「幸せな結末は、結婚式で終わる」

 コーデリアとカインの乗った馬車が走り去った後も、ジュリエッタは二人を見送って街道に立ち続けた。思いがけず近くで馬のいななきが聞こえ、ジュリエッタが振り返ると、ちょうどアベル王太子が馬を下りるところだった。ジュリエッタはドレスの裾を軽くつまむと、王太子に対する礼のままじっと声をかけられるのを待った。

 「楽にしてくれ」アベルは軍服についた花びらを払いながら言った。「やれやれ、すごい花びらの嵐だった。さすが噂に名高いゲイルズマーチの花祭りフルラフィエだ」

 アベルはジュリエッタの隣に立つと、西街道の果てに目をやった。もう二人の馬車はどこにも見えない。アベルは遠くに目をやったまま、ジュリエッタに話しかけた。

「君はジュリエッタ・ダニア男爵令嬢だったな。階段から落ちた怪我はもういいのか」

 遠回しにジュリエッタの嘘と演技を咎めているとも取れる言葉だが、ジュリエッタは落ち着いて膝をかがめ、美しい謝礼を返した。

「お気遣い感謝いたします。軽傷で済みましたのでもうすっかり」

 振り向いて、アベルは面白そうに尋ねた。

「あんな長い階段から、自分で転げ落ちたのだろう? 私も戦場でなら勇気を奮い起こして戦うが、あの階段を転げて落ちろと言われれば恐ろしい。君は怪我が恐ろしくはなかったのか」

「殿下、誤解のないように申し上げますが、私はコーデリア嬢に命じられたわけではなく、自分で書いた脚本を自分で演じたのです。そして、あの時の私は、コーデリア嬢のために、腕や足の一本くらいは差し出すつもりでした」

「強いな。舞踏会ではカインの後ろに隠れて、あんなに弱々しく儚げな女性に見えたのに。君にはすっかりだまされた。大した役者だ。男爵令嬢にしておくにはもったいないくらいだ」

「お褒めに預かり光栄でございます」

「それにしても」アベルは腰に手をあて、街道の先に目をやってため息をついた。「せっかく陛下が二人の仲を認めて下さったのに出奔とは。王都に戻って正統な手順で臣籍に降下すればいいではないか。陛下も人が悪い。舞踏会の時に教えてくださればいいのに、今頃になって言うのだから」

「それを伝えるために、わざわざゲイルズマーチまでいらしたのですか?」

「そうだ。でなければ筋が通らない」

 アベル王太子の口癖に、ジュリエッタは破顔した。

「いえ、筋ならございます」

「何?」

 ジュリエッタは美しく朗々と言葉を紡いだ。

「幸せな結末は、結婚式で終わる」

 それからアベルを見て微笑む。

「それがこのお芝居の筋でございます」

「幸せな結末か。たしか、なんとかいう女優の言葉だったな」

「バルロティータ、でございますか」

「そうだ、バルロティータ、そんな名前だった。父上の私室に肖像が飾られているあれだな」

 ジュリエッタは聞きとがめて神妙な顔になった。

「陛下のお部屋にバルロティータの肖像が?」

「ああ、それも一つや二つではない。母上の肖像画より多いくらいだから。母上がしばしば愚痴を……いやこれは国の極秘事項だな」

 最後は独り言のようにつぶやくと、アベル王太子はジュリエッタと目を合わせた。

「ふむ。興味がわいた。王都に戻ったら、君のおすすめの芝居を案内してくれないか」

「まあ、殿下、なんて恐ろしいことを」ジュリエッタは目をぱちくりさせて、大袈裟に驚いてみせた。「お言葉ではございますが、殿下ともあろうお方が、そのような筋の通らぬことをおっしゃいますとは驚きを禁じ得ません」

「何かまずかったか?」

 ジュリエッタは膝を折って再び臣下の礼をとると、アベルの顔を見上げて奏上した。

「今宵ゲイルズマーチは芝居の都。これを見ずして、王都で芝居を見ようなどとんでもない狼藉、ゲイルズマーチの民をないがしろにする所業でございます。花祭りフルラフィエの夜はこれからでございますよ。ちょうど時も頃合い、手始めに『婚約破棄されたお芝居姫は国境を目指す』最終公演をお目にかけましょう。これはきっと、歴史に残るお芝居でございますから」

「今から? 芝居を?」

「ええ今すぐ。ふふ」

 急にジュリエッタが笑ったのでアベルはいぶかしんだ。

「何が可笑しい?」

「失礼いたしました。殿下が『お芝居姫 』最終公演をご覧になったと知ったら、さぞや陛下や公爵閣下は悔しがるだろうと思いまして」

「そうか――そうだな。違いない」

 アベルとジュリエッタは顔を見合わせて笑った。

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