18話:二度目の青春
“やれやれ。君はいつも五月に何かしらやらかすねぇ”
五月半ば。
私は三年ぶりに蒼汰くんと再会した。
といっても再会したのは御園影美ではない。美園影美の存在は数年前になくなってしまった。
私は御園影美でない死神になった。だから蒼汰くんはもちろん私が影美だとは気づかない。
こうして再会できても喜べるのは、私だけの一方通行だった。
私が影美だということを知って欲しいという気持ちもあったが、正体を明かすということは私が死んでしまったことをバラすことになる。私が死んだことは彼に知られたくない。
「死神なのに白いんだな……」
開口一番が私のパンツの色だったのは些かショックだったが、それでもかつての旧友との再会に心が震えた。
目が潤む。涙腺なんていつぶりに機能しただろうか。
生きている。成長した蒼汰くんが目の前にいる。それだけでどんなに嬉しかったことか。
でも、私がここに来たのは彼の自殺を止めるためだ。
自殺予定者のリストの中に蒼汰くんの名前があった。
それは蒼汰くんが自ら死を選ぶほど追い詰められた心境だということで。
私は彼に自分の所属と企画の説明をする。
『自殺防止の映像作品を制作するため現世に派遣された』
閻魔の指示だとこういうことだが、私にとっては逆だ。
私は閻魔の言う通りに映画を作るために彼を利用するんじゃない。
彼を助けるために映画のキャストを蒼汰くんにしたんだ。
辛い人生だった主人公が幸せな未来に行き着くストーリー。
彼にそんな人生を送って欲しいためそのような内容をでっち上げた。
閻魔の言う多くの人を救う作品なんて知らない。
私にとっては蒼汰くんが救われる方が大事だ。映画制作と称して彼が幸せな人生を送れるように私が彼を導いていく。
「奴らへの復讐は奴らより君が幸せな人生を謳歌することだ」
だから私は蒼汰くんの手を取り言った。
「理不尽な目にあう主人公が最後幸せな人生を謳歌する……そう言ったプロセスの映画が今の時代流行る」
握った手の温度は一気に冷えていった。
彼の家はぐちゃぐちゃに散らかっていた。
それは彼が片付けられない性格だからではなくて、ある事件から彼の時間が進んでいないことを意味する。
両親の死。
こちらの世界に来る前に彼の周囲の出来事も資料で確認していたから知っている。
彼の両親が旅行中にトラックに巻き込まれて亡くなってしまったこと。
蒼汰くんだけが生き残ったこと。
そして、蒼汰くんの時間がそこで止まってしまっていること。
旅行のお土産だろういくつもの箱たちが床に置きっぱなしになっている。食べ物もあるらしく、未開封の箱からは異臭もする。
「かたづけるぞ」
そう言って私はお土産のひとつに手を伸ばした。
蒼汰くんはそんな私の行動に激怒し身体を突き飛ばした。
彼の過激な行動は家族との別れに踏ん切りがついていないせいだろう。
そうわかっていても友人に突き飛ばされるのはけっこう落ち込む。
蒼汰くんの瞳からは涙がこぼれていた。
きっと今まで溜め込んできた悲しみが溢れ出したかのようだった。
彼の涙を止めたかった。
だから私は私にしか出来ないことをする。
「なんだ。せっかく期限が過ぎてもったいないから食べようと思ったのに。ケチ」
「え……」
私はこの箱の中身を知っている。
蒼汰くんの母親が彼の誕生日祝いに買ったバースデーケーキだ。
私はそれを躊躇なく口にする。
一口、また一口と。
何年越しかのバースデーケーキ。味はいわずもがな、腐った味がする。死神はもう死んでいるから腹はくださない。
はは、なんて役得だ。
蒼汰くんはケーキを食べる私を見て呆気にとられた顔をしていたが、「……死神の加護でこれ食べても平気とかにならない?」とか言い出したので私は止めた。
「無理だね。だからこれは私のひとりじめだ」
私はにんまり笑って涙を流す彼に言う。「悔しかったら、生き延びて来年のケーキを私の前でひとりじめして食ってみろ」
これは私からのエール。
君が理不尽に負けないように。
君が前を向けるように。
憎ったらしさ全開にして言ってやるんだ。
「……バーカ」
ズビっと鼻を啜らせ彼は言った。
彼の瞳には涙が滲みながらも前を向く意思の強さが宿っていた。
この日から私は彼のかつての友人からビジネスパートナーになった。
「随分嬉しそうだね」
