剣の魔獣は、少女と契約する

結果から記す。

その日、ザヴェルバロッグはサヘルと契約し、魔物を二匹殺して呑んだ。




どうしようもないことはある。

人間の身体は脆く、簡単に壊れる。

どれほど鍛えようと、大差はない。

どうしようもないほどに、ただ、弱い。



「サヘル」



ザヴェルバロッグは、サヘルに声をかけた。

返答する力のないサヘルが、視線だけをザヴェルバロッグに向けた。


サヘルは、死にかけていた。

雪に閉ざされた都市ゴズを出てすぐ、魔物に襲われたのだ。

ザヴェルバロッグは魔物の攻撃をたやすく避けたが、サヘルはそうもいかなかった。

サヘルはただの人間なのだ。



「サヘル。意識はあるか」



致命傷を受けたサヘルを抱き、魔物から距離を取ったザヴェルバロッグ。

再びサヘルに声をかけた。


サヘルは力なく瞬きした。

その弱々しさを見て、ザヴェルバロッグは焦った。

サヘルに迫る死を憂いたのではない。

自らとサヘルを繋ぐ魔力が弱々しくなっていたことに、焦ったのである。



「これでは、我も死ぬだろう」



ザヴェルバロッグは自らの手を見た。

手も足も、魔力が失われはじめている。

死にゆくサヘルを通して、魔力が抜けつづけているのだ。

このままでは、距離を取った魔物が追いつく前に、力尽きて死ぬだろう。



「仕方がない」



ザヴェルバロッグは意を決し、サヘルを見据えた。

サヘルの意識は未だ途切れていなかった。

しかし先ほどより、顔色が青白くなっていた。



「サヘル。念のため聞いておく」


「……ぇ……?」


「我のような魔獣となっても、生きていたいか」


「…………ぁ……ぃ……」



サヘルの言葉は聞き取れなかった。

しかしサヘルの黒目が、ゆっくりと縦に振れた。


ならば、と。

ザヴェルバロッグは自らの魔力をサヘルに向けて開いた。

サヘルと繋がっている弱々しい魔力の糸を、太く、強くしていく。

するとサヘルの身体へ魔力が流れこんだ。

魔力がサヘルの傷を癒し、魔力の流出を止めた。



「……っは……っ、っは、あ…………こ、こ、れは?」



サヘルが声をこぼした。

弱々しい声ではあるが、息絶えそうな弱さではない。



「我が操る魔力を、サヘルへ移した。多少の怪我であれば、すぐさま治るだろう」


「……そんな、こと、が」


「しかし、人の領域から外れたかもしれん」


「……そう、です、か」



一瞬、サヘルが悲しそうに俯いた。

しかし自ら決めたことだと、すぐに顔を上げた。



「とにかく我は、あの魔物どもを殺して呑んでこよう。サヘルはここで待っておれ」


「……はい」



サヘルが答えた直後、ザヴェルバロッグは飛び上がった。

追いかけてきていた魔物へ迫り、一瞬で間合いに入る。


ザヴェルバロッグの両手が、鋭い剣に変じた。

先頭を駆けていた魔物。その頭を貫く。

もう一方の剣で、魔物の首と胴を斬り裂き、絶命させた。


後ろを駆けていた魔物は、すぐに警戒した。

しかし遅かった。

ザヴェルバロッグの剣が、一瞬で魔物の四肢を断つ。

転倒した魔物が、その身を半分、雪に埋めた。


間を置かず、ザヴェルバロッグが魔物に襲いかかる。

両の剣が、魔物の首を斬り落とした。



「……すご」


「終わったぞ」


「……見てましたから、知ってます」


「そうか」



言いながら、ザヴェルバロッグは魔物の血を吸い尽くした。

するとサヘルの身体にも魔物の魔力が流れこんできた。

身体が完全に治っただけでなく、力が漲るような感覚まである。



「……私、魔獣になったんだ」



サヘルは自らの手を見て呟いた。

自らの身体から流れでていた血が、サヘルの両手を赤く染めていた。

痛々しい姿であるが、もうどこも痛くはない。



「魔獣になったかは、分からん」


「……どういうこと?」


「我と強く繋がっただけだ。命が繋がったといってもいい」


「じゃあ、人間のまま、ということ?」


「人の領域から外れたろう。しかしそれ以上は、我が決めることではない」



ザヴェルバロッグがサヘルの肩をとんと叩いた。

その手の重みに、サヘルは唇を強く結ぶ。


自分が何者なのか。自分で決めろということなのか。


これから、どうなるのか。

これまでのことを、どう想うのか。

そして、どう生きていくのか。



「……どのみち、付いて行くつもりでしたし」


「そうか」


「役に立ちますよ」


「剣の姿を見てもらう程度にはな」


「まあ、まずはそこからだけでも」



サヘルが笑う。

ザヴェルバロッグは目を細め、翻った。


一面。銀世界であった。

何もかも白く、何事もなかったように白い。

何をしても、何もしなくても。

バラスの雪原はすべてを白く塗りつぶすのか。



「着替えたいから、ゴズに戻りません?」



血塗れのサヘルの声が、ザヴェルバロッグの背を叩いた。

白くはならない声だと、ザヴェルバロッグは眉根を寄せるのだった。

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剣の魔獣は、今宵も呑む 遠野月 @tonotsuki

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