3話:楽しい(?)遠足

「バス内のクラスメイトのテンションがうざい。蒼汰どうしたらいい?」

「口に出してそういうこと言うな。あとお前流暢に喋れるようになったな」

「ふん……」


 遠足当日となった七月初旬の土曜日。

 俺とミカゲは自宅から現地集合場所に設定してある竹ノ宮第一高校のバスの停留所まで登校する。


一緒に行ったら、まあそれはそれはクラスの連中に冷やかされ隣の席に座るのは必然的にミカゲとなった。楽でいいよね。勝手に思い込んで騒ぐ奴らが進行してくれるもん(当然、嫌味の意)。

 ただ勘違いしないでほしいのは、俺とミカゲは付き合っていない。

ビジネスパートナーと一昨日追加された“お友達”であるため恋には発展しようがないのであしからず。


 何せ相手は死神。

 仮に付き合うことになったら魂を喰われることになったら嫌だし。


 それにしても隣の席になってもミカゲは何も喋らないし、イベント独特のテンションあってか、近くのクラス女子が遠慮ぎみに「た、食べる?」と差し出す棒菓子を、「んがーッ」と噛みつき「ひえぇぇぇ」「とったー! 白詰ちゃんがとったどー!」「私たちはいまこの瞬間、未知との交流に成功したのだ‼」と交流出来ているミカゲ(未知との交流の部分で若干ドキッとしたのは内緒)。猛獣の餌やり風景に見えなくもないが溶け込んでいるのでは?


