第28話 資金調達しよう!(イツキ)

 水干に緋袴、髪は腰丈の垂らし髪で被衣を被る。私とウサの二人が同じ格好なのは万が一襲われた場合の目眩ましの意味もある。護衛にゴジョウ坊とキヨカが付いているものの、旧宮都の大橋を渡ってからは徒歩で平民街を突っ切ってきたためだ。侍女にウサがついてくれたお陰でこういう事もできる。一般的な貴族女性では付き合ってくれなかったろうし、侍女無しではフジノエが許可しなかったろう。ウサは山中での暮らしから弓、薙刀まで使えるというから驚く。その代わりと言っては何だが、館内での所作物腰にはフジノエからガッツリとお小言をいただいているようでお仲間ができて嬉しい。偶然にも出会った神人、ミカミとのセット販売だったがかなりお買い得だった。同じく連れのコレトウは財部との細かな取り決めの後、勅許状を携え村へとんぼ返りしている。話はあまりできなかったが、物腰の柔らかさや知的な言葉遣いもイイ感じだったんだけどね…出会う前に帰っちゃったよ…。


 平民街は西へ行けば行くほど荒む。物乞いか強盗か小汚い形の子供らがジワリと距離を詰めそうになるとゴジョウ坊が

「薪王の客人ぞ。主様の招かれ人ぞ」

声をあげる。暫く行くとまた新手が現れるの繰り返しだ。私達の格好は今流行りの今様をやるアレである。これから向かうのは最下層の人々が住まう地域である。馬車で乗り付けるのも剣呑な話で交渉前に心象も悪い。かと言って貴族が徒歩でとなると安全面で問題がある。そして、単に貴族が足を運んでみせた位では動かせない相手なんじゃないかな、と思ったから。道端から値踏みする眼差しを向けていた男らは、私かウサが被衣の下からちらとでも目をやれば一瞬ぼうとした上で慌てて目を伏せる。

 旧都の西端、河原が見えようかという場所の一画に、その屋敷は建っていた。本来ならば平民の住居が二〇も建つ程の区画が丸々一つ分の屋敷地になっている。道を挟んだ周囲は裏ぶれ半ば朽ちたような建物ばかりで生活感にあふれた住民が行き来しているから、唐突に貴族街に紛れ込んでしまったような違和感がある。実はここの主は本来この地どころか宮都に住まう事を許されてはいない。人が住まぬ荒れ地になっていた所に館を建てただけなのだ。そのような事をしても役人が見て見ぬ振りをする、そういう相手だ。

 旧都は平民街側の入り口は大したものではない。ゴジョウ坊によると河原に面した裏門が面なのだとか。普通ではない造りである。蔀に囲まれた先には本当に貴族のものと見紛うような屋敷が建ち、門の代わりに植わった松の下には長い棒を持った門番までいた。足元で幼児が石を積んで遊んでいるのは御愛嬌だ。その如何にもな風体の男にゴジョウ坊が来意を告げると子童が先触れに駆け出してゆく。話は通っているのだろう、門番の男が自ら案内に立った。蔀越しに外からも見えていたが庭にはあちらこちらに積み上げられた薪があり、簡素な屋根が掛かっている。本業は造園業だと聞いていたが屋敷の庭は資材置き場に近く見目は後回しになっていた。小屋が幾つかあるのはより高価な炭が詰まっているのだろうか。いずれにしてもすぐにも手が出そうな場所に置かれている薪炭が盗まれないのは周辺の誰もがここの主が誰かを、万が一にもそれを掠め取ればどうなるかを分かっているからだ。

 その主は車寄せで私達を待っていた。私達の格好と、牛車ではない事は予想外だったらしく、少々戸惑っている。まあね、お姫様が徒歩で、しかも白拍子姿で来るとは思わんだろうからね。

「これはこれは斯様な汚き場にまで足をお運び頂きました事、まこと恐縮でございます」

背が高い。武者の体つきをした男で、噂によればそのいい仕立ての水干の下は腕も足も刀傷だらけらしい。その刀傷は体の前ばかりで背中には一つもないのだとか。耳から顎にかけて大きな刀傷が目を引く。何もしていないのに何とも凄みのある男だ。

(へぇ…)

苦み走ったいい男っぷり。イイじゃなーい。目的さえ無ければきゅん展開も期待できそうだったのにぃ…残念。男の名は薪王、河原主または鼠の王、或いは無王と呼ばれる男だった。


