恋色ドロップキック!

神在月

第1話

 大学生の頃、一度だけライトノベルの挿絵の仕事を貰った事があった。


 当時は丁度ライトノベルってジャンルが流行り出した時期で、まあ言い方悪いが結構色んな作品が乱立してさ、挿絵描く人間が足りなくなったりで、そっちの新人賞とかもそこそこの頻度であったから、私もそれに送った訳でよ。

 賞の結果は佳作だったけど、見込みありと思われたのか純粋に人手不足だったのか、新人作家の挿絵の仕事を貰えたんだ。


 正直、滅茶苦茶嬉しかったのを覚えてる。一巻で完結の作品だったけど、売上良ければシリーズ化するかもって話で、此処で力を見せられれば自分もと思ってさ、夜も寝ないで全力で描いたよ。


 ――でもまあ、駄目だった。


 売上自体は悪く無かったみたいなんだが、シリーズ化できるほどでも無かったらしい。正直凹んだが、まあ元々一巻完結の物だったんだから、それは良いんだ。


 だけど、ちょっと購入者からの評判をネットで調べた時に、見ちまったんだよ。

 

 『キャラの個性と挿絵の個性が合ってない』『挿絵がエロに振られてて下品』『胸がデカすぎる、ギャグだろコレw』


 参った。


 私さ、昔から絵を描くのが好きだったんだ。


 といっても、美術の授業でやるような本格的な絵画じゃなくて、俗に言うイラストとか、そっち系の話。

 アニメのキャラを自由帳に落書きしてたらクラスメイトに褒められて、気が付いたらずっと絵ばかり描くオタクになって居た。さして珍しい物でも無い、良く聞く話だ。


 ただ、私の場合は、それが大きくなっても変わらなくてさ。


 高校も帰宅部で、家に帰ったら本読んでアニメ見てひたすらイラスト描いて、そんな事してっからクラスでもビミョーにハブられ掛けたけど、エロ絵描いたら男子連中が『神!!』とか言って崇めだしてなー。

 そしたら絵で男子に媚び売りやがって、とか言ってくる女子も居たけど、そいつらも性癖掴んでBLネタのエロ描いてやったら懐柔出来たからやっぱペンは剣より強いわな、剣突っこんだらアウトだけどペンならセーフだしな、――違うか。


 結果一年に三回くらい生徒指導に『R18は頼むから止めてくれ……』って泣きつかれたけど、私じゃ無くてクラスの連中に言えよそれ。


 つーか私のイラストがエロ方面性能高いの、この頃そんなんばかっか描いてたからじゃねぇかなコレ? やべえ、今明かされる衝撃の事実だ、もっと清楚系描いとくんだった、委員長モノとかな!!


 まあそれは置いといて、進路どうすっかなーってなった時、親が、『本気でやるなら応援するけど、取り敢えず大学行って就職はしておけ』って、入学祝いにPCとペンタブ買ってくれてさ、私も流石にイラスト一本で生きてけるのは一握りなのは分かってたから、現実見て大学通いながら本とか買ってイラストの勉強して、挿絵の仕事をしたのもその頃だ。


 その仕事の後も、担当してくれた編集の人はまた仕事振ってくれようとしたんだけどさ、ちょっとダメージデカくてそれ断って、就活もあったし、一年くらいイラスト描かなかったんだよな。


 微妙に単位危うかったけど、何とか地元の残業少ない企業に就職できてよ、時間取れたしイラスト再開するかってなった時、『胸がデカくて下品なら、いっそガチでエロ描くか!』って思ってさ、イベント――年二回のアレな? で当時推してた作品の二次創作エロイラスト集出したら結構売れて焦った、なんで就職二年目で確定申告とかしてんだ私。


 でまあ、もともと素質があったのと、挿絵の時の反動で結構特殊性癖系の方向に進み始めちまってな、ネットで作品見て買いに来てくれた人が、大体『うそ!? 女性だったんですか!!?』って驚愕するまでがワンセットだ。