 ……と期待したがところで冒頭の彼女の台詞に戻る。


「お前、園田そのださんに後でお菓子のお礼言えよー」


 バスの後ろの方を指差す。

 自分たちからやや後ろの通路側の席に座る可憐な女子生徒は、これまた華やかな友人たちと楽しそうに笑っている。

「さっきのお前のエサやり体験のお菓子、提供先園田さんからだからな」

「いつのまに女子に馴れ馴れしくなったんだ蒼汰……」

「ちげーよ俺は硬派な男だよ」


 ドン引きの隣の奴にもれなく説明。

園田そのだ花梨かりん。いるだろクラスに。転校生のお前に最初に話しかけてくれた善人の一人だぞ」

「イヤな女だ。園田、花梨……ちゃん」

「なんでイヤなんだよ」


 園田花梨。通称、“花梨ちゃん”。

 クラスでも目立つグループにいる人気者だが本人はいたって気取ることなく優しく、穏やかな性格の美人。

 グループのメンバーが騒がしいギャル層の中で、控えめな彼女は異質な存在だが、それがかえってクラスの高嶺の花感を醸し出している。

「じとー……」

 真逆の位置にいそうな二人だからか、ミカゲは遠くで頬笑む花梨をじとっと睨んでいた。苦手なタイプなんだろうな。


 この遠足は、自分が現在暮らしている竹ノ宮市を離れ、やや離れた県外のとある牧場から苺狩り(季節外れのため格安)というコースで親睦を深めるのが目的だ。

 お節介極まりないが、親睦はおいといてお昼のバーベキューに苺狩りは嬉しい。日頃バイト先の弁当で済ます俺とミカゲはこれを楽しみに今日は朝食を抜いた。

 バイト代から遠足の費用が抜かれるのは痛いが、その分たらふく食うので良しとする。


「そういえば、お前の費用も【協力者】が用意してくれるのか?」


「ああ、何から何までありがたいかぎりだ」

「俺のお前の世話代なる労い金とかも」

「却下」


 交渉決裂。

 と、いよいよ最初の目的地の牧場まで見えてきた。


『~ゆたか牧場へようこそ~』


 牛たちが旨そうに牛乳を飲んでいる(共食い!)ユルい看板をバスが潜ると、緑いっぱいの初夏の風薫る牧場に到着した。


「これ半日でまわれるのか?」

 ユルい看板を通り越し、バスは駐車場に停まる。

 バスから降りた今日の遠足の主役の一年生全員が広大な土地を前に感想をもらす。

「すげえ」「でけえ」「マジやべえ」

 語彙力なさすぎだろ進学校生徒。


 ゆたか牧場は面積が広く、大きく三つのエリアに区分けされている。

 牛やヤギが飼育されているエリア、モルモットやウサギなどに触れるふれあいエリア、そして牧場でとれた牛乳でクリームやアイスクリームを作れる体験エリアと三つ。

 午後は季節外れの苺狩り大会でこことはおさらばなので、実質半日でゆたか牧場を攻略しなくてはならない。

 別にスタンプラリーなどがあるわけではないので各々好きなエリアで親睦を深めるもよし。三つのエリアを爆走して三大エリアコンプリートするもよし。

 何だっていいのだ。遠足だし。


「でも要点はしぼって順番は決めようぜ、ミカゲさんよ」

「あー歩きたくない」


 七月の陽気に炙られる死神の少女は今日も今日とて長袖のカーディガン。しかし色は白。

 一応遠足のためオシャレは張り切ってきたが、早くもローテンションに。

「ちなみにお昼は今いるバス停の隣の橙色の屋根の、見えるか? あそこでバーベキューだから」

「なんて残酷な……!」

「違うかも知れないし変な想像は止めろ」


 マップを開き、律儀に持参の三色ボールペンで見たいものに二重丸の印をつける。

「白ヤギ黒ヤギも見たいがウサギやモルモットのモフモフも気になる。調理体験はいつもバイト先で料理やってるし、これはバツ、と……」

「じゃあお昼バーベキュー場集合で。各々見学ってことで。私は草原でスケッチやるから」

「単独行動!? 一緒にまわるんじゃないの!?」

「私は動物園でも公園でも遠足はスケッチと決めているから」


 シャキーンッ!

 右手に持つは尖った2Bの鉛筆。左手にはスケッチブック。

 彼女の大きなショルダーバッグにはあれが入っていたのか。バッグからストックの自由帳が何冊か見えた。じゃなくて。


「描くのも良いが、触れたりご飯やったりするのも楽しいぞ。やみつきになるぞ」

「じゃあ私にデッサンで勝ったら君の行きたい場所につきあうよ」

「そんな嫌々しなくても! あと俺かなり不利だし」

「はいスタート」

 勝手に描き始めるフリーダム死神。

「まったく」

 描くものを探すが、ここは入り口近くのため動物はほぼいない。

 仕方ないので朝顔咲き乱れる小屋の近くの鶏を二羽描く。

「動くもののデッサンて、動体視力ないと難しいだろ」

「負けた時の言い訳とは惨めだな」


 むか。

 何故だ、何故、ここまで貶されて俺はこいつに振り回さなければならない……!


「もーいい俺一人でまわるわ!」

 お前など勝手にしろぃ! と言いたくもなるが、逆に自分が勝って悔しがる彼女を引き連れてまわらないと負けた気がすると勝負心に火がついてしまった。

「こうなったら、この勝負、勝つ!!」

「私はもう三枚目だが、君、間に合うのか?」

 勝負の絵は一枚にしてもらった。


「うあぁあ負けたーーッ!!」

 俺が惨敗の結果で終わったスケッチ大会。


 圧勝のミカゲはむふふーんとご機嫌ご機嫌。

「生前から絵で私の右に出るものはいないからな」

「こりゃ何度戦っても負け戦だ。もういい、ひとりで行くよ」

「バーベキューは一緒に食べるから」

「別に昼もひとりで食うし!」


 完全に俺は不貞腐れてミカゲに担架をきってその場を離れてしまった。

 大人気ないと思うが、俺はバスに乗っている時からミカゲと一緒にまわることを期待していた。


「やっと、ひとりじゃない遠足が楽しめると思ったのに」

 今までの小・中学校でも遠足はあったが、いつもひとりだった。

 事故の後に転校した小学校でも友達はいなかったし、一緒に先生たちとまわるのも恥ずかしいかったから、ひとりでやることは遠足場所の草むしりばかり。

 微妙な関係だが、ミカゲがいる今回の遠足はひとりではないことが心強かったのに。

 また自分はひとりヤギにむしった草を与えて時間を潰している。



「あれ、皐月くんひとり?」


 自分の隣からにゅっと白い手が伸びてヤギを撫でる。ヤギさんもうっとり。

 まろやかな白い手の持ち主は俺の名を呼んだ。


「園田さん?」


「せいかーい」


 柔らかに巻いた栗色の長い髪の毛、宝石のように大きく輝く瞳を三日月のように細め、包容力のある笑顔を振る舞い、愛らしい仕草でピースサインをするのは、我がクラスのマドンナ、園田花梨だった。


