すれ違い☆ヒーロー

青樹空良

すれ違い☆ヒーロー

「今年こそ変われますように! 全然違う私に変身できますように!」


 初詣というには、ちょっと遅くなってしまったけど。

 私は近所の神社で必死に祈っていた。


「そして、井上いのうえ君と話したり出来ますように!」


 これ以上ないってくらい深々と頭を下げてから、私は顔を上げた。

 1月と言っても、すでに学校も始まった平日の夕方だ。

 周りに人影は無い。

 こんな時にお参りに来るのは、よほど信心深いお年寄りか、私みたいに神頼みでもするしかない恋する乙女くらいかもしれない。

 だからこそ、誰にも邪魔されず思いっきり願い事が出来るわけだけど。

 はあ、と私はため息を吐く。

 片思いを始めてから、もうすぐ一年経ってしまう。

 それなのに話し掛けることすら出来ない。

 元々、すごく人見知りする性格だし、誰にでも話し掛けられるような明るい性格でもないし、特別に可愛いわけでもないし、ちょっとオタクだし。

 しかも、井上君を目の前にするともう緊張しまくって頭の中真っ白になっちゃうし。

 そんな私が変わりたいと思ったら、神頼みくらいしかないんじゃない?

 そう思って、学校の帰りに寄ってみたわけだけど。


「そう簡単に、変われるわけないよね……」


 思わずため息なんか吐いてしまう。

 とぼとぼと私は神社の鳥居をくぐった。

 神頼みなんかですぐに願いが叶うものなんかじゃないって、そんなことはわかっている。

 だけどさ、だけどさ。

 ちょっとは期待してみたくもなっちゃうじゃないか。

 だから、みんな初詣とか必死でお参りに来ているんでしょう?

 でも、もしかしたら、すごい神パワーで明日になったら井上君といきなり話せるようになったりして!?

 ものすごいパワースポットでもなく普通に近所の神社だけど。


「いやいや、ないない」


 だけど、ちょっとだけ、一言だけでもって期待してしまう。

 そして、


「え?」


 視線の先に、見つけてしまった。

 見間違えるはずがない。

 どんなに遠くたって、多分見つけられると思う。

 校庭で全校生徒がずらっと並んだ中学校の創立記念にもらった下敷き。

 あの中にいる米粒みたいな井上君の写真が、私の宝物なんだから。

 学校外で姿が見られるなんて!

 私服姿もかっこいい!!

 マウンテンバイクに乗って道の向こう側を颯爽と走っている。

 あ、行っちゃう。

 私になんか全然気付いてくれない。

 でも、姿が見られただけで、神頼みしたかいはあったのかな。

 で、


「あ」


 マウンテンバイクで走る井上君の後ろから大きなトラック。

 なんか、動きが変?

 ちょっと待って、運転席のおじさん、スマホ見てて井上君に気付いてない?

 

「井上君!!」


 思わず私は叫んだ。

 私! 井上君に声かけれた。

 自分で自分にびっくり。

 神頼みのおかげ!?

 って、そうじゃなくて、聞こえてない!?

 あ、ちょっと。もしかして、イヤホンしてて聞こえてない!?

 このままだと、井上君がー!!

 ドラマみたいに走って突き飛ばして助けられるような距離じゃない。

 私にそんな身体能力も無い!!

 どどど、どうしよう!

 おろおろとしていたとき、目の前でなにかめちゃくちゃ眩しい光があふれた。


「ほら、早く彼を助けるカー!」


 すぐ近くで子どもみたいな声が、そんなことを言った。

 彼って、井上君のこと?

 助けるって、どうやって?

 さっきの光のせいで目がよく見えない。


「間に合わなくなっちゃうカ-!」


 私はハッと、顔を上げた。

 トラックが井上君に迫っている。

 本当にこのままじゃ……!

 気付いたら、飛び出していた。

 あれ?

 なんだか身体が軽い。

 というか、私、ものすごい距離をジャンプしてない?

 一度地面を蹴っただけなのに、井上君がすぐ目の前に??