 で、スタートしてしまっている温泉リゾート建設の費用をどこから持ってくるか、ですよ。資産ないし、後ろ盾の親戚ないし、国庫からもそうそう出ないし、目的のためには出させたくない。国に出してもらってはアキラコや兄様の立場を確保できない上に売上を全国庫に納めねばならなくなる。利権を持って行かれないようにするには資金は自ら調達しなければならない。そこで、ミカミのあの発言。

「メガビックレベルのお金がかかるんじゃないの!」

あれでプランを立てた。

 思い出したのは宝くじ事業を国が独占している理由。宝くじ事業の収益の一部で作られた道路や公共施設は多くあるので誰もが目にした事はある筈だ。そう、

 宝くじは儲かるのだ。

 宝くじ当選者への配当金は五割以下。半分以上が経費と儲けになる。賭け事は胴元が儲かるようにできている。そして宝くじは賭け事だ。総務省が宝くじを農水省が競馬を、国交省が競艇を監督している。あ、TOTOは文科省ね。話題になったカジノ法案、統合型リゾート(IR)を地方公共団体が誘致を検討するのは儲かる(流石に直接経営はしないよ。民間委託でも税収その他が大幅アップするからよ)からなんですよ!

 人間は賭け事が好きだ。イカサマが横行するような不利な条件でさえハマる奴は何度でも通うし金を落とす。そこでお金を落とすぐらいなら私が有意義に使ってあげましょうと言う訳。兄様らによると宮城内では賭け双六が法で禁じられている。つまり禁止される程にハマる奴がいてトラブルになったからだ。が、禁止されたからと言ってやっていない筈がない。大昔から人間がやって来たことなのだ。絶対こっそりやってるって。それでもアキラコの身体で表立って動くのはマズい。ならば誰かにやらせればいいんじゃない?だ。腹積もりはあるが、ミカミのところで知り合ったあの男にも一度相談してみよう。ふむ。そう考えるとミカミとの繋がりって結構役に立つ。当の本人はソレホドでもないのは摩訶不思議。


「其方は河原の事を知っていますね?」

 ミカミを通じて呼び出したゴジョウ坊に聞きだしたのは河原に住まう者たちの事である。

 宮城の外には給田を持たぬ民がいる。喰うため生きるため或いはより良い暮らしを求めて戸籍を捨てた者だ。生まれた土地を食い詰めた者もあるし、有力者に労働力として囲われている使用人や農奴、それを親に持つ者、都へ労役に来てそのまま居ついてしまう者もある。宮都の河原は端仕事で食いつなぐ事が出来て水があるからだ。一人で山野に生きるより格段に生きやすい。旧都の枠外とされる河原にはそういう者たちが建てた粗末な小屋が並んでいる。スラムのようなものかと思えば単純にそうでもない。河原では流浪の民が集まる所為か各地の風や謡、舞踊の類が混交して一種独特な雰囲気を醸しているという。優れた舞手や楽人も居て芸術に造詣も深い土地なのだ。

「それをまとめて居る者がいるのではないですか?」

 どのような場所であっても人が集まれば必ず揉め事が起きる。そしてそれを調停する人、或いは組織が必要になる。私の予想は当たった。確かにそういう者がいるのだそう。旧都の河原で国の庇護から外れた者達の長となっているのだ。つまりはスラムの王である。造園、外構工事を行う人工を手勢として抱えるほかに、繁農期の手伝いに台所師から娼婦まで手広く人材派遣をするという。

「生国は誰も知りません。様々な名で呼ばれておりまする。薪王、鼠の王、河原の主、或いは無王。イツキ様の御前で憚りますが王と呼ばれるほどに」

 人を従える力を持った者がある。河原は居住地の名前。鼠は土地を持たずその日暮らしをする賎民の蔑称。無の王とは公式には人も物も持たぬことになっているから。面白いと思ったのは薪王の名である。

 まだ旧都が出来たばかりの頃、人が集まるにつれて都に続く山々が禿山になった。木材薪にするために人が木を切り続けたからだ。やがて宮城の背に当たる山は王家の所有とされ、立ち入ることを禁ずる法が出来た。都市とそれを取り巻く田畑は広がり続けた。薪炭は運ばれてくるものとなったのだ。持ち込まれる薪は品薄になれば暴騰した。しかもその品薄はしばしば人為で作られた。薪を買わねば煮炊きできないからだ。給田を持っていれば畔に最低限の柴木を植える事が出来る。だが河原の者たちに土地はない。煮るもの炊くものに事欠くのにそうそう薪に銭は使えなかった。生麦を食み汚水を啜り人が死ぬ。都では珍しい事ではなかった。