 あからさまにセクハラしてくる奴も居たけど、なんで男ってのはエロ描いてんのが女性だとイケるって思うんかね? 創作と作者一緒にすんじゃねえよ、それならお前私の本の中の事出来るんか? 少なくとも触手になってから出直して来い馬鹿野郎。


 ちょっとヤバかったのは、イベント出る様になって三年目の夏、イベント終わって、知り合いたちと打ち上げした帰り道、どうもファンらしいオッサンに襲われた。

近道しようと裏道歩いたのが良くなかったな、いきなり路地裏に連れ込まれて、酒入ってるしまともに抵抗できなくてさ、服に手を掛けられた時はリアルに血の気が引いた音がしたよ。

 

 そしたらオッサン、急にこめかみにドロップキック喰らって吹っ飛んでってさー。


 大丈夫ですか!? って、ドロップキックかましたやつがこっちに言うんだけど、向こうでオッサンの首が変な方向むいてるし、多分そっちの方が大丈夫じゃ無かったと思うんだよな。

 そのまますぐに警察が来て、事情聴いたらどうも私の後ろをオッサンが居酒屋の後から尾行してたらしくて、ドロップキック君は警察に通報してから二重ストーキングしてたらしい。


 で、私が押し倒されたから思わずドロップキックかましたと、うん、警察の事情聴取で聞いた時に思わず爆笑したよ。だってオッサン首の骨軽くやってて全治三か月って言われてたからな。

 まあ、そこは最初に通報してたのと、私の証言もあったからドロップキック君は問題無しで、オッサンの方は一応執行猶予付いたが……、うん、妥当な結果だろ。おかげでしばらく夜道を歩けなくなったしな、私。


 というかそのドロップキック君なんだが、どっかで見たことあるなーと思ったら、最初のイベントの時から私の本を買ってくれてる常連さんでさ。おいおいこいつもストーカーしてたんじゃ無いだろうなと一瞬思ったが言わなかった、一応恩人だしな。


 それにぶっちゃけ、当時の私がイベントに出続けていられたの、ドロップキック君のおかげでもあったんだよ。

 

 初めてイベントに出た時、流石に初参加だし、本は二十部しか刷ってかなくてさ、当時は今と違ってネットでも特に宣伝はしてなかったから売れるかも分からなくて、まあ、不安感はあった。

 そしたら、開場してすぐのタイミングでそいつが走って来てさ、『新刊まだありますか!?』って、おいおい私は壁サーでも何でもねぇよって、そもそも開幕ダッシュするんじゃねぇよマナー守れよって。

 ともかく新刊渡して金受け取って、流石に不思議に思ったから、何で最初にうちに来たのか聞いたら、ちょっと悩んだように唸ったあと、こう言ったんだよな。


「先生の挿絵、好きだったんです!」


 ってさ、いやまあ、確かにペンネームそのままでやってた私も悪いけど、まさかそんな事言われるとは思って無かったから、思わず『はぁ?』ってドス聞かせて言っちまって申し訳なかった。一瞬引いてたもんなアイツ。

 

 でも正直、救われたよな。


 情けない話だけど、あの時のネットの反応見て以降、どっかでイラスト描く事が怖くなっててさ。


 なにせ、私が挿絵担当した作者、それ以降新作出してないみたいでな。理由は分からねえけど、もし、私が見た様な感想をそいつも見て居たのなら、私がもっと頑張ってれば、――否、私じゃない、もっとあの作品に合った奴が挿絵を描いてれば、そいつは今も書き続けてたかも知れなくて、そう思ったら尚更、――お前の絵は要らないって、無価値だって、そう全員から思われてるみたいで。