 しかも、井上君、まだ気付いてない。

 ええい、こうなったらもうヤケだ。

 井上君を抱えて飛ぶ。

 飛んだ。

 そして、ごろごろと地面に転がりながら着地。

 い、生きてる。

 二人とも。

 ちょっと痛いけど。

 トラックはすごい音を立てて走り去ってしまった。

 とりあえず、無事でよかった。

 って、井上君と密着してる-!!

 私は慌てて、井上君から離れる。

 井上君がびっくりしたような顔で私のことを見ている。

 え、ちょっと。

 私、もしかして、すごいことしちゃってない?

 ええと、走って逃げた方がいい?

 そう思っていたんだけど、


「あ、ありがとうございます!」


 いつの間にか、井上君が私のことをキラキラした目で見ていた。

 なんで敬語?

 もしかして、同じクラスだってこと知らない?

 認識すらされてなかった?

 確かに、見てるだけしか出来なかったけど。

 それにしても、井上君ってこんな顔するんだ。

 散歩に連れて行ってもらえることを察知したときの犬みたいな。

 いつもクールだと思ってたのに。

 いや、悪くはない。

 むしろ可愛いけど。


「本当にヒーローっているんですね!」

「は?」


 ヒーロー?

 何を言っているんだ、井上君は。


「そう、ヒーローだカー!」


 答えたのは私の横にちょこんといる烏だった。。

 しかも、得意そうに胸を張っている。


「わあ! しゃべる烏まで! す、すげー!!」


 いや、そうだ。

 井上君と密着してたショックで忘れてた。

 お前、誰なんだ。しゃべる烏。

 さっきの子どもみたいな声はこの烏だったようだ。

 烏だから語尾にカー?

 それにしても、井上君、動じなすぎ。

 で、ヒーローとは。

 首をかしげると、近くのカーブミラーが目に入った。

 映っているのは二人と一羽。

 井上君と、……戦隊もののレッド?

 ん?

 あれって、私の立ち位置なんじゃ???


「はー!!?」


 恐る恐る下を見て、思わず奇声を発してしまった。

 いつの間に着替えたのか、全身タイツみたいなヒーロースーツになっている。

 この、私が。

 しかも、なんか体型が男性っぽくない?


「どうしてびっくりしているんだカー? さっき変身したいって言ってたじゃないカー」

「は?」

「ほら、神社で願い事してたカー」

「あーーーーーーー!!!!」


 って、変身てそういう意味じゃなーーーーーーーい!

 つか、さっきめちゃくちゃな跳躍力を発揮できたのはヒーローになったせいかー。

 そうかー。

 だから、そうじゃなーーーーーーい!

 つーか、私イケメン声じゃない?

 やっぱ、男になってない?

 まあ、どうせなるならレッドやりたいけど。

 ……いや、そうじゃなくて。


「ホントにすげ-! すげー!」


 井上君はというと、私たちの会話すら耳に入っていないみたいだ。

 まさか、こんなにヒーローが好きだったなんて……。


「本当にありがとうございました! まさか、ヒーローに助けられるなんて。あ、あの、握手してもらっていいですか?」

「え゛、あ、ああ、もちろん!」


 ダメだ。

 思わず、ヒーローになりきってしまった。

 もうこうなったらヤケだ。

 ヒーローらしく、かっこよく手を差し出す。

 実は昔から弟に付き合って、テレビも一緒に見てたし、ヒーローショーなんかも行ってたし、なんならヒーローごっこなんかもノリノリでやってたから、振る舞いには問題が無い!


「やったー!」


 井上君が私の手を両手で包み込んで、ぶんぶんと上下に振る。

 ああああああーーーーー!

 井上君の手がー!

 手がー!


「あのっ、また会えますか!?」


 そして、期待に満ちた目でわたしを見てくる。

 うっ!

 ………………。


「また会おうっ!」


 切れのいい動きで私はその場を逃げ出した。

 だって! だって!

 好きな男の子に見つめられて、手なんか握られて平静でいられるかー!


「すごいカー! ばっちり変身できたカー!」


 物陰に隠れると、まだ隣にいた烏が言った。


「うん、変身ね……」


 いや、そうじゃないんだけどね。


「てか、誰?」


 烏に誰って言うのもおかしいけど。


「僕カー? 僕はそこの神様の使いカー。さっき必死に変身したいって願い事してなかったカー?」


 烏がクリンと首を傾げる。

 いや、うん。

 変身したいとは言ったけど。

 なんか、違う。

 でも、ま、井上君を助けることも出来たし、話すことも出来たし……。

 いつもと違った一面も見れたし、意外と可愛かったから。

 てか、これ夢かな?

