第19話
電車で数駅、近場で最も栄えた駅に着く。大型商業施設内を歩きながら、雪葉はショーウィンドウに映る自分と伊桜の姿とを、密かに見比べる。
今日の伊桜は、ジャケットを着ていて、雑誌の一ページに載っていてもおかしくないくらい格好良い。並んで釣り合えている気がまるでしない。男性側の趣味を少々疑う地味な彼女か、もしくはただの友人を連れているように見える。
(コンタクトに、してみようかな)
やはり黒縁眼鏡が、野暮ったいと思えてならない。着られる洋服の幅も広がるかもしれない。
だがコンタクトにしたところで、素顔が冴えないので豚に真珠だろうか。それにいきなり眼鏡をやめたら、明らかに伊桜に対して女を見せようとしているようで気持ち悪いかもしれない。思考は
悩みながら、もし伊桜の目的が婚約詐欺なら、いまの自分は面白いくらい乗せられている状態だと、
二人で見る映画は、ミステリーサスペンスの洋画にした。最近公開されたばかりで、派手なアクションもあるとテレビ等で大々的に広告されている。実は雪葉はあまり洋画に興味がないのだが、素敵な異性と映画が観られるというだけで心はいっぱいだ。映画を提案したのは伊桜のため、彼は洋画が好きなのかもしれない。
映画館の座席は半分以上埋まっていた。飲み物だけを買い、暗闇の中、隣同士で座る。少女漫画的な展開では、ヒロインとヒーローは、映画を見ている途中で手を繋ぐはずだ。伊桜の手は肘かけに置かれている。雪葉は絶対に手が当たらないよう、自分の膝の上から手を動かさなかった。間違っても手など繋げるわけがない。想像しただけで頭の中が沸騰し、もはや具合が悪くなってくる。
上映が始まってしまえば、雪葉は作品に没頭した。宣伝に力を入れているだけあり、作品の質も相応のものだ。映画に集中し過ぎて伊桜の存在を忘れた。途中ふと思い出し、ちらりと横を見た。すると伊桜の瞼が閉じていた。完全に寝ていた。雪葉は全身から力が抜けた。
その後も一人、感動シーンに目を潤ませながら観切った。エンドロールが流れる頃には、伊桜は居眠りなどまるでしていなかった態度で目を開けていた。
映画館を出ながら、雪葉は作品の余韻に浸りながら胸に手を当てた。
「すごく、おもしろかったです」
映画の、非日常に飛び込むような雰囲気が、とても好きだ。たまに来ると、より一層良さを感じる。
「そうだね。見に来て良かったよ」
「後半にあった、ヒロインが爆弾を避けながら空を落ちていくシーンなんて、もう、音も映像もすごくて」
「ああ――あそこね。すごく迫力あったよね」
「なんて、そんなシーン、本当はありませんでしたが」
伊桜が口を閉ざす。雪葉は苦笑した。
「伊桜さん、半分以上寝てましたよね」
「……そんなに寝てたっけ。……すみません」
「いえ、怒ってるわけじゃなくて。ただあの、あまり興味がないのに一緒に見てくれたのなら、悪かったなぁ、と」
「……実は俺、映像もの、元々見ないんだよね。興味が薄いというか」
白状する伊桜を、雪葉は
「なら、どうして映画に誘ったんですか?」
「それは、だって……デートといったら、映画とかかな、って……」
あまりの衝撃に、すぐに言葉が出なかった。なんと、今日はデートだったらしい。
「なる……ほど」
話題は、夕食に何を食べたいかに移った。何か好意以外の目的があるはずだと、雪葉は心に言い聞かせた。
夕食は、肉が食べたいという伊桜の希望で焼き肉店に入った。店で焼き肉など、慎ましい生活をしている雪葉には数年ぶりだ。すっかり膨れた腹で、帰りの電車に揺られた。今日の映画代や食事代などは、すべて伊桜が持ってくれ、雪葉はまるで恋人のようだと思いそうになる。だが部下や年下にも食事は奢るものだろうし、勘違いはしたくない。
しかし駅からアパートへと、天に架かる月を背に二人で歩いている時に、伊桜が言った。
「俺ら、付き合ってみない?」
位置は、スーパーさがるまーたを過ぎて住宅街に入った辺りだ。足を止めずに済んだのは、言葉への理解が遅れたせいだ。
「それはあの……恋仲になる、という意味ですか」
「ふっ。あ、ごめん笑っちゃった。何その古風な言い回し。そういえば、元村さんって小説読むんだっけ」
混乱して変なことを口走ってしまった。舞い上がることなどせず、しっかりと確認しておかなければならない。
「あの……伊桜さんって、入れ込んでる宗教とかありますか」
「……宗教?」
「あとはあの……金銭的に、困っているとか……マルチ商法の会員を探しているとかは……」
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