第四十八話 身内喰いの呪い

目の前で苦しみ始めた公爵夫人……アールのお母様に、絡みつく黒い呪い。

一刻も早く、これを取り除かなくては!


他にメイド達がいるけれど、構ってられない。

私は、足をダン! と踏み鳴らす。

自分の身体が力を失い、その場に倒れ込んだのと同時に、私は幽体離脱した。


ふわりと宙に舞い上がると、彼女の首元に向かって伸びていく呪いの触手を引き剥がす。

剥がしたものを掴んだまま、そのまま後ろへ一気に飛んでいくが、触手は床から伸縮性があるのか、引っ張ってもちぎれない。


(何か、刃物のようなものは……)


慌てて部屋に駆け込んできたアールが、私に気付くと「剣を取れ!!」と叫んだ。


辺りを見回すと、壁に二本の大剣が交差するように飾られている。

掴んだ触手を床に叩きつけると即座に足で踏みつけた。


空いた両手で壁の剣の柄を握った私は、大上段に構える。やったことがないが、二刀流だ。

そして踏みつけた触手を、二本の剣でぶつ切りにしていく。


「@%$&*:!!!!」


触手が、絹を咲くような高い悲鳴を上げて、床下へと引っ込む。

私は剣を放り投げて、床板をすり抜けながら呪いの触手を追いかけようとしたが……

途中でビーンと引っ張られて、それ以上進めない。

身体から離れられるギリギリの距離まで到達してしまったようだ。

せっかく追い詰められると思ったのに……悔しい。




すごすごと自分の身体に戻ると、応接室には、お母様を抱き起こして必死に呼び掛けるアール。


「すぐ寝室にお連れしましょう!」


と人を呼びに行くメイド。


……そして。


「だ、大丈夫ですか? 今すぐ手当いたしますね?」


幽体離脱の際、テーブルに強かに頭をぶつけ、たんこぶを作って倒れた私を、介抱しようとするメイドがいたのだった。




***




「えーと、事情を説明してもらえるかしら?」


頭に白い包帯をぐるぐる巻きにされた私は、人払いをお願いして、アールに詰め寄った。


「あのトゲトゲの生えた、黒くて気持ち悪い呪いは何なの?

なんで、あなたのお母様があんな物に取り憑かれてるの?」


向かいに座るアールは、いつになく神妙な顔で、飲んでいたコーヒーカップをソーサーに置いた。


「もしやとは思ったが、あんたにもアレが見えるんだな。

あれは『身内喰いの呪い』だ。スレイター公爵家の所縁の者は全員呪われている。

いつから呪われているのか分からないくらい、昔からの呪いだ」


その後、彼から呪いの詳細を聞いて、身震いがした。

当主だけが百歳を超える長寿で、他は長く生きてもせいぜい四十代までという呪い。

そして一人死ぬごとに、公爵家としては大きな幸運が舞い込む。


いくら自分が長生きできたって、家族親族が早逝してしまうなんて、耐えられない。

しかも利益があったら、それを望んでいなくても、「身内を喰った」などと謗りを受けるのだ。


「今年四十四になる母が、そろそろ危ない。

何か幸運と呼べることがあったら、次に呪いが発動するのは母ではないかと思っている。

去年は領内で掘り当てた温泉を、わざわざ埋め直したりもした。


呪いを解きたくて、敢えてあんな仕事エクソシストをやってるんだ。

一族の中で霊感があるのは、後にも先にも俺一人だけ。

そのために、こんな風に生まれてきたんだろう。

一族のためにも、俺はこの呪いを解かなくてはならない」


目線を落として語るアール。彼が背負うものは、予想以上に重かった。


「私も協力するわ。ただ、今は……」


「分かってる。あんたは例の女を追っているんだろう?

こちらとしても、まだ呪いの解き方がわからない以上、手伝ってもらいようがない。

何か手掛かりを掴んだら、協力をお願いするよ」




***




「奥様に『どうぞお大事に』とお伝えください」


スレイター家の執事にそう告げ、私は宿泊先のホテルまで、アールに送ってもらうことになった。

もちろん自動車でだ。


私が霊力で静かにタイヤを走らせてきた時と違って、派手にエンジン音と排気ガスを出しながら走る車はガタガタ揺れて、そこまで乗り心地が良くない。

だけど、風に髪をなびかせるアールの横顔を見ていると、男の人はこういう『機械らしさ』が好きなんだろうな、というのは少し分かった。


公爵邸は一等地にあるので、中心街からさほど遠くない。あっという間にホテルの正面玄関に着いた。

ちょうど玄関には一台の辻馬車が横付けされていて、男性が降りてくるのが見える。


明るい金髪に、流行のスーツに身を包んだ、細身の男。手に提げた、黒いスーツケース。

あれは……


「ホイストさん! もう何か分かったの!?」


私は車の助手席から背伸びするように身を乗り出すと、彼に向かって、はたはたと手を振った。


「ああ、マリーゼ嬢! ちょうど良かっ……」


笑顔でこちらを振り返ったディアスの表情が、みるみる消えていく。


「何で、こいつが……」


彼の視線は運転席に注がれていた。

アールはディアスを無視するように、大通りの人混みを見詰めている。

ディアスは美しい顔を険しく歪め、つかつかとこちらに歩み寄ってきた。




「マリーゼ嬢、今すぐそいつの車から降りた方がいい。


……喰われますよ」

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