第9話

「始めましょうか。最後のチュートリアルを」


 そう言ってキドナさんは、申し訳なさそうに顔を上げた。

 聞きたいことはたくさんある。

 転送前の意味深な言葉は?

 フィールドボスってチュートリアルで戦っていいやつなの?


 ………なんで笑ってたの?


 聞きたいことはたくさんある。


 だけど、キドナさんから感じる圧が。

 質問を試みる私の口を封じる。

 タートルソーンとは比べものにならないそれは、逃げ出したくなる性質のものではない。だけど確実に、彼女の意思に反することをできなくさせていた。


「大変だったでしょうけど、まずは初レベルアップおめでとう。ステータスの操作を先に済ませちゃいましょうか」


「……はい」


 言い返すことの出来ぬまま、言われた通りにステータスの操作を始める。

 上げるのは筋力値と知力値。

 全てに殴り勝つためには、まだ全然力が足りない。

 そして、今の私には勝った後に生きて帰る能力が足りない。


 怪我の功名と言うべきか。

 今回の戦いによって、自分に何が必要かちょっとわかってきた。


 次は人に頼らずとも、自分のやりたいことがやれるように。自分の思うままに泳げるように。


 スキルも2つ購入しておく。どちらも人魚とシナジーがいいお陰で各4ポイントで購入することが出来た。残りの4ポイントは貯金に回す。


 ――――――――――――

【海龍のオヤツ】

 名前:リプソン 種族:人魚 Lv:7

 職業:フィッシュモンク


 器用値 2

 敏捷値 4(1up)

 知力値 8(5up)

 筋力値 8(6up)

 生命力 2

 精神力 2

 残ポイント:0


 種族スキル:

【エラ呼吸】【水泳】【フィッシュテイム】【喜歌】(new)

 称号スキル:

【デスアビリティ】【歯茎耐性】【いい匂い】【岩突】【鑑定】

 一般スキル

【拳闘術】【水魔法】(new)

 残ポイント:4



 称号:

【ファーストブラッダー】【海龍のオヤツ】【ソリッドブレイク】(new)【初撃破】(new)


 装備:

 ホタテ貝


 ――――――――――


 習得したのは回復ソースになる【喜歌】と、新しい攻撃手段である【水魔法】。

 これからも絶対、殴りだけでは相性の悪い相手が出てくる。

 そんな時に魔法があると便利だろう。


 ステータス的には数倍、スキルも増えた。


「出来ました」


「お疲れ様。じゃあ、最後の説明を始めるわ」


 キドナさんがゆっくりと口を開く。

 静かで、それでいて重い。


「この海は広い。陸よりも何倍も」


「そう、ですね」


 そうなんだろう。生命が栄える世界、海の面積は相当なものになるはず。


「この海には様々な生命が棲んでいる。それは貴方達がNPCと呼ぶもの。だけど、確かに彼らは生きている」


 そうだ。いま、私の横で泳いでいるサカナちゃんだって。無機質なところなんかひとつもない。1個の温かい命。


「まだ、実感は湧かないでしょう。自分が何をすべきかも」


 私はただ、この海を自由に泳ぎたい。

 すべきとかって、本当に必要?


「貴方に1つのクエストを授けます。自由に道を選べるここだからこそ、あなたの選択は世界を変える」


 これは、ゲームだ。

 私はVRの機器を買い、データをダウンロードしてここにログインしている。


 確かに水の感触は凄い。

 生命の動きは現実すぎて現実離れしているくらい。


 だけどステータスが、スキルがあって。

 死んじゃっても生き返って。

 モンスターを倒せばドロップアイテムが落ちている。


 確実に、確実にゲームなはずなんだ。


 目の前のキドナさんの全てが1人の人間に見えたとしても。


 放たれる言葉が、どうしようもなく悲痛な望みを語っている様に聞こえるとしても。


「世界を見て周りなさい。そこで生きる全ての生命を見なさい。関わりなさい。貴女という存在がいたということを、誰かの中に遺しなさい」


 何を言っているのか、完全には理解できない。

 だからと言ってゲームなんだからそりゃそうだろ、なんて笑い飛ばすこともできない。


「この世界との繋がりを証明しなさい。そして……」


 消えていく。言いたいことだけ言って消えていく。

 最後のチュートリアルって何だ。何も教えてもらってないぞ。

 街への行き方とか。サカナちゃんとの接し方とか。

 色々聞かなきゃいけないんだけど。


「ちょっと待ってくださ……」


「―――――至りなさい。深なる海へと」


 指パッチンが聞こえる。

 この浅瀬へ来るキッカケになった音。


 しかし、今度は視界が切り替わることは無い。


 ただ、目の前から1人の人魚が居なくなった。

 まるで幻であったように。


 淡紫に煌めく1枚の鱗だけを遺して。


「称号【紫の誘い】を達成しました。称号スキル【ワールドストーリー】を入手しました」

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