 ある日、俺が登校した時、教室には国後さんがいて卓也はまだ来ていなかった。


 これはチャンスかもしれない。話しかける手順を頭の中で考えつつ、俺は自分から国後さんの席に近づいていく。


「国後さん、おはよう!」

「あ、おはよう歯舞君」


 いつもと同じ感じで彼女に話しかける。


「やっぱり国後さんは眼鏡が似合うね」

「歯舞君もたっくんと同じこと言うんだね」

「そうなんだ」


 やはり卓也もそう思ったのか。


「こないだ眼鏡してなかったよね」


 国後さんの口元が一瞬だけニヤリとした。


 俺は確信した。国後さんはわざとやっている。


「そういえば、歯舞君とたっくんって、いつも一緒にいるよね」


 今度は国後さんから話を振ってきた。


「え?、まあ、そうかな。友達だし」

「そっかー。やっぱりいいよね、男同士って」


 目の前でおかっぱ頭の眼鏡っ子が明るく微笑んでいる。彼女は一体何を考えてるのだろうか。


「でも国後さんと卓也も友達だよね」

「ほらでも、やっぱり男同士とは違うじゃない」


 どういう意味なのか。


「私の解釈だとたっくんが受けなんだけどね」

「え?」

「あ、たっくんも来た。おはよう!」


 結局この日もライン交換しようと言い出せなかった。



 ◇



「あれ?歯舞君じゃない。いま帰り?」

「え?、あ、国後さん!」


 放課後、駅ビルの本屋でばったり出会ったのは、いつもと同じリムレスの眼鏡を掛けた制服姿の国後さんだった。


 不意打ちを受けた心臓が唐突に高鳴ってくる。


「あー、えーっと、国後さんは今日は一人?」

「そうなの。たっくんが妹と先に帰っちゃって……」


 妹なんて家に帰ればいくらでも見れるだろうに。どうも俺には卓也の心理が理解できない。いや、そんな事はどうでもいい。


 今度こそ本当のチャンスかもしれない。


 俺は頭をフル回転させる。前回からこのためにシミュレーションを積み重ねてきたのだ。まずは慎重に話題を切り出して、


「国後さんって図書委員にも入ってるし、本好きなんだね?」

「うん、そうかな」


 眼鏡を掛けた国後さんの頭がうなずくとおかっぱの髪がかすかに揺れる。緊張で眩暈がしそう。頑張れ、俺。


「ところで国後さんって、どんな本読むの?」

「うーんと、最近は推理小説かな」

「そうなんだ」


 このパターンはシミュレーションにある。そう、ここで、


「俺も最近推理小説読もうと思っててさ、お薦め教えてくれない?」

「うん。いいよ、えーっと」


 せーの、


「教えてくれるのは後でいいから。ライン交換しようよ」


 つい早口でしゃべってしまった後、俺は国後さんの顔を見る。どうだろう、自然に聞こえただろうか。


「うん」


 国後さんの差し出したスマホに表示されたQRコードを、俺は震えそうな手でなんとかラインに登録した。


 そうだ、ここで何か言わないと……


 今まで頭の中で何度もシミュレーションを重ねてきたセリフを口にしようとする。でも何も思い出せない。


 ここで、何か、いや、何を言えば……


「えっと国後さん……」

「なに?」


 眼鏡を掛けた顔を傾けて、国後さんは上目遣いに俺の顔を見てくる。


 頭が真っ白になる。


 まずい、何を言えばいいのか分からない。でもここで諦めては終わりだ。頑張れ、俺。


 いや、だめだ。頑張れない。俺はだめだ……


「……なんでもない」

「そう?」


 駄目だ、俺の青春。


「そうだ、そういえば歯舞君さ」


 国後さんは口元に見たことのある微かな微笑みを浮かべていた。


「夏休みに、たっくんと一緒にどこか遊びに行かない?」


 彼女の目的がなんだろうとここで同意しない選択肢はない。


「もちろん!」




 足早に本屋から立ち去ってから、俺は大きく深呼吸をした。

 これだけ緊張したのは高校に入って初めてかもしれない。


 これからの夏休みを考えながら、スマホに登録された眼鏡っ子のアイコンをついニヤニヤと眺めてしまう。心の中に夏休みの妄想が込み上げてくる。


 いや、それは妄想ではなく現実になるかもしれない。卓也に負けるつもりはない。幼馴染は負けキャラと相場が決まっているのだ。


 俺の高校二年の夏は、ここから始まる。




― 歯舞君は眼鏡っ子が好き。おしまい ―



本屋さんでの美紀ちゃんのイラストはこちら

https://kakuyomu.jp/users/yamamoriyamori/news/16817330669064111722



美紀ちゃんについてもっと読みたい方はこちら。

長編「双子の義妹のどちらかがベッドにもぐりこんでくる」

https://kakuyomu.jp/works/16817330667406755788

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