皐月宅のアパート玄関前に宅配業者の服を着た閻魔が立っていた。両手で大きなダンボールを抱えている。
「……なに、そのふざけた格好」
「なにって! 見ての通り宅配便だよ。君が物資を頼んだでしょう?」
「お前が直接来るとは聞いてない」
「上の奴が椅子に座ってふんぞりかえってちゃ部下に示しつかないからね」
玄関前に立つ私を横にスライドさせ「うんしょ」と荷物をおろす。
開けっ放しのドアの向こうに目をやると外にもダンボールの山が積み重ねられていた。
「すごい荷物」
「だから影美さんが頼んだんでしょう……あ、今はミカゲさんでしたか」
閻魔が口元をだらしなく緩ませながらニヤニヤとこちらを見る。
「なに気色悪い笑みを浮かべている」
「もどかしいですね。ミカゲだなんて別人として接しちゃって。『私があの時のエミちゃんです!』って暴露してしまえばいいのに~」
「……」
「ま、ミカゲさんにはミカゲさんの考えがあるんでしょうからこちらも黙ります」
「……よく言うよ」
とやかく言わない割には宅配業者の格好までしてしっかり様子を見にきているくせに。
「ふん」
乱暴気味にダンボールに貼ってあるガムテープを手ではがす。
中身は日用品に娯楽商品、菓子類や缶ジュースなどの嗜好品にスキンケア関連の化粧品、そして蒼汰の通う学校の制服が入っていた。
「……」
制服を取り出し見つめる私に閻魔は呆れたように微笑む。
「学校に通うって聞いた時には驚いたよ。彼……皐月蒼汰を自殺防止の作品制作に使うことは報告で聞いたけど、君まで通う必要ないだろうに」
「悪い?」
「いや全然。でもまさか学校大嫌い人間だった君がもう一度学校生活を送るなんて驚きですよ。彼には君をそれだけ動かす力があるってことですね」
「何が言いたい」
「大嫌いなものも大好きなもののためなら乗り越えられるんだなって」
「だから何が言いたい……」
「愛ですね」
「出てけ!」
ニヤつく上司の身体を反転させ玄関の方まで直進させる。彼が外へはみ出たと同時にドアを勢いよく閉めた。
「ミカゲさん、ファイト!」
ドア越しからお節介なエールが送られてきたが私は無視した。
死んではいるものの心機一転、再び送る学校生活は心踊るものか。
答えはノー。
生きてたって死んでたって人間の本質が変わるわけではない。
変えたいと思っていたって変わらないものはある。
だから結論から言うと、私は友達ができなかった。
否、学校に通い始めてから私は自分から誰とも関わろうとしなかった。
休み時間も頬杖をついて窓の外を見るばかりで誰も寄るな触るな話しかけるなという姿勢を徹底する。
たまにシャープペンシルの芯を貸してくれだの課題を見せてくれだのと自分に話しかける猛者が存在したが私は冷たくあしらった。
そんな私の態度を見かねた蒼汰くんはため息を吐く。
「お前シャーペンの芯くらい貸してやれよ。課題も」
ここのような進学校でも目をつけられると大変だぞ、彼は私に注意を促した。
そんな言葉を受け私は心の中で言い返す。
知ってるよそんなの。
私はずっとそういうしがらみに苦しめられてきたから。
「生徒が信用されている進学校でイジメでも?」
私が問いかけると蒼汰くんはこしょこしょ、と小声で話す。
「あるんだよッ。信用を失わないようにやる進学校独特のやつが」
周囲をちらちらと伺いながら話す。
勇気を出して自分の学校の実態を教えてくれる彼はやはり優しく荒津小の時から変わらないんだな、と心が温かくなる。
屋上で私は自分がシャーペンを持っていないこと、実は頭がさほど良くないことを明かした。
「なんだただのバカか」
蒼汰くんはあっけからんと言っていたが私にとってはとても恥ずかしい種明かしだった。
たがが外れたのか、いつの間にか私は生前の話をしていた。少しだけ彼に弱音を溢したくなった。
「私も生前は人間関係でいろいろあってね」
しんみり自嘲気味に話す私に蒼汰くんはなんの惜しみもなく自分の苦い思い出を話してくれた。
彼の話す黒歴史には私も居合わせていたし、もう知っている話だったけれど、彼がそれを誤魔化しもせず嘘偽りなく話すから思わず笑ってしまった。
鼻で笑った私を彼は不機嫌そうに見ていた。
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