「「どうして一人なの?」」

 声が揃う。ユニゾンした。

 ぷ、と花梨が笑う。

「ハモったねー。良いことあるよ皐月くん」

「いや、それより何で園田さんは一人でいるの」


 クラスのマドンナと会話なんて初めてだから上手く言葉が出ない。

 だが、それ以上に人気者の花梨が俺と同じ体勢でヤギに餌やりしているのが不思議でならない。


「私ねぇ、皆といつも一緒だと疲れちゃうから、抜け出してきちゃった」


 ペロっと悪戯っ子のように舌をだす花梨はさすがの美少女。破壊力抜群だ。

「皐月くんはミカゲちゃんと一緒じゃないの?」

「アイツとはちょっとケンカになって、いや、まあ俺が大人げなかったんだけど」

「私全然聞くし。話してよ」

 口許に両手を当てて俺の話を「うんうん」と聞いてくれる花梨は、


「そんなのミカゲちゃんに問題あるよ! 皐月くんは悪くないよ!」

 自分のことのように怒ってくれた。

「そうかな」

「そうだよ。一緒に周れると思ってた皐月くんをひとりにするなんて、そんなのひどいよ」

「園田さん……」


 真剣に話を聞いて感情的に自分に寄り添ってくれたのは母親以来だ。

 懐かしくて思わず涙ぐんでしまう。

 よしよしと頭を撫でてくれる天使の微笑みを浮かべる花梨は俺に提案してきた。

「ねえ、これからふたりで牧場まわっちゃおう? きっと楽しいよ!」



『蒼ちゃん』



 あの時の旅行に誘ってくれた母と花梨の言葉が記憶と重なり、俺は思わず呟いた。



「母さん……」



「は?」


 一瞬、花梨の動きが止まる。

 俺は真っ青になり、弁明する。


「あ、違うから! 園田さんが母さんと似ていてつい……」

「私が、花梨が? 花梨がオカン気質って言いたいの? おばさんって言いたいわけぇぇえ?」


 地雷だった。


 元・天使の微笑みを持ち合わせたマドンナの顔は瞬く間に悪鬼のそれに。

 豹変した花梨は俺を虫けらのような目で見下ろした後、ペッと唾を吐きひとりスタスタ何処かへ歩いていってしまった。


「なんだったんだ今のは……」


 あまりの急展開に心が追いつかず、ぽかんとひとりしゃがみこんだまま。

「メエエェー……」

「おお、お前もビビったよな」

 先程まで二人で草を与えていたヤギも震えている。とりあえずよしよしして安心させる。

 とりあえず、今の出来事を一言でまとめると、


「マドンナおっかねええぇ……」



◆◆◆



 時が過ぎ、バーベキュー会場へ竹ノ宮高校一年生全員が集まりお楽しみの昼食が始まろうとしている。

「なんで蒼汰は食べる前から顔色が悪いんだ?」

「お前と別行動している間にいろいろあったんだよ……」

 マドンナのこととか。

 ミカゲはふーんと生返事を返すと、あとは運ばれてくる具材にしか興味がない。先程の花梨より話を聞かないミカゲの方がよっぽどマシに思えてしまう。

 バーベキューの網は全部で百二十台。一クラス四十人として、一テーブルに四人つくことになるが、五人や六人で集まってテーブルを囲む仲良し連中のおかげで、俺とミカゲは二人で一テーブルを独占できることに狂喜乱舞していた。

 ところが。


「おーい、そこ具材余っちゃうから誰かひとり入れないかね?」


 余計なことを……!