 そういった時に宮都へ大量の薪を持ち込んだのがこの男、薪王だ。暴利を貪ったのではない。持ち込んだ薪炭を安価に売り捌いたのだ。一度ではない。品薄の気配がする度にそれをやった。この男を潰そうとする者もあったが、財が続かず、或いは不慮の事故に遭って悉く消えた。今や宮都の薪の値はこの男が決める。因りて薪王。

「薪売りの同業者組合の長みたいなものね」

「ギルド長かぁ」

 ミカミにもプランは説明してある。法に違反して賭け事を取仕切るならば民暴、反社だろう。彼らは利に敏い。が、寧ろ薪王の行動原理は古臭い任侠に近い。だからこそ気に入った。

「其方にその男と面識があるならば紹介してください」

任侠さんなら賭博にも興味がありそう。なんならすでに賭場を持っていそうである。ならば、だ、もうちょっと大掛かりなやつにも挑戦しても良くない?

「あ、会うことは出来ましょうが…」


「よもやこの国の王の孫姫が斯様な場所に」

 この男、無王に賭け事の片棒を担がせるつもりでゴジョウ坊を使いに出したのに「作法も知らぬ下民にて上街などとても」と返事したという。つまり貴族の呼び出しなど屁とも思っていないのだ。ふむ。確かに頼み事をするのだからこちらから出向くのが筋ね。「では、お伺いしますのでお会いできませんでしょうか?」と返しておい出向いたわけである。皇女の来訪である。関わり合いになる事そのものを拒むなら病気になる(仮病)か人死にをだす(葬式)だろう。

「私、神人だから貴族とかじゃないんで」

 そういう手合いも稀なのだろう、困惑を隠せぬまま自ら先に立つ。あ、これは本当に来るとは思っていなかった方ね。後に続きながら館内を眺める。ほうほう。アキラコの館より豪華じゃん。皿に灯りが灯って部屋明るいし。あの衝立ちょっとイイ感じじゃない?「どうぞ」主は大広間の前で控え、私達に中へと勧めた。この男が普段侍っているのであろう座が設えられている。んふ。相手の意図は分かったので下座に、それも正面ではなく廊下を横目に座る。「イ、イツキ様…」ゴジョウ坊とキヨカが困惑するのを尻目にウサは私の後方に侍する。

「…上座にお付きにならんのか」

私の正面に座ろうとすれば薪王自身も上座を横目に下座に座らねばならないのだ。

「白拍子が主席では納まりが悪うございましょう」

ニヤッと笑って見せる。白拍子が上座で館の主が下座などという事はあり得ない。つまり身分には拘泥しないと言葉ではなく示したのだ。

「…噂に違わずまさに神人であったか」

と呟く。へえ、聞いてたの?貴族間にまで及ぶとは情報収集能力も中々。まあ、そうでなければこれ程の身代を築けないか。

「これは話が早いこと。私はこの身を皇女より借受けておりますが、こちらの作法には疎いので無礼講でお願いしたいのです」

「し、しかし…」

あら、渋めの男が狼狽えるのって結構イイわね。

「では、こちらで」

 改めて主客席に移動して腰を下ろし、この男に主席へ並んで座れと目で促す。

「ウサ、お願いします」

はいと答えたウサは懐から笛を出して中央へ。これは芸の場だからと理由を作ってあげたのだ。フジノエは難色を示したが、そのための白拍子姿でもある。それを理解した無王は一礼して座に着く。これ以上はかえって無礼になると見たのだ。主客並んだ席は近い。いつの間に命じたのかもてなしの酒肴が運ばれてくる。給仕が席の配置に戸惑うのに無王は苦笑いを浮かべている。それは困るだろう、俺もだよ。そんな声が聞こえそうだ。んふふ。このお兄さんカッコいいね。笛の音が響き始める。


「して、人が欲しいのだとか?」

 ようやく距離を確かめるのが終わり言葉遣いの格も落とされた。こちらもその方が気安い。さあ、話をしようじゃない?

「住み込みで働ける女性を四五人」

「奴婢を?」

「奴隷はいらない。お給料を払って仕事をしてもらいたいのよ。嫌になったら辞めてもいい」

「貴族に伽でもさせましょうか」

 そういう手合いも多いのだろう。変わらぬ笑顔のまま男の目に凄味が出る。いいね。この男が人に上下がある事を面白く思っていない事が解るから。この男が薪王となった経緯からそういう人物ではないかと推測していたが、当たっていたらしい。

「その手のサービスはいらない。寧ろそういうことする女性は却下。でも身綺麗な方がいいわ。貴族の女性に仕えて髪を洗ったりする仕事。信用できる人、技術を習得する意欲のある人」

