第40話 終わり
夢を見ているような気がする。目の前でフィオナが必死に食らいついてきているが、俺の頭はぽわぽわしていてまるで夢のようだ。
なんでフィオナはそんなに夢中なんだ。
「若き魔王よ」
声が直接脳内に響き渡る。
「我は人間が魔族が全てが憎い全てを壊してしまいたい。我の過去を見たお前なら分かってくれるだろう?」
この声の主はレーヴァテインか?
我の過去というのは鬼瓦さんと戦っている最中に見た謎の風景のことだろう。
そこではある王様が、民に、家族に裏切られて挙句の果てに魔王の部下から酷いなんて言えないほどの人体実験をされていた風景のことだろう。
「あぁ……分かるかもな」
あの瞬間、俺は確かに人類に絶望したし、魔王にも絶望した。それはもう体の権利を渡してもいいとは思えるほどに。
「若き魔王よ、貴様の力と我の力があれば世界を強さなど造作もないことだ。貴様の部下が厄介にも邪魔をしているが、こいつらも我らの理想を邪魔する者殺してしまっても構わんだろ?」
フィオナ達を殺す? そんなの俺では無理だ。
「やれるもんならやってみたらいい」
そう答えると声は気分がいいのか笑い始めた。
正面を見るとフィオナがかなり傷ついている、そんなフィオナを守るようにあいなやオタメガが援護している。
「何やってんだよみんな」
みんな口をパクパクさせているが声は聞こえてこない。
「まあ今の俺にはどうでもいいことか……」
目を瞑ろうしたその瞬間、誰かに呼ばれたよう気がした。
「レーヴァテインの仕業か?」
返事はない。やはり気のせいだったか?
「……様! ……魔王様!」
この声はフィオナ? 何を必死になって……
「魔王様! いつもの優しい魔王様に戻ってください!」
いつも? なんの話だ。
「魔王様は私に人を殺すなといつも言っていました! そして人の生活について教えてくださいました!」
あー、そういえばフィオナってすぐ殺そうとするもんなー。
ほんと良くないくせだよなぁ。
「今も人間を大事に思う気持ちはありません! ですが、魔王様が大事にされている人の営みを私はもっと知りたいのです!」
フィオナがそんなことを思っていたなんて……びっくりだ。
「太郎くん! 私、初めてなんだよ! 男の人で本当に好きだって思えた相手!」
今度はあいなか? 俺を好き? 冗談だろ? あいなはクラスのいや学園のマドンナで誰にも優しくて承認欲求が高くて……ん? 承認欲求が高いってなんでそんなこと知ってんだよ。
「デートだって実は初めてなんだよ! 少し強引だったけど、誘ってくれてすごく嬉しかった! また一緒に出かけようよ!」
そういえばあいなにバレてその後本当苦労したよなぁ。本当うっかり惚れる手前だったもんな。危なかったなぁ。でもそれから色々助けてもらって、あいなの凄さに改めて気づけたんだよな。
「太郎殿! 拙者は夢を認めてくれたでござる! 太郎殿がいなかったら拙者は雪風たんのようにもなれなかったし夢を諦めていたかもしれないでござる!」
俺の青春といえばオタメガの薬作りに手伝っていたことだ。側から見たら何やってんだよって感じだったと思うけど、俺はあの時間が嫌いじゃなかった。
いや、むしろ好きだったんだ。確かにオタメガのせいで他に友達が作りずらい環境になってしまったが、変わった夢だけど高い目標があったオタメガの横にいれば勇気がもらえた。
俺とは違って凄い夢だったから羨ましかったんだ。
「だから魔王様!」
「太郎くん!」
「太郎殿!」
「早く普段通りになってください!」
「戻ってよ!」
「いつも通りに戻ってくだされ!」
全員声が重なっていたのに、不思議と声が全て聞き取れた。
俺は何をやって……3人を傷つけてるのか!?