 クラス事情も俺たちの私情も知らない牧場のおっさんの口を縫いにいきたいくらい憎しみに満ち溢れる俺とミカゲ。

 そんな気遣いいらんから!

 俺ら余裕で平らげますので、どうかこのまま昼食を我らに振る舞ってください、さあ早く!


「あ、じゃあ私いきまーす」


 はーいと挙手をしてこちらに向かってくるのは……園田花梨!?

 よりによって、なぜ彼女が立候補をする。

 やはり俺の母さん発言を根にもっているのだろうか。女の執念か恐ろしい。

 俺が更に顔色を悪くしていると、ミカゲはミカゲで不機嫌極まりない表情を隠さない。

「嬢ちゃんそんな細くて食べきれるかい~?頼りないなあ」

「大丈夫でーす! 私、二人前くらいペロっていけますので」


((更に食材のピンチまで! おのれ……!!))


 バーベキューのおっさんと花梨が楽しそうに話し、周りの連中はそんな彼女を見て「花梨なんていい子なの!」「花梨ちゃんマジ優しい」「女神だ花梨ちゃんは」などと称賛の嵐。


 ……なるほど。

 そういうことか。


 花梨が合流。


 ニッコリと俺たちに挨拶する。


「じゃあ、ヨロシクね! 皐月くん、白詰さん」

「お、おーう」

「……っす」


 うわー。居心地悪すぎるすぎるし、俺は花梨にどう接していいのやら、俺よりミカゲの方が態度悪くなるしこのゾーンだけ修羅場すぎる。

 おっさん達職員の手によってバーベキューの具材が各テーブルに行き渡る。火を着火し、いよいよ本番。

 とにかく、無我夢中で食うぞッ!!


 俺が肉の刺さった串をとろうとした時。


「ねぇ、先に野菜焼きなよ。手前にあんでしょソレ」

 ついつい、箸で肉皿の手前にある串に刺さっていない玉ねぎ、キャベツなどの野菜類の皿を示す花梨。

 急にしきり始める彼女にミカゲはぎょっとする。お前は初めてだったな。

 というより、今の彼女を知る者は俺とミカゲのふたりだけだと思う。


 なんせ彼女の目的は。


「マドンナ様の株上げ成功でもう俺らに媚びうるメリットないってか」

 俺が菜ばしで野菜類を別の備え付けのフライパンで炒めながら確信を突くように言うとマドンナ(?)は笑った。底意地の悪い顔で。

「なんだ。わかったんだ? あんたらだけに良くしても何の特もないしね。こっちのが楽だし」

「え、なに、どうした園田……さん?」

「ミカゲが驚いてるぞ、マドンナさんよ」


 ジュー……ッ!! 

 焼く音は周囲も同じ、誰も俺たちの話は聞こえていない。

「『ぼっち同士の二人の仲間に入る優しい花梨ちゃん』を演じればもう目標達成なのよ。あとは美味しくお肉食べるだけ」

 そう言うと、彼女は俺から菜ばしを奪い取り、焼けた野菜ほとんどを俺とミカゲの皿に盛り付ける。そして自分は肉が刺さった串を優雅に三本持ち、鼻唄を歌う。


 ミカゲが俺の袖をくいくい、と引っ張る。


「おい、ビジネスパートナー」

「なんだビジネスパートナー」

「ここは私と手を組まないか?」

「奇遇だな。俺もだ」


 俺とミカゲの企む気配に勘づいた花梨は眉間のシワを深くする。


「ちょっと、何こそこそ話してるの? 早く野菜の串も片しちゃってよ」


 瞬間。


 花梨の手元の三本の肉串を奪い取るミカゲ。


「あ!?」

「蒼汰っ」


 一寸の狂いもなく俺にパスされた串をバーベキュー台で即座に炙る。ジュワアアアと焼かれている己の取り分だった肉串を見て、何が起きているのか判断に遅れた花梨が俺に飛び付く。


「私の肉!」

 返せー!