 けど、そうじゃ無かったんだなって、……誰か一人でも、私の絵を好きだって、そう言ってくれる人が居たんだなって思ったら、ちょっと泣きそうになってさ、私の本大事そうに抱えて歩いてくドロップキック君(ドロップキック前)が居なくなってから、ちょっと顔押さえて蹲ってたら両横のスペースの人に心配されて超焦った。

 

 でまあ、何だかんだで持って行った分は完売して、その後も売り切れでショック受けてる人来たりで、なんだ、私、まだイケるじゃんって、そう思えて、だから私は、今もイラストを描き続けてるし、イベントも出てる訳だ。


 ドロップキック事件の後も、ドロップキック君はうちのサークルに毎回来てくれてさ、特に贔屓したり、連絡先聞いたりはしてなかったけど。

 彼が来て、新刊手に取ってくれるのが嬉しくて、一瞬視線が胸に行くのもあいつに関しては許すっていうか、あいつ来た時だけちょっと胸元緩めたりしてな、いや、贔屓かコレ?


 まあいい、私の胸よりイラストの胸を見ろって、そう言う話だ。どうも軽く立ち読みしてく反応見るに、ドロップキック君はデカイのが好きみたいでな、いい趣味してるぜ、私も結構デカイしな。

 

 それでまあ、横に捌けてその場で買った新刊軽く読んでくんだが、その時の反応見ながらちょっと次回作の構想練るのが毎回のお約束になってるんだよな。

 お、今回の触手は当たりか? とか、もうちょい激し目もよさそうだなとか、ああ、うん、贔屓だなこれ。――ぶっちゃけ、何処か彼に読んで欲しくて描いてる所があった。オリジナル物は特に。


 だけど、今年の夏、ドロップキック君は新刊を買いに来なかった。


 まあ最近はネット委託もしてるし、忙しかったりしたら来ないだろうとも思うんだが、六年以上ずっと来てくれてた相手が居ないと、こう、なんだ、上手くいえねぇけど、ちょっと食らっちまってな。

 売り子手伝ってくれてる知り合いも、『今回、アンタのお気にの彼来なかったねー』って馬鹿野郎、そんなんじゃねえよ!!


 あーいや、そうなのか?


 ずっと考えない様にしてたけど、もしかして、そういう事なのか、私?



 あいつの事が、好きなのか?



 ――うわ、ヤベェ、自覚しちまったら一気に来た。


 でもまあ、そうだよな、自信失って、それでも何かにすがる様に参加したイベントで、私のイラストが好きだって、開幕ダッシュしてまで買いに来てくれてさ、その後もイベントの度に来てくれるし、オッサンに襲われた時も助けてくれて、それを恩着せる事も無く、ただ今まで通り本を買って行ってくれて、好きにならない訳がねえって話だよ。


 いや、どうしよう、ダメだ考えがまとまらねぇ。


 というか、ドロップキック君が来なかったせいで、次回作の構想がなんも練れてない。今まではイベント終わる頃には次回用の構想一本くらいは頭の中に出来てたんだが、今回は何も無い、ノープラン!


 つーか流石にこの恋愛脳はヤバイ、何か意識を逸らせる物を探さねぇと、と、そう思ってた時に、超久しぶりに、昔挿絵を描いた出版社から連絡が来た。


 電話出たら当時お世話になった編集さんでさ、どうも話聞いたら副編集長になってるみたいで、出世したなぁーとか思ってたら、『当時挿絵描いた作家が数年ぶりに新作書くから、その挿絵担当してくれませんか』って、正気かよ耳を疑ったっつーの。


 でもまあ、ちょっと意識を同人活動から逸らしたかったし、時代も変わってライトノベル系も大分私の作風に近付いて来てるのも増えてるから、話だけでも聞いてみるかなと思って、割と近所だし、打ち合わせに行く事にした。


 どうも作家の人も打ち合わせに来るみたいでさ、流石にラフな格好もどうかと思って就活時代のスーツ出したら胸締まらねぇって言うアクシデント起きたりしたけど、夏だし、ワイシャツだけ買って打ち合わせの場所に向かった訳よ。



 ――ドロップキック君がいた。



 いや、うん、当時はまだ学生だったし、打ち合わせも編集さんとだけでさ、作者の顔なんか知る訳無かったし、イベントでも彼の名前は尋ねたこと無かったから、私がそれを知る由は無いんだけどよ。


 ちょっとどういうことだよ!? あぁ!?