 なんて、思っていたら、


「さてと」


 烏がこほんとせき払いする。

 鳥ってせき払いできるのか。

 烏が息を吸い込んで、


「まさか、選ばれし者が自ら来てくれるとは驚いたぞ。この町内は、悪の組織に狙われているのじゃ。そなたはその組織と戦う使命を持った者なのじゃ。だが、敵の正体はまだ明確にわかってはいなくてな。この町内では最近おかしな事件が起こっているのじゃ。そこでそなたを最近ちまたで流行っておる戦隊ひぃろおの姿にしてやったぞ。それなら戦いやすかろう。変身したいと言っておっただろう? では、町内の平和は頼んだぞ」


 一息に言った。

 しかも一方的に。

 最後ぶつっと切れたような音がした。


「と、これは神様のお言葉だカー」


 うん、口調が違うと思った。

 え、なに、通信?

 ていうか、町内?

 世界じゃなくて?


「あの、選ばれし者とか、ヒーローとか、悪の組織とか、なに?」


 頭が混乱する。


「そうだカー。オイラがサポートするかこれからよろしくカー」


 いや、色々ツッコみたいところはあるんだけど……。


「まず変身って、そういうことじゃなーーーーーい!!」


 町内に無駄にいい声がこだましたのだった。




 ◇ ◇ ◇




 さっきのことを考えると、顔がにやけてくる。

 マウンテンバイクを漕ぐ足が軽い。


「うわー! 本当にヒーローっているんだ! マジか!」


 シャッターがほとんど閉まっている商店街の片隅。

 今にもつぶれそうな和菓子屋の裏手に回ってマウンテンバイクを止める。

 俺の家だ。

 思い出しただけで、笑いがこみ上げる。


「握手してもらっちゃったな。しばらく手、洗わないでおこうっと」


 ガチャリと、玄関の扉を開ける。

 瞬間、周りの景色が様変わりする。

 商店街に溶け込むなんでもない家のドアの向こうが、異空間に繋がっているなんてご近所さんは知らない。


「おかえりなさいませ」


 頭を下げる怪人の方を見もせずに、持っていた鞄を預ける。


「つかさ、悪の組織の家ってなんでこんなおどろおどろしいわけ? 別にもっと明るくしてもいいだろ? 何この紫色の岩。あと、なんでいつもスモーク焚いてんの? ヒーローの基地は明るくて謎の機械とかいっぱいあってかっこいいもんなのにさ。大体、こんな家じゃ友達も呼べないし」


 自分の境遇にため息を吐く。


「あーあ。さっきのヒーローはめっちゃかっこいい秘密基地とかあるのかな」

「何を言っているアンコスキーよ! なぜヒーローなどにうつつを抜かしておるのだ! お前は、悪の幹部なのだぞ! このアズキエンパイアの暗黒皇帝アンコクウの息子なのだぞ!」


 親父は、仰々しくゆっくりと歩きながら岩場の向こうから登場したかと思うと、俺の趣味にとやかく言ってくるし。

 いつも、なんか変なメイクしてるし、ごてごての謎の服着てるし。


「いつも言ってるだろ。俺、まだ学生だから学校とか忙しいの。幹部とかやってる暇無いんだって。んじゃ」

「ま、まて、息子よ! ちょっ、こら! マサヨシ!」


 それ以上聞かずに、俺は親父に背を向けて自分の部屋へと向かう。

 とにかく、俺は悪の組織なんかよりヒーローの方が好きなんだ。

 だというのに、この家庭環境は最悪だ。

 それにしても、さっきのヒーローだ。

 この町にヒーローがいるなんて知らなかった。

 レッドがいたってことは、残りの4人もいるんだろうか。

 想像するだけでわくわくする。


「また会いたいな」


 はあ、と恋するようにため息を吐いて、俺、井上正義は思うのだった。

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すれ違い☆ヒーロー 青樹空良 @aoki-akira

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