第五十五話 罠を張る者たち

すっかり作戦会議室と化した、ホテルの商談エリアの三号室。

あれから毎日ここで『シェアリア対策会議』を行っていた。


私の隣にはアール。テーブルを挟んだ向かい側には、ディアスとジェームス。

霊能力者とエクソシスト、探偵に亡霊という、凄いのか何なのか、よく分からない組み合わせだ。




「私の方で現在の「シェアリア」の身体の持ち主が、元々は何者なのか、調査しました。

配られた資料①を見て下さい」


資料を元に、ディアスが説明を始めた。


「魂を食われる前の彼女の名は、エルザ。

十七歳で金銭的に豊かな商人と結婚し、イルソワールの高級住宅街に住んでいました。

普通の女性だった彼女が、結婚してから突然医術の才能に目覚め、勉強を始めたそうです。

おそらくその辺りで、乗っ取りが行われたのではないかと」


エルザの肖像画はジュリエナさんに見せてもらった、メイドのシェアリアによく似ている。

当時のシェアリアと違って、きちんとメイクはしているが。


「しかし五年ほど前に突然、家を出て行ったそうです。

十五年連れ添った夫を捨てて」


「ちょっと待って……!?

十七歳で結婚して、結婚生活が十五年で、五年前に家を出た……?

それじゃ、シェアリアの身体は、今、三十七歳なの!?

全然そんなふうには……」


「そうですね。長年生きて得た知識で、いろいろやっているんでしょう。

いつも金持ちばかり狙っているから、金がかかる方法かもしれません」


確かにジュリエナさんなんかも相当若く見えていたし、お金に糸目を付けない手入れがモノをいうのかもしれない。


「つまり、本人はかなり焦ってるな。

身内喰いの呪いを受けているなら、いつ命を落としてもおかしくない状態だ」


アールがテーブルの上で両手の指を組んだ。


「それならロビン少年は、ターゲットを外れましたね。

伯爵家のガードが堅いし、もう簡単に近寄れないでしょう」


言いながら資料のページをめくるジェームス。


「だったら、次は誰が狙われるの?」


大きな溜息を吐く私に、アールが言葉を放つ。


「……おそらく、今一番狙われやすいのは、マリーゼ、あんただと思う。

二十歳過ぎの若い女で、自分で商売をしてお金にそれほど困っていない。

しかも性格を把握できていて、扱いやすい人間……」


「まさか! だって、私はポルターガイストだって使えるし、幽体離脱すれば力だって強いし」


「でも、この間、取り逃しただろう?

あんたはあいつに苦手意識があるように見える。

あいつは人の心の隙を突くのが上手い。胆力が違う。

それに、あんたの魂を食えば、その力が手に入ると考えている気がするんだ。


ルサール邸で、あの時、俺にもシェアリアの魂が見えた。笑ってるところは見てないが……

ただ憑依を繰り返すだけでは、あれほどの状態にはならない。

魂を喰って、何らかの力を得ていると思った方がいい」


「いずれにせよ、相手のテリトリーに入るより、こちらの手の内に呼び寄せた方が有利なのは間違いありません。

逃げられないように罠を張りましょう」


私達のやりとりを黙って聞いていたディアスが話を本筋に戻すと、ジェームスが私の方を向いた。


「マリーゼ様、お願いします。囮になっていただけませんか。

あなたにとっても危険な賭けですが、普通の人間には頼めないことです。

無理にとは言いませんが……できることなら」


「分かったわ」


私は即答した。


「だって、他の人を囮にするなんてできないし……

そもそもこれは、私が自分の力で解決しなければいけないことだと思う。

スレア邸で出会ってからの、私とシェアリアの因縁、悪縁、宿命。

そういったものを、綺麗さっぱり片付けてしまいたい。

全てを終わらせたら、一からやり直せると思うの」


「大丈夫か?」


アールが心配そうに、こちらを見た。


「ええ……だけど、どうやって彼女を誘き寄せるつもりなの?」




「それなら、私がとっておきの案を用意しました」


ジェームスが微笑んで答えた。


「一からやり直しましょう」




***




(シェアリア視点)


ルサール邸から逃げた私は、マイケルとして住んでいる小さな下宿に戻った。

しばらく息を潜めていたが、追手は来ないようだ。

まあ、働いていた商会にも、この下宿の住所は正確には教えていなかったが。


ベッドから起き上がり、夜着のまま窓の外を窺う。

コップに注いだ水を飲もうとして、むせた。


ゲホッ、ゲホ、ゲホ……


嚥下力が落ちてきている。

そろそろこの身体も限界ね。

足元から黒い影が這ってくるような気がして仕方がない。


一刻も早く、次を見つけなくては……


この身体に宿ってから、ツキに見放されたかもしれない。

そもそもジュリエナの件でケチがついたのよ。


世間では年齢不詳で通ってはいたけれど、乗り移れば呪いで即死しかねない年齢だったとは。


次に狙ったのは子爵令嬢だった。

子爵家そのものは貧乏だったが、嫁入り先の伯爵家は大層な屋敷を構えている。


しかしその伯爵家も屋敷が立派なだけで、それ以外は大したことがない。

ターゲットにした令嬢も、痩せこけて貧相で、とても乗り移れる気がしない。


仕方がないから、最初は伯爵にかける予定だった生命保険を彼女に掛けて、金だけ持って次を探すつもりでいたのに。




……だけど、しばらく見ないうちに、あの奥さん、面白いことになってたわね。

見た目も良くなっていたし。




幽体離脱ね……ふーん……


楽しい実験がたくさんできそう。


次はあれに決めたわ。

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