第9話打ち上げ。意味深な一言

握手会場を後にすると神内未来と揃って街へ繰り出す。

「何が食べたいとかありますか?」

俺は神内未来に問いかけるとタクシーを拾うために車道の側で手を上げていた。

「やっぱり祝の日なのでお肉かお寿司ですかね」

「分かった。タクシーの中で予約取るよ」

「任せてしまって良いんですか?」

「うん。有名人御用達の場所があるんだ。身バレ防止になるし完全個室だから快適だよ」

「そうなんですね。他の配信者と食事に行ったりするんですか?」

「そんなに無いけど。時々ね」

「女性とも行くんですか?」

「いや、それは避けているよ。女性が来る時の食事会は参加しないようにしている」

「どうしてですか?」

「う〜ん。トラブルのもとかなって…考えすぎかもしれないけど」

「どういう意味ですか?スキャンダルを恐れていると?」

「違うよ。同じ配信者だとさ…酔って何か粗相をしたら暴露されそうじゃん。終いには話に尾ひれがついて拡散される。そういう一つの失敗だけで炎上する世界だから」

「あぁ〜。じゃあ配信者じゃない女性となら食事に行くんですか?」

「あまりないかな。この間、弱みのようなものを握られて…女性と水族館に行ったけど」

「ん?弱み?誰ですか?」

「麒麟の中に居るんだけど…まぁそっちは大丈夫だよ」

「大丈夫なんですか?私から釘を差しておきましょうか?」

「麒麟の中でもTOだもんね。本当に困ったら助けてもらうかもしれないけど。今は大丈夫だよ。ありがとう」

そこまで会話を続けた所でタクシーが目の前に止まり俺達はそれに乗り込む。

タクシーの中で店に予約を取ると幸運なことに空きがあったようだ。

予約が完了するとタクシーに揺られて目的地に向かうのであった。



神内未来と二人きりの打ち上げが始まると生ビール片手に乾杯をする。

最上位肉のフルコースを頼むと俺達は本日までの過密なスケジュールを思い出していた。

「今日まで本当にお疲れ様でした。本当に助かりました」

「いえいえ。私がしたくて名乗りを上げたことなので」

「でも…本当に色んなこと知っていますね。神内さんって職業は何なんですか?」

「個人で色々とやっているんですよ。ライターって言うのが本業かもしれませんが。とにかく伝手やコネが沢山あってですね。顔が広いと言うか…とにかく様々な業種の人と知り合いなので話をたくさん聞かせていただいているんですよ。だから結構いろんな知識があるだけですよ」

「凄いですね。知識だけじゃなくて…それを自分のものにしているのが凄いところだと思います」

神内未来を褒めちぎると彼女は嬉しそうに表情を崩して破顔する。

「麒麟児にそこまで言われると…照れます…」

「でもどうして俺のファンになったの?」

「んん〜?なんて言えばいいか…皆、同じ様なことしか言えない世の中で麒麟児だけはそこに切り込んでいたと思うんです。暗黙の了解で口を噤んでいた場所に麒麟児はメスを入れた。そう思うんです。あの時の動画は本当に衝撃的で…震えました」

「そうかな。皆思っていそうな事を言っただけなんだけどね」

「それを言えない世の中だったじゃないですか。何となく風潮的に…そこに一人ではっきりと切り込む姿に本当に憧れました。あの日から退屈だった日々が刺激的になって。ただの一日で私の人生の全てが変わったような不思議な体験でした」

「大げさじゃない?大したことしてないよ」

「大したことした人は皆そんな事言うんですよ。当然なことをしただけとか…でも実際はその人にしか出来ないことを成し遂げているんです。本当にそういう人を尊敬します。私は麒麟児を尊敬しているんです。私は尊敬できる人じゃないと恋に落ちることはないので…」

「そう?そこまで言ってもらえると気分がいいな。ありがとう」

「いえ…私こそ…同じ空間にいられるのが信じられないほど光栄だと思っていますよ」

「ありがとうね」

俺達はフルコースの肉料理を堪能しながらお酒を片手に夜遅くまで本日の打ち上げを行うのであった。



全ての料理を食べ終えた俺達は今後のことを話し合った。

「神内さんが良ければ何だけど…」

そう前置きをして相手の様子をうかがっていた。

彼女は首を傾げているので俺は続きを話す。

「良ければ俺の専属マネージャーをやってほしいなって…」

「本気で言っています?」

「うん。今日までの仕事ぶりを見てそう思ったんだ」

俺は正直な思いを彼女に伝えると神内も少しだけ悩んだような表情を浮かべる。

「側にいられるってことですか?」

「そうだね。良ければ頼みたい」

「お給料とかいらないので…これからも一番近くで応援したいです。それがマネージャーという立場なら。喜んで」

「良かった。じゃあ頼むね。色々と仕事の企画だったり俺の世間への見せ方も一緒になって考えてほしい。良いかな?」

「プロデュースも兼ねるってことですか?」

「重たいかな?」

「いえいえ。喜んで。これからの毎日も楽しみになりました」

「そう言ってくれてありがとう。助かるよ」

「はい。では明日から早速お仕事一緒にしていきましょう。今日は遅いのでそろそろ帰りますか」

「うん。じゃあタクシー呼んで帰ろうか」

「はい」

そうして俺達は会計を済ませるとタクシーに乗り込んで各々の帰路に就くのであった。



「私…このままじゃ…壊れるかも…」

南翠からの意味深なチャットが届いて…。

物語は動き出そうとしていた…。

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