「貴族でなくとも?」

貴族であっても集めることが出来るという口ぶりだ。実際に集めることが出来るのかもしれない。

「どちらでも構わない。河原の人でもいい」

「…すぐにも集められる」

少し気圧されるように言う。

「教育期間は必要だし、建物がまだできてないの」

「で?」

勿論それは表向きの用事だとお互い分かっているのだ。さあ、本題に入ろう。


「勧進相撲を催すつもりなのです」

 勧進、元は仏教の布教活動(信仰を勧めるってことね)に過ぎないが一般に社寺や橋などを作る資金を募る寄付だ。で、寄付を募るのに相撲興行を行うのが勧進相撲。ただのお楽しみイベントじゃないのよ。ありがたーい功徳があるってところね。

「…金を出せと?」

「まさか!違いますよ!」

言われたこちらがびっくりした。私が極楽気分を味わうために温泉リゾート造るのに寄付を募る訳に行かない。

「ああ、相撲興行に人手がいるのかや」

「それもだけどね。相撲の裏で別の仕掛けを動かしたいのよ」

 サラっと言う。

「勧進相撲で誰が優勝するかを賭ける胴元を引き受けてくれない?」

 薪王と呼ばれた男は押し黙った。勧進相撲と言えば大掛かりなイベントになる。当然それを賭けの対象にするという事があちこちで行われるだろう。ならばそれをまとめて一か所で行ってはどうか?と言っているのだ。曲の終わり、笛の音の余韻が溶けるまで無王は口を開かなかった。

「…それは宮も知られておるところでございましょうな?」

 意外に真剣な顔で無王は口を開いた。その声は掠れている。薪王と呼ばれるあなたがと笑って見せる。

「宮は国の外の事などは」

法の外にある者に興味はないだろうと言った。実際、私が許可をとるのは相撲大会までだ。

「こちらには薪も炭も十分にございますのに」

法の外にある河原の者が薪売りの真の座長となっているのに、戸籍を持たぬながらにこのような館を構えているのに。それともあなたは国からの許可がなければできないのかしら?目で煽って見せる。無王は憮然とした。

「この場では姫君の申し出をお断りすることもできましょうな」

んふ。そうきたか。

「断って自分達でやるのもいいけれど、私の案を採用した方がより大規模に、より長く次回もその次も儲けを出すことが出来る。いかさまも八百長もなし。寧ろそういうのをあなたに取り締まってもらいたいの。公正であるからこそ長く続けられる」

 無王はまだ逡巡している。ではトドメを。

「私は神人なのよ」

従来の賭け事ではない。神世の利益のシステムを提案できるのだと。さあ、話を聞く気はある?

「話だけ聞いて帰さぬという手もあるな?」

凄んで見せる。あら、怖い怖い。でも敬語を忘れてるわよ。

「流石に王の孫姫が害されては黙ってはいないでしょう?あの人達は無戸籍の民の命なんかなんとも思っていないわよ」

それは無王自身が良く知っているはずだ。

「これは兄様の従者なの」

 キヨカを指す。アキラコの兄と言えば参皇子、落ちぶれたとはいえこの国の皇子なのだ。この場に兄様が居ないのはそういうことだ。置いてくるのに随分と難儀したけれど。ウサが私と同じ格好なのもそれ。万が一の際はキヨカが立ち回り、ゴジョウ坊が私を担いで逃げる。同じ背格好装束のウサが目くらましになる、その予定。そこまで打合せ、覚悟の上で出向いているのだと。無王が目を見張る。

「何故俺を信用する?」

答えは簡単だ。

「あなたが薪王だから」

私はあなたが何をしてここまで来たのか知っている。無王は暫し押し黙った。

「神人か…ふん、神人か」

 と、パッと破顔。幼い頃はこんな顔だったんだろうなと分かる最高の笑顔。

「気に入った」

大音声で宣った。

「痘痕の姫よ、何も持たぬこの無王が、姫の手足となりましょうぞ」

私の手を取り額へ。

(……こ、これは)

多分、気に入ってはもらえた。来訪の目的も達したと言える。が、

(…で、「出会い」なのか、これ?)

レディに対する騎士の誓いよりも何か硬派な臭いがするんですけど。ここからのメロウでベタ甘な展開とは…?

「ところで勧進相撲と申したが?」

「ああ、何でも河原に厄除け聖とか呼ばれてる有難いお坊さんがいるそうじゃない?その坊さんに感銘を受けた王の孫娘がお堂を建ててあげるっていうのはどう?」

「勧進は後付けかや」

無王は大いに呆れた。

「その聖も紹介してほしいわね。会った事もないんじゃ流石に苦しいわ」


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