 そんなこんなで私は微妙に挙動不審になりながら打ち合わせが始まった訳なんだが、やっぱりドロップキック君もあの時のデビュー作以来、新作を書いて無かったそうだ。

 デビュー作の売り上げ自体は悪く無かったから、当時は新作の打診も出たらしいんだが、『僕は、あの人の挿絵がいいんです』っつって譲らなかったらしい。

 

 ――つまり、私が描くのを止めたから、ドロップキック君も書くのを止めちまったと。


 正直、その話を聞いた瞬間に、罪悪感で吐くかと思った。


 だって、面白かったから。


 私が初めて挿絵を描いたあの作品を、私は、本当に面白いと思って居たから。


 だから、私が断ったせいで、彼が書く可能性を奪って居たのだと知った瞬間、私は何て最低な事をって、そう思っちまったんだ。


 だけど、



「まずは、プロット、読んでくれますか?」



 ――なんでアンタは、私に笑ってそう言ってくれるんだよ。


 私の所為で、アンタは書く機会を投げ出しちまったのに、私があの時逃げなけりゃ、アンタはずっと書き続けてたかもしれないのに。

 叫んで、逃げ出しそうな心を抑え込んで、渡されたプロットに目を通した私は、思わず顔を跳ね上げた。


 だって、これ、



「……私が描いてる、オリジナルの……」



 そう、毎回のイベントで、彼の反応を見ながら構想を練っているオリジナルのイラスト集。――私にストーリー考える才能はねぇから、キャラの設定や、ワンシーンだけ切り取ってるイラストを纏めた趣味の本だ。

 

 それを、挿絵多めの全年齢向け作品としてノベル化する。プロットに書かれていた大枠は、そう言う話だった。



「――どうです? 貴女の画風にピッタリでしょう?」



 ……馬鹿野郎。



「デビューした時、編集さんから挿絵担当の候補のイラスト見せられて、貴女が描いたイラストに、一目で惚れたんですよ、僕。だから、この人が挿絵描いてくれなきゃ書きませんって、駄々こねたんですよねー」


 

 ――馬鹿野郎。


 私が挿絵描かねぇからって新作断って、私がイベント出たら開幕ダッシュで買いに来て、正体も明かさねぇで、『挿絵が好きだった』って、それだけ言って帰りやがって。

 ずっと、ずっと買いに来てくれて、オッサンに襲われた時も助けてくれて、なのに、それをネタに私に近付こうともしないで、胸はチラ見する癖に私自身には興味ねぇのかよとか、恋心自覚してから思い返してそう落胆してたってのに。

 

 ここで、私を引っ張り出す為にこんなプロットまで書き上げやがって、



 ――――お前、どんだけ最初から私に全振りしてんだよ。



「この前のイベント、顔出せなくてすいませんでした。このプロットと構想練るのに連日徹夜してまして、起きたら夕方だったんですよねー……」



 申し訳なさそうに笑うその顔に、私はもう一度、馬鹿野郎、と内心で呟いて、



「――あのさ、私、正直まだ挿絵の仕事はトラウマなんだけどよ」



 零れ落ちていく涙を、隠すこともせずに、私は笑って、



「――アンタと一緒なら、もう一度、やってみてぇって、そう思えるんだ」



 だから、



「もう逃げねぇからさ、私」



 言う。



「――私と、ずっと一緒に、書き続けてくれねぇか?」




 追伸、結婚してから成人版をイベントで出したら爆売れして担当編集に怒られたわ。

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