「レーヴァテイン! 何をやってる!」
「ッチ、正気に戻りやがったか……だがもう遅い! お前の体は我のものだ!」
「……そんなこと許すかよ。早く返せ」
自分でもびっくりするくらい低い声が出た。
「はっ、やなこった。久方ぶりの肉体だ。そしてこの体を使って我は……世界に復讐してやる!」
……こいつの過去は見せてもらったが、俺の想像ができないくらい辛いものだった。
それでもこいつの野望を叶えさせる訳にはいかない。
「気持ちがわかる。……なんて安っぽい事は言わないよ。お前の過去を見ただけだからな。だがこんな事はやめろ。こんなことをしてもお前は復讐ができる訳じゃない。
お前を痛めつけた魔族も裏切った人間もこの世には存在しないんだ」
「そんなの分かってる! だが、人間は生きている限り繰り返すのだ。お前を通してたくさんの人間を見てきた。見た目は違ったし文化も違った! だが本質は変わらなかった!」
「本質?」
「そうだ! 人間は恐怖を抱えて生きている! 怖いから他者に踏み込まない! 怖いから何もしない! 怖いから威張る! そして怖いから自分の利のために動く! 人間というのは自分だけがその恐怖から逃れられればいいと思っている生き物の中で最も気持ちの悪い生き物だ!」
「恐怖か。お前の言ってること当たってると思うぞ。人は弱いから恐怖する」
「ならば!」
「でも、だからこそ強くなれると思うだ。俺は人間の弱さをそしてそれを強さに変えられる力を信じたい」
「綺麗事だ!」
綺麗事か。確かにそうだろう。
「ああ、でも俺はそう信じたい。だからさ、俺を信じてくれないか。魔王としてこの世界を変えてみるよ。少しでも人が強くなれるように……」
「……………」
レーヴァテインからの返事はない。
「もし、さ。俺がそれをできないと思ったら俺の体を使って、世界をめちゃくちゃにしたらいい。お前にはその権利がある……とは言えないけど、それくらい恨む理由はあると思うし」
「……若き魔王よ。本気で言っているのか?」
「ああ」
俺は頷く。
「いいだろう、ならば約束だ。だがもしも約束を違えたと思えば……」
「お前の好きにしたらいいさ」
そういうと体の感覚が戻ってきた。
目の前には傷だらけのフィオナ、あいな、オタメガの姿がある。
「魔王…様……」
フィオナの目がうるうるとしているのが分かる。
「あー、そのごめん。本当に迷惑かけたな」
「魔王様!」
「太郎くん!」
「太郎殿!」
謝ると3人が一斉に飛びついてきた。
そしてその遠くでこちらを見ている男が1人鬼瓦さんだ。
「本当にごめん! ヒール……傷は治したけどこんなんじゃ許されないと思っている」
「謝らないでください! 悪いのはこのレーヴァテインです! このこの!」
と言ってフィオナはレーヴァテインを踏みつけている。
「ははは……」
止めてあげたいけどそれをしたらフィオナの怒りは収まらないだろう。
勝手に体を使った罰としてそれは受け入れてもらおう。
「はぁ……アンタ、世界征服を企んでいたわけじゃなかったのか?」
傷だらけの状態で鬼瓦さんがやってきた。
「するつもりはないよ。でもまあ少し気は変わった」
魔王ロールプレイしなくてもここまできたら関係ないだろう。
レーヴァテインと話してみて俺にも目標ができてしまったのだ。
「そうか。じゃあ俺は帰るとするかね」
「詳しく聞かないのか?」
「女の子が泣くほどアンタの心配してたんだ。悪いやつじゃないんだろ? またな」
鬼瓦さんはそう言って手をひらひらと振りながらボス部屋を出て行った。
男前すぎませんか?
「それであの……お二人はいつまで抱きついているんですか?」
「いたたた! 太郎くんに切られたことで心に傷を負っちゃったなぁ〜。こうしていれば少しはマシになると思うんだけど……」
そんな事を言われたら何も言えない。
次にオタメガを見る。
「……拙者もでござる」
お前もかよ。
「なっ!? 2人ともずるいぞ! 魔王様! 私にもお願いします!」
と言ってフィオナまで抱きついてきた。
俺は何かを言える立場でもないので黙ってそれに付き合う。
にしてもこの短い期間で色々なことがあった。
フィオナに出会えたし、あいなにも秘密がバレた。そしてオタメガは夢を叶えてしまったのだ。
これから起こることに期待しながら疲れた俺は目を閉じるのだった。
あとがき
というわけで完結です。
最後の方が急ぎ足になってしまい申し訳ないです……
元々コンテスト用に10万字で終わらせるつもりだったので、ちょうどそれくらいで終わってよかったです!
新作のこととかも考えたりしているので、もし更新したら読んでくれたら嬉しいです。
最後になりますが、ご愛読ありがとうございました! また会いましょう!
ナンパされていた美女の前を素通りしたら魔王様と呼ばれて、魔王城を持つことになった。〜どうやら俺は冒険者どもを恐怖で震え上がらせる存在のようです〜 コーラ @ko-ra
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