屋敷にて

低田出なお

屋敷にて

「はい?」

「いやだからさ、お前らってちょっと放っておくと動かなくなるじゃん」

 白い神さまは、小鉢に盛られたごぼうのきんぴらを器用に蔓で摘まみながら言う。視線は空へ向いていた。

 おれは一瞬言葉に詰まり、それを悟られないように息を混じらせながら答えた。

「……人間とはそういう生き物なんです」

「そんなわけないだろ」

「いえ、本当です。人間は一定の年齢を経ると石になるんです」

 目がこちらを捕らえる。冷や汗が背中を伝った。

 先祖の残したくだらない冗談の数々を、この異形は信じ続けている。もしもそれが嘘だとバレれば。

 想像もしたくなかった。

「本当です。現に、太良さまは石になった人をたくさん見てきたわけでしょう」

「うーん」

「ですからそういう生き物なんですよ」

「なるほどねえ」

 どうやら興味を失ったらしく、再び視線を空へ移す。蔓は近くの布巾を摘まむと、使っていた何本かの先を拭いた。その後、丁寧にたたむと、盆に置かれた湯飲みを取って顔へやった。

「じゃあ、お前はあとどれくらいで石になるんだ?」

「……さあ、分かりません。ですが、何事もなけれは、あと四十もすればそうなるかと」

「ふーん、あっという間だな」

 出来る限り毅然として答えると、また所帯なさげな声が返ってくる。そしてまた、きんぴらを先と同じように摘まみ始めた。

 おれはそれを見ながら、口にした通りに何事もなく、墓に入れるだろうかとまた不安になった。




****




「本当に四十で死ぬとはな、伊庭の人間にしては実直じゃないか」

 屋敷の人間たちがささやかな葬式を開いている。相変わらず俺に気付かれないようにと、こそこそと物音を立てないように走り回っていた。

「しかし、気が付かないものだな、ええ?」

 格子の透き間から空を眺め、薄く論う。

 子供でも分かるような嘘がまだ悟られていないと、屋敷の人間どもは本当に思っている。きっと、この姿を見れば、それこそ人間たちの娯楽にすらなりえる滑稽さだった。

 目を細めれば、あの日くだらない戯言を吐いたあの男の顔が浮かんでくる。

『結界術で貴様を封印した。もうここから出られんぞ』

 封印などされていない。出ていくことなど造作もない。

 だが、あの自信満々の顔が崩れた時、今度はどんな戯言を吐くのかと、ここまで児戯に付き合ってきた。

 まさか、ここまで続くとは思わなかったが。

 俺は蔓を伸ばし、そばの鈴を鳴らした。

 すると、しばらくして息を荒げた子供が走って来た。今し方、喪主を務めている者の倅だった。

「おまたせ、しました。な、んでしょう」

「おお、そんなに焦ってどうした」

「いえ、少し別の仕事をしているところでしたので、お気になさらず」

「そうか、まあいい。少しお前に聞きたいことがあってな」

「なんでしょう」

「お前たち人間は、放っておくとなぜ石になるんだ?」


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屋敷にて 低田出なお @KiyositaRoretu

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