第3話TOの未来人さん

「夜になると壁を叩く音とか玄関の扉をノックする音が…ここ最近毎日続くの…怖くなって警察に通報するんだけど…不思議なことに隣の部屋は空き家で…玄関に人の姿は無いんだって…これって幽霊の仕業かな…?私…呪われてる…?」

ある日の夜のこと。

南翠からその様なチャットが届いて俺は頭を捻らせた。

「うーん。空き家っていうのは怖いね…玄関の方はもしかしたら何かしらのイタズラかもしれないけど…。心当たりはない?」

南翠に促すように答えを求めると彼女は罪の告白をするようにして答えた。

「多分…元カレの誰かの仕業だと思うんだけど…」

「元カレ?付き纏うような性格の人が居たの?」

「いや…それはどうかわからないけれど…」

「じゃあ何で元カレの仕業だって思うの?」

「それぐらいしか心当たりがなくて…」

「女友達とかは?可能性もない?」

「うん。女友達には十分気をつけて接しているから。女は怖いからね。影で何を言われるかわからないから…いつも良い顔をしていたよ。だから嫌われているとは思えない」

「そっか。男性にもそういう態度でいたら…今回みたいな件は起きなかったんじゃない?」

「そうだけど…もうそれはタラレバだから…」

「これからは気を付けるようにして…引っ越しを考えたらどう?危ない目に合う前に」

「うん。そうする。話を聞いてくれてありがとうね」

「いつでもどうぞ」

素知らぬふりをして加害者は僕ではないとしっかりとアピールをする。

きっと南翠も僕が加害者を先導しているなどと思っても居ないだろう。

思われては困るのだ。

まだまだ復讐は完遂されていない。

これからも彼女を苦しめないと溜飲は収まらないのだ。

怒気全開の狂気が僕の心を蝕むとそのまま全身を駆け巡るような感覚を覚えていた。

心臓はやけに静かに鳴っていて血液がマイナスの温度まで冷え切っていくような不思議な感覚だった。

視界は妙にクリアで思考は高回転数でぐるぐると回っていた。

怒りが沸点まで到達すると人は思いの外クールなのだとこの時、俺は初めて実感したのだ。

別に夢を笑われただけだし小馬鹿にされて捨てられただけだ。

何も復讐を考える必要など無い。

そう思われるかもしれない。

だが…そうじゃない。

何故なら他人の夢を笑うと言うのは大罪そのものなのだ。

例えどんな人間にも自分の夢を笑わせてはいけない。

他人の夢を笑ってはいけないのだ。

プライドを掛けて死力を尽くして努力している人間を笑える人など居やしない。

皆同じ人間同士なのだから…。



「無言電話と知らない人から怪文書が何件も送られてくるんだ…。警察に相談に行ったんだけど…無言電話と怪文書ってだけで実害は無いから電話番号とアドレスを変えるって形で対応してくださいって投げ出されたんだ…。私…怖くて…どうすれば良いのかな?」

ある日の夜のこと。

南翠は正体の分からない相手に本気で恐れ慄いているようだった。

俺は内心ほくそ笑みながらもガチ恋勢のやりすぎな行為に少しだけ心が竦んでいた。

「どうするもね…加害者の正体が分からなければ…手の打ちようがないよね」

「警察も同じ様な事を言っていたよ…被害が出ないと警察は動いてくれないのかな…?」

「そんなこと無いと思うけど。明らかな証拠のような物があれば動いてくれるんじゃないかな」

「そっか。じゃあ対策すれば良いんだね」

「そうだと思うよ。怖いと思うけど…どうにか自分で対策して」

「うん。相談に乗ってくれてありがとう」

南翠のチャットに適当なスタンプを押してやり取りの終了を告げた。

本日も配信を行うと終わり際にアナウンスする。

「今日もメン限あるから。良かったら」

アナウンスを終えた俺は一度離席してホットココアを作る。

小休憩中にそれを飲んで一息ついているとメンバー限定のチャット欄を覗く。

「麒麟児の元カノになにかした人って本当に居るの?」

「いや。今のところは何も」

「犯罪にならない程度でやっている人なら居るんじゃない?」

「監視とか?ストーカー的な?」

「そうそう。嫌がらせ程度のこと。精神的に参らせるパターン」

「麒麟児のファンが捕まったら…迷惑かけることになるよね」

「そうだよね。だから公式に謝って貰いたいよね。謝らせに行く?」

「その事実をどうやって公開するの?」

「録音して公開すればいいじゃない」

「なるほど。それを誰がやるの?」

「やっぱり…TOの未来人さんじゃない?」

「未来人さんが動くかな?投げ銭するだけで余計な関わりを持つ人じゃないし」

「望み薄だね。誰かやってくれないかな?」

「別に私がやってもいいけど?」

「未来人さんだ!」

「本当ですか!?やってくれますか!?」

「うん。皆が私を麒麟児のTOって認めてくれるのであればね。率先してやるよ」

「じゃあお願いしてもいいですか!?」

「もちろん。少しの間だけ待っていてね」

「はい。お願いします」

コメント欄は賑わっており俺はそれを一つ一つ確認していた。

どうやら俺のTOである未来人が謝罪の音声を取りに行くらしい。

何事も問題が起こらなければ良いのだが…。

メン限の配信開始ボタンを押すと話は始まる。

「なんか色々と動いてくれている人が居るみたいで。元カノからも毎日の様に相談のチャットが届くんだ。直接危害を加えるような事は絶対にしないでね。皆の身を守ることは俺には出来ないから。自分の身は自分で守ってほしい。情けない様な言い分にも聞こえると思うけど…俺のファンの数を知っている皆になら分かると思うけど。俺の身体はどうしたって一つしか無いからさ。全員を同時に平等に守ることは不可能だから。ごめんだけど…分かってもらえると嬉しいよ」

「麒麟児は気にしないで」

「元カノのことで煩わしい思いはさせないから」

「私達を信じていて」

「大丈夫。そんな馬鹿じゃないから」

「安心して。大丈夫だよ」

その様なコメントを目にした俺は本日もメンバー限定の歌枠配信を開始するのであった。

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