第四十七話 スレイター公爵邸
ディアスにシェアリア探しを依頼した翌日。
私はホテルの玄関付近をウロウロしながら、行き交う通行人の魂を見ていた。
「申し訳ございません、マリーゼ様。
私、本日は執務が多く、あなた様の市内見学に付き添うのが難しくなっております」
今朝のジェームスの言葉だ。
今日の彼は、帝都に入国してから得た資料の整理や、マリーゼ邸への経過報告等、細かい執務で忙しい。
「繁華街をうら若き女性が一人歩きするのは危険だから」と彼に諭され、本体は安全なホテルの部屋に残して、こうして一般人には見えない霊体だけで、首都の往来を眺めているのだ。
(それにしても、身体から二十メートルしか離れられないのって、けっこう不便だわ。
これがせめて百メートルもあれば、もうちょっと行動範囲が広がるのに……)
そんな愚痴をこぼしていると、大通りの向かって右側から、ブオンブオンと何かの唸り声のような音が近付いてきた。
(……あれ? この音、どこかで聞いたような……)
考えている間に、右の辻馬車の停留所の陰から、黒い箱型の乗り物が曲がってきて、私のすぐ目の前にユルユルと走ってて、そのままウンともスンとも言わなくなった。
「間に合わなかったか……
文明の利器といっても、これではな」
自動車の運転席からひらりと降りてきたのは、私にとって因縁のエクソシスト……アール・スレイターだった。
「アール! どうしたの!?」
自分が霊体だけなのを忘れて、思わず声を掛けてしまう。
一瞬キョトンとした彼は、私に気付くとバツが悪そうにした。
「あんた……こんなとこで、何してんだ?」
「シェアリアを探しにきたのよ」
腰に手を当てて堂々と答え、「自分こそどうしたの?」と質問返しをした。
アールは右手で額の一部を隠すように押さえながら、溜息をつく。
「ガス欠だ。これから自宅まで、コイツを押して帰らなきゃならない。
今回請けた除霊依頼で、けっこう派手な立ち回りがあってな、燃料が尽きちまった。
自動車はまだ、こっちでもほとんど普及してないからな。どこにでも燃料が売ってる訳じゃない」
「それはまた、何と言うか、お気の毒に……」
「そういうことだ。じゃあ、またな」
彼はジャケットを脱ぐと、シャツの袖を肘まで捲って、自動車を後ろから押し始めた。
これは、なかなか大変そうだ。
……そうだ!
私はそのまま舞い上がり、宿泊している部屋のソファに座っていた自分の身体に戻った。
隣の部屋のジェームスの部屋をノックして、出てきた彼に事情を説明する。
その足でホテルの入り口前に急ぐと、アールはまだ、さほど遠くに行っていなかった。
「アール、私が車輪を回すから、家まで案内してくれる?」
***
「それにしても……
エンジン音がしないのに、これだけのスピードで走る車ってのも、不思議なもんだな」
「静かだし、煙も出なくてイイじゃない。それより、曲がる時は早めに教えてね」
ポルターガイストの力で、車輪を回す私は、初めて乗る自動車にちょっと興奮していた。
馬車に乗る時はいつも小さな窓から横向きの景色を眺めている。
でも自動車は自分が進む方向の景色が、どんどん後ろに流れていって新鮮だ。
風防ガラスの横から顔を掠める風も心地よい。
「次の三叉路を右に曲がれば、すぐうちの屋敷だ」
「了解~!」
言われて右折した途端、目に入ったのは、とんでもない規模の豪邸だった。
思わず瞼をこすって、二度見する。
高い塀と針葉樹に囲まれた、お城のような大邸宅。
マリーゼ邸どころか、グランデ人形館と比較しても、倍以上の広さがありそうだ。
「まあ一応、帝国の筆頭公爵家の屋敷だからな」
あっけに取られる私に、アールが耳打ちした。
***
「いらっしゃいませ。
アールが女の子を連れてくるなんて、初めてだわ。
どうぞ、ゆっくりしていって下さいね」
「は、はい、恐れ入ります……」
私は、ガチガチに緊張しながら、カチコチのカーテシーをする。
本当はアールを屋敷に送ったら、自動車にたっぷり燃料を補給して、私を宿泊中のホテルまで送り返してもらい、それで終わりにするつもりだったのだ。
なのに、なぜ今、私は公爵家の優雅な調度品に囲まれて、フッカフカのソファに体を沈めているのか。
なぜ、とても美人で優しそうで上品なアールのお母様の向かいで、最高級のお茶を飲んでいるのか。
しかも、アールは「ガソリンを入れてくる」とか何とか言って、私一人でお母様の相手をしている。
な、何で、こんなことに……
しかし、理由はすぐに判明した。
「アールから聞いていたの、マリーゼさん。
あなたが、ラッシュの遺体を一緒に見つけてくれたって。
ずっと、お礼を言いたかったのよ。あの時に葬儀に呼べなくて、ごめんなさいね」
そうだ。アールのお母様ということは、ハンター先生……じゃなくて、ラッシュ・スレイター公爵令息のお母様でもある。
三人とも、緩くウェーブのかかった艶のある黒髪や、彫りの深い整った顔立ちが共通している。
「いえ、私こそ、ラッシュ様には患者として、大層お世話になりました」
「あの子は、本当に医者になっていたのね」
「はい、しかも腕の良さには定評があって、貧富の差に関係なく患者を診てらっしゃいました」
「そう……よかったわ。短い間でも、納得のいく人生を送れたようで……ゴホッ、ゴホッ」
お母様が急に咳き込み、苦しみ始めた。
「奥様!」
部屋の隅に控えていたメイドたちが駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫ですか!?」
どうしよう!? どこか悪いのだろうか?
私は急いでアールのお母様の魂の様子を見ようとして、衝撃を受けた。
彼女の魂と言わず、身体と言わず、棘がたくさん生えた鉄条網のような、黒い触手のような何かが、無数に巻き付いていたからだ。
普通の人の目に映らないそれは、どう見ても呪いだった。
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