 奪い取ろうとした肉を。

 俺は食べた。もしゃもしゃ食った。

 焼いたというより炙った、ほぼ半ナマの肉を。

 この女狐に食われるくらいなら、と。

「蒼汰ーッ!次いくぞー」

「どんどん食うぞ~!!」

「ちょ、あんたら、え? マジ!? ありえないんですけどー!」

 呆気にとられる花梨をよそに、ミカゲと俺はどんどん肉串を焼き、半ナマで食らい、最後は玉ねぎリングもモロ生で完食。


「「ごっつぁんです」」

 玉ねぎ臭い息をお互いに吐きながらハイタッチ。

 俺らの勇姿は花梨にとっては最早狂気の沙汰。怒りと恐怖で震え上がるマドンナはそれでも口角を上げ、

「ほんと、食欲旺盛ねー!」

 花咲く満面の笑みを振り撒いた。

 後ろを振り替えったら、職員さんたちが後片付けに取り組んでいた。



 花梨との騒動が一段落し、昼食のバーベキューが終了した。

 午前のプログラムが完了したところで、俺たちは後半のスポットへ行くことになる。

 お世話になったゆたか牧場の職員さん達にお礼の挨拶をし、竹ノ宮第一高校の面々は午後のプログラムである苺狩りのスポットへバスに乗って向かう。

 七月の苺狩り。

 季節感は丸無視だが、五月の大型連休で残った苺のレーンを取って置き、それを格安で商売をやってくれる苺農家の方がうちの担任の知り合いにいたそうで。つては大事だと学べる遠足。

 嬉々として語る担任の顔の広さ自慢話に生徒たちは興味を示さず、

「うっぷ、さっきのバーベキューで食い過ぎた~」

「馬鹿だね。苺のためにお昼遠慮しておいて良かった」

 などと感想を語らいそれぞれの遠足を満喫し、次行く苺の園への期待を胸一杯に膨らませているのだった。


 バスの中で俺は地獄をみていた。


「……」


 あたった。

 すさまじく腹が痛い。


「生肉ってこんな早くでるっけ……?」

「しるか。君は情けないな」

 隣にSOSを送ったが無慈悲な対応で会話は即終了。

 そりゃ死神のお前は平気だよ。俺の数年越しのバースデーケーキをワンホールいったのみてるから。


 まずい。目的地に着いたら避難できるトイレを探しておこう。

 そもそも、食あたりでなく、花梨のことで量も結構食べてたし。どのみち苺は悔しいが食べるのは危険だ。

 絶体絶命的な状況だった。


 (どうする……どうする俺!?)


◆◆◆


「……ねえ、あんた顔色悪いけど」


 バスを降りた頃。

 トイレを探す俺に渦中の人物だった花梨が俺たちの前を通り掛かった。


「ぁうぁぅ……」

「は? なに。聞こえない。もうちょい大きい声で」

「蒼汰は先程の小競合いで腹を下したそうなんだと」

「うわっ、バチが当たったんだ!」

「うるせー……それ死語だぞ」


 それよりもトイレだ。トイレを探せ。


(……おかしい)


