第12話 触れる触れられる



 突然の姉からの暴露に悶えていた玲だが、彼女は落ち着きを取り戻すと“たしかにこころのこりではありました”と口にした。


 評価ポイントとかはよくわからなかったが、全十九話あった彼女のオリジナル小説は、最終話まで呼んでくれていた人が六人いたのだ。その六人に対して、彼女は完結の話を届けられずに申し訳ないと思っていたらしい。


 玲のペンネームはそのまま『レイ』。小説のタイトルは『伯爵家の長男に婚約破棄されたけど、おかげで最高の旦那様と出会えました』というものだった。


 タイトルを読み上げたら玲がその辺を転がりながら苦しんでいたので、今度彼女が好き勝手したときの罰としてしっかり記憶しておくことにする。


「つまり、俺が玲の言葉を聞いて、それでこの物語をしっかりと終わらせる――ってことですか?」


「うむ。私た――じゃなくて、読者のためにも、玲のためにも、それがいいと思うんだ」


 灯さんは視線を泳がせながら、そんなことを言った。

 ……ん? いま灯さん、私たちって言いかけたよな? というかこのアカウントを知ってたってことは、たぶん読んでたんだよな?


 灯さん、優、栞さん、徹さん、そして友人二人――合計六人か。


 た、たまたまだよな。うん。さすがにたまたまだろう。気のせいに違いない。


“たしかに……呼んでくれていた読者様たちがいますからね……だけど、それって市之瀬さんに私の小説読ませるってことじゃないですかぁっ! 恥ずかしすぎて死にそうなんですけどっ!”


「ちなみに玲はなんと言っているんだ?」


「『恥ずかしすぎて死にそう』って言ってますね」


「はっはっは! これ以上死ねないから安心だな!」


“このバカ姉ぇっ! さっき言った『自慢の姉』はもう取り消すからねっ! この鬼畜ぅっ! アホぉっ!”


 暴言を浴びせられていることに気付いていない灯さんは、楽しそうに笑う。

 騒がしい家族だったんだろうなぁと思うと、少し寂しい気持ちになるな。まだかかわって間もない俺ですらそう思うのだから、姉妹にとっては特にだろう。


「まぁやりようはあるから安心しろ。どうしても見られたくないって言うなら、俺は目をつむっておくから」


“目をつむっても何も解決しなくないですか!? どうやって文字を入力するって言うんですか!?”


「お前が俺の指を動かせばいいだろ」


 そう、俺が幽霊に触れるということは、逆もまたできる。つまり、彼女が俺の指を手に取って、ぽちぽちとパソコンなりスマホなりを操作すればいいのだ。


 まぁパソコンはないから、スマホだな。


「ん? もしかして市之瀬は、幽霊と接触ができるのか?」


 玲と話していると、灯さんが困惑した表情で問いかけてくる。そう言えば言ってなかったな。


「はい、こんな感じに」


 そう言って、俺は玲の手を握る。傍からみたら何もないところを掴んでいるようにしか見えないだろうが、きちんと握手の形だ。


“えへへ……なんだかドキドキしますね”


 玲は空いた手を自らの頬に当て、照れ臭そうに言った。


「心臓止まってるんだからドキドキしようもないだろ」


“細かいっ! 細かいですよ市之瀬さんっ! お菓子の残りカスより細かいですっ!”


 俺たちがそんなやり取りをするなか、灯さんはじっと俺の手を見つめている。興味深々だな。


「すごいな……たしかに何かを握っているような皮膚の動きをしている」


「こうしたらわかりやすいですよ――玲、この腕の部分を触ってみて」


“了解ですっ!”


 俺は繋いでいた手をほどき、手を前に伸ばした。

 すると玲は、俺の腕を指でつついたり、ぐにぐにと揉んだり、皮膚をつまんだりする。筋肉では動かしようのない動きだ。


 灯さんには俺の体質――つまり、幽霊を触ることもできるし、触らないようにすることもできる、ということを話した。


 すると彼女は顎に手を当てて、真剣に何かを考えている模様。


 もしかしたら、昨日俺が玲に話したように、俺が玲を襲う可能性――なんてものを考えているのかもしれない。そう思われるのは、嫌だなぁ。


「……ちなみに、服はどういう扱いなんだ?」


「俺は幽霊の服を触れますが、相手が触れるのは俺の身体のみですね」


 幽霊は服も含めて霊体であるが、俺は身体のみが特別だ。服は関係ない。

 俺の言葉に、灯さんは「なるほど」と口にして、再び思考に入る。


“ほんとだ、触れないですね”


 玲は俺の言葉を聞いてから、俺が身に着けているTシャツをつまもうとしている。が、スカスカと貫通するだけだった。


「市之瀬……私にはどうしても気になることがあるんだ」


 灯さんはテーブルに肘を突き、口元で手を組んで俺に目を向ける。

 真面目な雰囲気だし、『もしも玲に手を出したら承知しない』みたいな感じだろうか。疑われるのは仕方ないが、俺は清廉潔白なので別に何も後ろ暗いことはない。


 どっしりと、構えておくことにしよう。


「もし……もしだ。その触れる状態で、玲が市之瀬の股間に手を伸ばした場合、例のブツを直接触れるのだろうか」


 …………何言ってんだコイツ?


「頭おかしいんですかあんた!?」


 あ、やべ。思わず本音がポロリと出てしまった。


“ななななな何を言い出すんですかこのバカ姉はぁっ!? もっと言ってやってくださいよ市之瀬さんっ! 灯お姉ちゃんこそ痴女ですよ!”


「で、どうなんだね市之瀬。私は気になって仕方がない。夜もおそらく悶々とし続けるだろう」


「あんたが気にする必要ないでしょうがっ! 真剣な空気を出すもんだから、もっと真面目な話かと思ってましたよ!」


「私は真剣だが?」


「姉妹揃って頭の螺子飛んでんのかよっ!」


“ほんとですよまったくもうっ! ……あれ? なんかいま私、巻きこまれてませんでした? 気のせいですか?”


 結局、俺は正直に『身体のみ触れることになる』ということを伝えると、灯さんはホクホク顔で『小説の件、進展があったら教えてくれ』という言葉を残して帰って行った。


 見送る際に、チラリと玲が俺の下腹部に目を向けたのを、俺は見逃さなかったぞ?

 きまずいからチラチラ見るのは勘弁してください。



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