 どこを見渡しても見えるのはビニールハウスだけでトイレが見えない。


「あ、もしかしてトイレ? 今壊れちゃってて、ここらには無いよ」

 親切な苺農家のおばあちゃんが察して教えてくれた答えは残酷すぎた。

「ここから二キロ先の休憩所にあったかしら……?」

「おばあちゃん、ありがとう。二キロ歩くより皆の苺狩り見てる方がいいや」

 苺狩りは二十分。下手に動くよりマシだ。


「さて、私はいってくるからな」

 ミカゲは俺を置き去りに苺のレーンに走っていく。


「うぅ薄情な奴め……」


 取り残された俺は気が紛れるものを探す。


 すると、女子の集団が騒いでいるのが視界に入った。


「はい、花梨ちゃんこれ赤いよ!」

「私のもあげる。はい、どうぞ」

「花梨、私のも」


「ありがと~。美味しそうだね」


 花梨たちのグループだった。

 あのグループは派手な奴らの集まりで苦手だ。キラキラが眩しくてたまにクラスで俺の席の近くでたむろされると居心地が悪い。

 故に花梨を含める、あのカースト上位集団にはよっぽどのことがなければ関わりたくないと思っている。


「場所変えるかな…………ん?」


 俺はある異変に気付く。


 花梨の受け皿に女子たちがどんどん苺を乗っけていき、彼女の皿からは苺が溢れそうだ。

 花梨も花梨で慌てて困っているし、その女子たちは新たな苺を摘みに花梨をひとりおいていく。ひとりきりの少女の哀愁漂う背中に気持ちが急いて思わず声をかける。


「苺溢れてるぞ。大丈夫か」

「あ……やだ~ほんとだぁ。皐月くんありがとう」

 一応女子たちが帰ってくる前提なので取り繕う花梨。

「もうエリカたちったら摘むのが楽しくて食べきれない分は私にくれるのよ~。摘むのって楽しいもんね」

「お前は摘まなくていいのか?」

「ご覧の通り、私は支給されるから。これ以上自分で摘むのも、ね」


 そう言う割りに苺のレーンを見る花梨の目は実る苺に釘付けで、収穫したくてしょうがないように見える。しかし、手元には女子たちが与えていった苺の山。

 摘むことに夢中の花梨の友達はまたここに戻ってくる。


「……この赤いの美味そうだな」

「え?」


 花梨の皿の苺を俺は赤いのだけ選って食べる。

 彼女は目を見開いて驚く。


「ちょっと、何してるのよ!」

「なにって味見だよ」

「味見の量じゃないでしょそれ! 私にも赤い良いのとっといてよ」

「良いやつは自分で採ってこいよ。俺動くの面倒だからこれ貰う」

「!」


 花梨は俺の意図に気付いたのか、ばつが悪そうな顔で俺を見る。


「な、なによ。キザなことしちゃって」

「いーからはよ行け」

「……あ、ありがと!」


 花梨が遠くのレーンに駆けていくのを見届けると、花梨のグループが帰ってきた。

 たしか、エリカといったか。彼女が俺に声をかける。

「あれぇ、花梨は?」

「お前ら苺あげすぎ。お手洗い」


 女子たちは心配そうな表情を浮かべる。


「マジで? やば、ウチら悪いことしちゃったじゃん」

「花梨ちゃん怒ってた?」

「摘むの楽しくてつい私ってば、花梨ちゃん大丈夫かな」


 全員反省の色を見せていた。


(なんだ。ちゃんと仲良いんじゃん)

 一瞬いじめの類かと危惧した俺だが、杞憂だったみたいでほっとした。

「花梨には後でちゃんと謝るとしてこれどーする?」


 女子三人それぞれ山盛りの苺。沈黙の後、視線は俺にロックオン。

「無理無理! 俺さっきのも頂戴してるし!!」

「ああ? 知ってんだぞ皐月! あんた白詰ちゃんとバーベキューの肉たらふく食ってたの!」「あんだけ食べれるならこれもいけるってぇ」「花梨ちゃんのお肉の仇ってことで」


 そんな馬鹿な……!


(こうなったら)

 背水の陣になった俺は最終兵器を呼ぶことにした。

 たぶんまだそこらのレーンで食っている死神の少女を。


 案の定、近くのレーンでミカゲは苺をもぐもぐと口一杯に含んで苺狩りを満喫していた。その傍らにはスケッチブックも。

 綺麗に描かれた苺のデッサンは素晴らしい完成度だが、苺まみれの手で描いたため、モノクロのデッサンに赤い色が混じっている。


「おや、蒼汰じゃないか。どうした」


「おぉ、ミカゲ……ちょうどお前に用があって」


 用があると聞いた少女は、山盛りになった苺の受け皿を見てピンときたらしい。

 目をキラッとさせてこう言った。

「競争だな」


「は?」

「私も自己ベストを記録したんだ」


 全く違う予想でビックリ。

「あ、いや、違……」


 唖然と大口をパクつかせる俺に、通りすがりの担任が興味深そうに俺たちの皿を見て言った。

「おお。皐月と白詰は競争しているのか!大食いバトルなんて若いな~」

 これを耳にした一部の生徒がざわつく。


「え、大食い?」

「女子対男子のデスマッチ」

「大食い決勝だって!?」

 ギャラリーが集まってくる。

 担任の余計な一言のせいで話は次から次へと伝播し、最後は俺とミカゲの大食いバトル決勝戦が開幕することになっていた。


「ヤバイ、棄権できる雰囲気じゃねぇ」

「ん? 私は最初からそうだとばかり」

「違うわ! 食べ寄せないからお前に食べてもらおうと……」


 俺が勘違い少女に言いかけた時。


「スタートッ!!」


 デスマッチが開始されてしまった。





「……」


「……」



 苺狩りを終えてバスの中で。


 俺とミカゲは無言だった。


 周りは楽しそうに話したり騒いだりしているが、誰もが俺たちに話しかけなかった。皆空気を読んでくれている。今誰かに会話を振られ、話したりなどしたら俺たちの口からは言葉ではなく別のモノが出てくるだろう。


(なんでコイツまで気持ち悪くなってんだよ……)


 心の中で隣に座る顔面蒼白の少女を見つめる。


「腐ったものは平気だが、詰め込める量には限界があったみたいだ」

「俺の心の呟きが……!?」

「顔見れば分かるさ。君はなかなか表情に出やすい。君がポーカーやったら全敗だろうな……んぐ!」

「ひえっ」


 白詰ミカゲが餌付き始めた。

 隣の声を聞いていたら、俺の方までつられて輪唱のようにカエルの歌みたいな歌詞の事態になってしまった。

 バスは大混乱。

 帰り道までの残り一時間は死ぬかと思った。


◆◆◆


 翌日の学校にて。

 俺とミカゲが教室に入ってくると「おはよう。大変だったねー遠足!」と花梨が話しかけてきた。驚いた。


「な、なぜエンカウント?」

「人をモンスターみたいに言わないでくれる?」


 どうやら遠足の帰り、俺たちのあまりの惨状に声をかけられなかったそうで。

 花梨は苺狩りでのことを、わざわざ俺に礼を言いに来たという。

「あの時はありがとね。皐月くん、あの子たちの積んだ苺残さず食べてくれたんでしょ?」

「律儀だな。いいよいいよ。過ぎた事だし」


 あの日の帰り道は二度と思い出したくないし。


「ふふ。今思うと本当にバッカよねー!」

 あっははは! とマドンナらしかぬ大声で花梨は笑った。


 教室のクラスメイトたちは目を皿のようにして花梨を見つめる。

「おい本性バレちまうぞ」

「もういいの。こっちのが楽だし。皐月くん見たら私だけ取り繕ってんの馬鹿馬鹿しいなって!」

「おい、園田花梨。私へのお礼がまだだが」

「えーあんた何かしたっけ。皐月くんには恩があるけどミカゲにはないから」

「むむ」


「ふっふーん」


 バチバチバチ。


 火花散らす女生徒二人にクラスの連中は戸惑いの嵐だった。高嶺の花の激変に膝から崩れ落ちるファンもいた。

 だが俺にとっては豪快で少し性悪な花梨の方が接しやすい。


 きっと彼女の周りの奴らも良い子の仮面をかぶっていたマドンナ時代よりもいいと感じるはずだ。


「皐月くん、花梨って呼び捨てで呼んでいいよ」

「え、じゃあ、花梨」

「えーそこは照れて言うところでしょ? カタルシスないなぁ」

「カタルシス積むほど俺ら交流なかったし」

「イケず~」

「遠足の時も思ったけどお前時々古くない?」


 この遠足で一番親睦を深めたのは花梨だったのかもしれない。

 主旨とだいぶ違う親睦の深め方だが、これはこれで良いってことで。


「うん。良いものが描けた」


 教室の中で死神の少女は目の前の少年少女たちを見て微笑んだ。

 彼女が手にしたスケッチブックには、教室で楽しそうに笑う蒼汰と花梨が描かれていた。タイトルにはこう記入しておいた。


 初めての友達と。


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